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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第二章 禁忌跋扈す絶園の廃墟
206/493

---034/XXX--- 少年がここから動き出せない理由

 コトッ、コトッ、コトリ。


 それは、念の為の確認行為。


「……」


 少年は無言のまま、びくりとも動かないそれの前に立った。もう微塵の気配もそれからは感じてこない。


「……」


 少年は、


 スゥゥ、ペトリ。


 掌で、触れた。シュトーレンの抜け殻の胸に。それは未だ生々しく熱を残してはいるが、鼓動は伝わってこない。止まっている。完全に、静止している。


 スゥゥ、スッ。


 シュトーレンの抜け殻の胸から離した手を、今度は、顔、開いたままの目の前へ。瞬き何ぞは当然無く、光への反応も、


「……」


 無い。それは、もうびくりとも動かない。そのことを、実際に触れて試して確信した少年は、無表情に、シュトーレンの抜け殻から背を向けた。


 その手で瞼を下ろしてやることはしなかった。






 コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、


「……」


 少年は未だ動かぬままのリールの顔を、旋回しながら見つめつつ通り過ぎ、


 スタリ。


 隣に座り込んだ。


「リールお姉ちゃん」


 そう口にした少年の声は、震えてはいなかったが、とてもとても弱々しかった。


「……」


 返事はない。反応はない。


(びくりとも反応してくれへん……。けど、)


 少年は手を伸ばした。


 スゥゥ、ムニュッ。


 シュトーレンの抜け殻に対してしたのと同じように、掌を、当てた。


 トクン、トクン、トクン、トクン――


 掌越しに伝わってくる、鼓動。包まれる、掌から感じる柔らかさと、熱。だがそれでも、


(確かに、生きてる。生きてるんや。でも、なら、何で……このままなんや……)


 リールは依然として、目を開けたまま動かない、人形のようなままであることに少年は、訳が分からず苦悩する。


(分かるやろ? 感じるやろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、何か、するようになったやんか、気配。シュトーレンさん自体の、気配。ぼんやり、上から。それに、今、シュトーレンさんの体動かなくしたとき、シュトーレンさんの死んだ気配なんて、()()()()()()()、全くせぇへんかったやんか。分かる筈やろ、リールお姉ちゃんなら……。なのに、何で……)






 迷った末、少年は、取り敢えず、自身の考えを口にしてみることにした。その為に、今考えを纏めようとしているところだった。完全に綺麗に理論整然に、とまでする必要はなく、ある程度の意味の纏まりががある話ができそうだと思える辺りまででいいと割り切って。


 たとえ、人形のように動かなくとも、確かにリールは生きていて、その目も耳も、確かに、見て聞いている筈だ、とそう思ったから。


 それでも少年は、手間取っていた。


(あのおじいさんは少なくとも、シュトーレンの体から出ていったんやし、恐らく、シュトーレンは、死んでへん。信じられへんことやけども、状況が説明しとるんや。シュトーレンが体から追い出されながらも、未だ確かに存在してるんやって。そうじゃないと、あのおじいさんの言ったことやったこと全てに辻褄が合わへんのやから。それにここは、危険過ぎる……。これまで俺が知っている何処よりもずっと……)


 恐らく未だ、何処かで、その意識を抽出され、隔離されているらしいシュトーレンの探し方、それに、身体への戻し方。戻し方なんてなかったときの、シュトーレンの体の処置。シュトーレンが何に入れられている状態なのか。それら全ての状況を鑑みて、どうやって、これ以上状況を悪化させず、ここから脱出するのか。そもそも、そのような手段はあるのか、ということ。そして、何よりもまず、リールが目を覚ましてくれなければ始まらない、ということ。


 シュトーレンの抜け殻と人形のように動かないリールから目を放すことなく、この場所から移動し、探索を行うなんてことはできはしない。


(俺一人では、どう足掻いても足りひんのや……。シュトーレンさんの体が今死んだような感じというか、死体そのものみたいになって、それから暫く経ったのに変わらずあのままなんやから、シュトーレンさんの精神があのおじいさんを追い払ったことで戻ってくる目は消えた訳や……)


 ちらり。


 変わらず、リールは焦点の合わない目を微動だにさせず、開いたまま。


(そんで、リールお姉ちゃんも変わらずこのまま。……きっとそれは、何か、不安が拭えてないからや……と思う。だって、不安から、絶望から、リールお姉ちゃんはこうなったんやから……。たぶん……。だから今、俺は、シュトーレンさんの体と、リールお姉ちゃんの両方を守りながら探索をやらんといけへん状態。けど、そんなことはどう足掻いてもできへん……)


 兎に角いっぱい。沢山のことが、同時に少年の頭の中で渦巻いていた。


(この場所は気配だけで全てが分かる訳ちゃう。どういう訳か、全体的に、気配が薄い。あの魚人共の気配も、ここからだと禄に感じられへん……。遭遇もして、気配もその場で味わって、憶えた上で、このざまや……)


 ここにいる時間が長ければ長い程、生存確率は下がっていく。それが少年にはもうすっかり確定事項になっていた。


(急がなあかんことは間違いないのに、絶対最初にやらんといけんことが、時間さえ掛ければ何とかなるもんでもなくて、……、あぁああ、もうぅぅ! こんなうじうじしててもダメや。兎に角、やるんや。試すんや!)


「なぁ、リールお姉ちゃん。返事は無くても、聞こえてるって信じて俺の意見言うから、聞いとって。それで、リールお姉ちゃんの不安と恐怖が、散ってくれれば、目覚ましてくれるって、信じとるから」


 少年は今すぐ慌てたい気持ちも、声を荒げたい気持ちも抑え、落ち着きを頑張って保ちつつ、できる限り普段通りの口調で優しく話し始めた。




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