---036/XXX--- 喪失の始まり、眩い満月の夜
「……、ぅぅ……、……」
夜も静まり返った頃やっていうのに、俺は布団の中、声を殺してずっとずっと泣き続けてたんや。
夕方までなって、爺ちゃん婆ちゃんの死体どころか、遺品一つ上がってこなくて、……信じられへんかってな……。実感無かったんよ。だから、ずっと、放心してた。
で、夕日が沈んで、漸く、ほんまに死んでもてんなぁ……、って、実感沸いてきてもてな……。もう、朝になっても、爺ちゃんも婆ちゃんも、俺に『おはよう』って、頭ごしごしして起こしてくれたりはせえへんねんな、って……。
そうやって、色々思い出してたらさ、
「何で……や……。何で、こんなことに……なったんや……」
ぼそぼそと、独り言が沸いてきたたんやわ。最初はぶつぶつ小さく呟くだけやったけど、そのうち、
「……」
「…………」
「………………」
ゴンッ、
「くそぉおおおおおお!」
何でか分からんけど、叫びながら、床に拳振り下しててん……。隣の部屋で寝てた父ちゃんも母ちゃんんも、そのときは、全く何も言ってこえへんかった。
それから、何とか寝んと、寝ないと、って頑張ったんやけど、無理やった。壁の隙間から、月の光が、よく差しとったんよ。普段の夜よりもずっと。その日は一段とさ。
だから、じっと寝そべっていることすらできんくなってさ。すごくむずむずしてん。岩場の方は、潮の問題で禄に探せてへんかった。ほんで、真夜中の今ならあの辺も確認しに行けるんちゃうかなって、なってさ。
だから、ひっそり布団抜け出してん。父ちゃんも母ちゃんも寝息立ててたけど、今思えば、間違い無く演技やったやろなぁ。そのとき多分、起きてたやろうなぁ。寝ずに、眠れずに。俺が寝れんかったくらいや。父ちゃんも母ちゃんも、当然そうやってに違いないわなぁ……。
そもそも、俺、そんときの『くそぉおおおおおお!』って、相当大きな声やったと思うんよ。父ちゃんも母ちゃんも、爺ちゃんや婆ちゃん程やないけども、感覚の鋭い二人が、それで目を覚まさんとか、有りえへんのよなぁ……。
スッ、ソロリ、ソロリ、ソロリ、ソロリ、スッスッ、ソロリ、ソロリ、ザッ、ザッ、ザッ。
靴履いて外出て、三歩で足を止めて、空を見上げたんや。お月様が綺麗にまん丸に出てたわ。凄い明るくてさ……、何かそれが凄い悲しかったって、今でもよく覚えてる。
「見えるなぁ……。めちゃ、明るいわ……。探しに行け、ってか? 言われんとも……。絶対、見つけるんや……っ」
そうやって、力無い声でありながら自分を勇気付けたんやけどさ、『絶対』って、口にした途端、
ドッ、ドッ、……。
「……」
足からするっと力抜けてな……。暫く立たれへんかった……。立とうにも、生まれたての小鹿みたいに足震えててさ……。もうそれが、情けなくて、くやしくて、もうどうしようもなくて……、
「見つけなならへんのや。何も残らんと、消えるように海の藻屑だなんて、あんまりや……。姿見つけて、別れ、言う……んや……。みんな、あんまりや……。爺ちゃんや婆ちゃんが、みんなに何悪いことしたっていうんや……。何もしてないやろ……」
そうやって、みっともなくほざいてさ……。確かに村の人らは、爺ちゃん婆ちゃんを、海岸辺り以外、全く探してくれへんかったけど、当然のことなんや、それは……。
「何でや……。何で、誰も助けてくれへんかったんや……」
分かってる……。だって、あの爺ちゃん婆ちゃんが、敵わないモンスターフィッシュってことは、この村の誰にもどうにもできへん、ってことやったんやから。
「何で、流れ着いてる可能性が薄い海岸沿いだけしか、探してくれへんかったんや……」
