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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第二章 禁忌跋扈す絶園の廃墟

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204/493

---032/XXX--- 老獪な悪意

 カツッ、カツッ、カツッ、カツッ、カツリ。


「肉の体というのは善いものだ。生きて居るという実感を真に得られるのだから。永久の引き伸ばしを捨てる価値はあると言える」


 闇の中から姿を現したのは、シュトーレン。だが、()()。その言葉遣いはシュトーレンのものをなぞているようでも、言葉にする内容がどこまでも、()()()()()


「シュ……トーレン……?」


 だから、身構えを解いてしまったリールの、そんな弱々しく震えたような、儚げな希望に縋るような声は、決して、愚か、とはいえない……。


 そう、リールは分かっている。分かっているのだ。こんなことを口にするにも関わらず。それ位には、これまでの付き合いで、彼のことを気に掛けるくらいには、情があった。それだけの話だ。


 自身の振る舞いが、結局のところ彼を詰ませた遠因であると自覚しているから。


(全部、全部、私の……せいだ……)


 彼女は勝手だ。責務を放棄し、自身の心の赴くままに、結局、シュトーレンを拒んだのだ。そして、そのことが、シュトーレンがあんな密会を企てて、事故でありながらこんな場所に来ることになった、そして、自身は片手片足を失い、愛しい少年は死線を彷徨い、シュトーレンは、その体を奪われ……、それどころか、死んですらいるかも知れない。


 所詮まだ子供でしかない彼女に、その上、自分勝手ながらも心優しき彼女には、そんな重みは、到底耐え切れるものでなかった。外道であれば、屑であれば、それか、年をあと十も二十も重ねていれば、ここまで崩れることはなかったかも知れない。


 少年は、そんなリールに掛ける言葉が見つからない。彼女は涙を流しすらしていない。無表情になって、顔色はどんどん青白く、瞳孔は開いていって……。


(分かって、言いやがってる……。駄目だ、このままじゃ、折れる、リールお姉ちゃんが……。あっ……)






 少年は気付いたが、間に合わない……。まるで、絶好の機を、シュトーレンの姿をした別人は、衝いた。


「違うと分かっていて、それは無いじゃろうが」

 

 そうして、シュトーレンそのものの声でそう言われたことが、トドメ。


(あ……あ……)


 リールは崩れ―――…ガシッ! 崩れ落ちる最中、少年に脇の下に両手を潜らされて支えられ、


「リールお姉ちゃん! しっかりするんや!」


(くそぉおおおお! 泣きも叫びもしない……。折れた……)


 リールは目を開いたまま、開き切った瞳孔と焦点の合わない目で、まるで人形のように動かなくなった。顔をリールの肩の上から付き出して、そんなリールの表情を確認し終えた少年の腕には、リールの体の重みがずしり、と移ってきて、


「……」


 少年は何も言わない。唯、じっと動くことなく、リールを支え続けている。


 重い。


 今のこの状況で、彼女一人背負うことは、どうしようもなく、重い。


「重そうじゃな。置いておかぬか? 見逃してやるぞい? 今、なら、のぉ」


 と、中指を立てて、シュトーレンのガワをした老人は笑う。少年は、それが下卑た笑いだなんて知りはしない。だが、そこから嘲笑と侮辱は確かに感じた。それは、自分だけに向けられているのではなく、自分と意識を失ったリールにも向けられていると分かっている。


 それは、妙に気持ち悪く、不快で、生理的に受け付けない笑み。美意識を持つシュトーレンであれば、絶対にしない類のそれ。


 コトリ、コトリ、コトリ、コトリ、


「疼くんじゃよ。本当に久方振りの感覚というべきか、のぉ。この男、シュトーレン・マークス・モラーは、たいそう、そのお嬢ちゃんに抑欲的だったらしい」


 老人は、目を見開いて嗤いながら、少年に分からせようと、言う。


 コトリ、コトリ、コトリ、コトリ、


 少年たちの傍、ほんの数メートルを、後ろに手を組んで、弧を描くように歩き周りながら、


 コトリ、コトリ、


 時折少年の方へ距離を詰めて、顔に息が掛かる距離で、煽るように言うのだ。愉悦に浸るかのように。


「地位も権力もあり、そのお嬢さんに対しては何をしても良かったらしかったというのに、それは美しい行いではない、だ。酷いものだろう、のぉ? 若いうちだけの、甘い肉喰ら散らしたい衝動。この男はそれを愚かにも否定したが、のぉ、勿体ない、じゃろう? 分からぬか? これだけ言っても。微塵も心揺らさぬとはのぉ」


 コトリ、コトッ。


「さてはお主、未だ知らぬのだな? フォッフォッフォッフォッフォ。なら、一緒に如何かのぉ? 手ほどき位はしてやろう」


 中指を立て、こちらに向けてきた。その意味を当然、少年は知らない。だが、知らなくとも、その悪意は、吐き気を催すほどに鮮明に伝わる。


「……」


 少年は何も言わない。


(……)


 心の中ですら、言葉を発さず、沈黙していた。


(…………)


 それが、自身に向けた、毒、であること位は、少年には分かった。それは似ていた。とても似ていた。嘗ていたかの島で、自身に村人たちが、時折見せてきた、毒のような、心侵す悪意。


(………………)


 そして、


「拒むか。なら、もうよい。そのお嬢ちゃんを置いて、消え失せるとよい。邪魔じゃ」


 スゥゥゥ――


 リールへと伸びてくる、悪意の手。


(……………………、()()()()()()()()()()()())


 カチリ。少年の目から、光が消える。


 ゴォォオオオオオオンンンンン、


 突如床が、少年の周り、半球状にくり貫かれるように砕ける。それは、少年が、リールを持ったまま、


 ブゥオンンンンンンンン、


 床を踏み砕くように、高く後ろに飛んで、


 スタッ。


 着地した、音。


 いつの間にか、目を開けたまま動かないリールを、お姫様抱っこした少年は、これまで見せたことのないような、冷たい眼光をシュトーレン姿の老人に向ける。


 それは、怒りでも嘲笑でも悲嘆でも焦りでもなく、何処までも無関心に近い。唯のゴミを無感情に見る、据わって開いた瞳孔をした、目、だった。

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