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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第二章 禁忌跋扈す絶園の廃墟
207/493

---035/XXX--- 歪な子供の真っ直ぐな信念

「ってことで、リールお姉ちゃん、シュトーレンさんは生きてるんやで。体は失っても、精神は生きてる。この場所のどっかに、たぶん閉じ込められとる。だからな――」


 という風に、リールに一通りの説明を終えた少年。だが、相変わらず反応はない。だから、言い方を変えてみる。分かりやすく完結に。


「シュトーレンさんのことは、ここで待っているだけでは、どうしようもないんや……。俺らが、何とかするしかないんや」


 だが、反応はない。その目は、微塵も動かない。その口は、最初から同じように少し開いた状態のまま、全く動かない。そんなリールの渇き始めた唇と目を見て、少年は不安を大きくさせる。まるでこれでは、生きながらに死んでいるようだったから……。


(何としても心を揺らさないと、反応を引き出さないと、このままだと……)


 少年はここにきて、言葉を選ぶことも、言うことを吟味することも、もう止めた。


「リールお姉ちゃん、じゃあ、俺のことか? 俺が死に掛けたことか?」


 だがそれでも変わらず反応はない。


「……。じゃあ、その、手と足の、こと……? ……っ、」


 海岸で目を覚ましたときのリールの傷付き具合を少年はフラッシュバックして、思わず、


「げほぉぉぉ」


 吐く。






「じゃあ、――」

「……」


「じゃあ、――」

「……」


「ほんなら、――」

「……」


「まさか……、――」

「……」


「……」

「……」


 辛くて吐いても立ち止まらなかった少年であったが、とうとう、出る言葉が尽きた。リールに向けて、何を言えばいいか、もうすっかり分からなくなっていた。


 答えなんて帰ってこないって分かっていながら、自身の不安をぶちまけるような行為だった。だから、言うことなんて、未だ未だ枯れるなんてない筈だった。


 では、どうして、言葉が紡げなくなったのか。それは、答えが返ってこないからこそ、とも言えるかも知れない。リールが少年のそんな様子をちゃんと認識してしまえば、きっとリールは罪悪感を感じる、と少年は分かっている。


 これらはリールを目覚めさせる行為でありながら、目覚めていたなら、リールをまたどうしようもなく落ち込ませる行為でもある。矛盾している。だが、少年は、そんなこと分からなかった。焦点をずらして、やるべきことだけに意識を集中させることで、何とか、悲しみから逃避してた少年であったが、ここにきて、飛ばせぬ手順に、リールが乗った。そして、リールは起きない。


 少年は、自身が何を言おうと無駄だと、もう結論を出してしまっている。それから目を背けている。だが、唯何もできないと嘆くだけでなく、やれることをやろうと、無駄と分かりつつもやり続けてやめられない。


 少年は、見捨てられないのだ。リールを。そして、この場所へと自分たちを連れてきた、ある意味事のあらましともいえるシュトーレンを恨むなんて選択岐が最初からないくらいに、少年は、自分の責任というものを常に考えていて、それについて真摯だった。きっと、母と父を失ったときからずっと、彼はそうなのだ。


 彼は、その歪さ故に、未だ立っている。どれだけ辛くともきつくとも、表面的上曲がることはあっても、折れず、肝心肝要な根本は折れず曲がらず、真っ直ぐ。この年頃の子供が、こんな風に、どうしようもない状態で何にも縋ろうとせず、それどころか、逃げず、あまつさえ他を背負おうとするなんて、異常なのだ。


 だが、言った通り、彼は、本質的な意味で、子供でもある。だからこそ、こうなるのは必然だった。嗚咽と共に、渦巻く感情が、そのまま口から飛び出した。


「おぇぇぇええええ、げほげほっ、ぜぇ、ぜぇ、……うぅ、何で、何で、こんなことに、なっとおんやぁぁ……」


 ここまでやっていて、そのような言葉を吐くと、何もかも台無しだ。それは、まるで諦めのような言葉だったから。だが、少年は、悲しいことに、それにすら気付けない。自身の心が、折れる寸前だということにすら、気付けない。折れるか、諦め曲がるかしか、そのどちらかに望まずとも進むだけになると未だ、気付けない。


 自身の胸元をぎゅぅぅ、とねじるように握りつつ、


「何もかも、全部、俺のせいや……。俺は、リールお姉ちゃんをあのとき追いかけるべきやなかったんや……」


 こんな有り様だ。もう、諦めてしまっているのに、だというのに、止まれない。そんな矛盾、子供が抱えるようなものでは決してない、というのに……。それは、自壊齎す、死にに行くかのような、無意味な前進でしかない。


 ポトリ、ポトリ――


 零れる涙。そうして、口から出た言葉は、


「俺は、島を、出るべきじゃ、なかった」


 自身の選んだ最初の選択の、否定。なら、そのまま進めば、きっと、少年には何も、残りはしない……。


 曲がる位なら、折れる。悲しいことに、逃げるという選択肢が最初から無いのだ。先延ばしにするという意味での逃げはあっても、ひたすら背を向けるという意味での逃げは、少年の中には、無い。


 それが少年の在り様で。それは、少年が独りであるときならば、決して変わりはしない……。


(もうダメかも知れんな、俺……。……。母ちゃん……。俺、どうしたらええん……? 俺に前のめりに死ぬなんてこと、できひんのかなぁ……。っ…―!)


 一瞬、リールの目が水気を帯びて光ったように見えた。が、それは気のせいで、少年の期待はぬか喜びに終わる。


(……。でも、もうちょっとだけ、頑張ってみるわ。だって、諦めたく……ないんや……。だって、俺、いつも、失くしてばっかり……やんか……)


 と、リールから顔を背けて、


「ぐすん、しっく、しっく、ずるるるる」


 溜まっていた涙と鼻水を我慢せず一旦流した。目と鼻を手でこすり、少し落ち着いてまた、


(よし、未だ。未だ、やれる)


 辛うじて持ち直して、リールの方を向いた。


(これ位しか、俺に言えることなんてもう残ってない。これが効かんかったら、もう、俺はきっと、待つこことぐらいしか、できへん。けど、そうなるかも知れんかっても、やるんや)


「なぁ、リールお姉ちゃん。俺、母ちゃんが生きてた頃なぁ、こんなこと言われたことがあるんよ。『したいことを見つけて、前のめりに生きるんよ』って。たった一回っきりそう言われただけやったけど、今でもよくそのときのことは覚えてる。ちょうど、今日みたいな、どうしようもなくなっちゃったとき。爺ちゃん婆ちゃんが死んだ日の夜のことやった――」

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