海に飛びこんで助けになんていけるか? それが昼間やったとしても、危険なモンスターフィッシュがすぐ近くにいると分かっている海に、半ば死ににいくように、決死の覚悟で助けにいける? そもそも、行ったとこで、助けられるんか? 無理やろ……。犠牲が増えるだけや……。
「……。早よ、行かんと……」
ぷるぷる震える膝小僧を、手で抑えながら、何とか立って、あの場所へ向かったんや。
プルプル、ブルブル……、ガシッ、ガシッ、プルプルプル、ギュゥゥ、ギュゥゥ、
「行く……んや……」
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――
ゆっくりやけど、歩き始めた。そう。爺ちゃん婆ちゃんが死んだ、釣りをしてた、崖と岩場の辺り。そこに向かって。
バゥアン! ザァァ、ザァァァアアアアア、バゥアン、バゥアン! ザァァ、ザァアアアアアア――
月明りのお蔭で、崖の上からの光景は、はっきり見えてん。潮も丁度ひいてたからさ。
そっから見下ろした限りは、爺ちゃん婆っちゃんっぽい物影も、服とか釣り竿とかの漂着物も何も見あたんかった。
「……。未だ、分からん。未だ……」
分かりきってんのになぁ。しっかり岩場は見えてたんや。だから、近づいたって見えるもんは何も変わらん、って……なぁ……。
だから、崖から降りて、下の、海面から突き出た丸型や四角型の足場みたいになってた岩場に降りて、一番遠く、大体10メートル位岸から離れた、出っ張ったように離れて存在してる足場まで、他の足場からステップして飛んでいって、……それでも結局何も無かったんやわ。
力抜けて、さ。それに、足も滑らせて、その岩の上から、
ツルン、バシャァァンンンン!
水がぬるいか冷たいかすら分からんというか、感じへんかって、それでも悲しことに、手も足も動いて、水が喉に流れ込むこともなく、モンスターフィッシュに襲われることもなく、あっさり、上がってこれてしまってな……。
そのまま、海岸へ戻って、そっからぐるり。島の外縁部を一周するように、もう一回歩き回って探してさ、当然のように見つからんで……。
「……」
濡れた服絞る気力も無くてさ……。もう、『何でや!』って言葉すら、出てこえへんかったわ……。
ザスッ、ザスッ、ザスッ、ザスッ、
体引き摺るように、家まで戻ってきたらな、家の前に、母ちゃんおってさ。
「一本、おかえり」
ただ、それだけ優しく言ってさ、
スッ、バサッ。
俺にタオルかけて、覆ってさ、
ギュッ。
抱きしめられてさ、するとな、何か、もう、色々と抑えられんようになって……。悲しいのは俺だけちゃうんやから、こういう泣き方は絶対せんとこう、と思ってたのにさ……、
「ぅぅ……あぁぁぁ、うぁぁぁぁ、ぅぅぅ……、うぁぁぁぁ――」
そのままタオルと母ちゃんの胸に埋もれて、縋りつくように、俺、ずっと泣いてて――、そのまま物凄く眠たくなってさ、次気付いたら、未だ夜やった。
「まだ夜よ、一本。今は、ただ、眠りなさい」
そうやって、優しく俺の隣に布団持ってきてた、母ちゃん。俺も布団の上な訳で。けど、到底、また眠れるなんて訳もなくてさ……。多分、俺、疲れて気絶してただけやったんやろうし……。だから、そのとき凄く気怠かってん。でも、眠くはなかった。どうしようもなく、眠くなかってん……。だけど、これは、あんまりにあんまりやったと、今でも思うわ。
「……。なぁ、母ちゃん。【モンスターフィッシュ大典】、読んでくれへんか……」
俺はつくづく子供やったんやな、って……。
「……。分かったわ」
辛いのは俺だけやない。分かってた筈や。……。分かってたつもりに、なっとったんや……。布団から出て、それを持ってきてくれた母ちゃんに俺は、一瞬躊躇しても結局、
「……。【ウイングエラガントユニコーンフィッシュ】のページ頼むわ」
そう、言って、もうたんやから……。




