---028/XXX--- 疾走、そして―― 後編
「やったぜぇええ!」
「いぇええいいいい!」
二人はハイタッチしてニコリと笑い合い、すぐさま真面目な顔をして前を向く。
ドクン、ドクンドクン、ドクンドクンドクン、ドクンドクンドクン――
その鼓動の音は、知っている者にとっては、絶望の音。呑まれた者にとっても、その周りの者たちにとっても。だが、二人は微塵も怯まない。そこは、地雷原の末端。そして、飛ばされる方向からして、連鎖して飛ばされることはない。
魚人たちは、どうやらそこまで分かる程には知恵が足りていないか、見て大丈夫と確信するまでは臆病なくらい慎重なだけなのか。どちらかなんて分かりはしないが、それでも、魚人たちは逃げてゆく。散らすようにバラバラに、しかし、方向的に安全な方へと逃げていく。
「キシャアアアアアアアィィィ……」
「キシャアアアアアアア、キィィィィ……」
「キシャアアアアアアア、キシャィィアィィイイ……」
「キシャアアアアアアア、キッシャァァァアアアアアア!」
「キシャアアアアアアア、キッ……」
・
・
・
「キシャアアアアアアア、キィィィ、キィィィィィィ!」
その様子を見て、二人は指差し笑った。
「はははっ、あいつら逃げてくよ!」
「最っ高ねぇ!」
ドクドクン、ドクドクンドクドクン、ドクドクンドクドクンドクドクン――
そして、扉の真正面に、足を震えさせつつも、意地で残ってるらしい二体の秋刀魚人を見て、真顔になる。しかし、すぐさま、
「あっ、でも正面の奴ら残ったね。でも、丁度ええやん!」
「そうね。ぶっ飛ばしてやりましょ!」
そうやって、とっても悪そうな顔をしてニタニタ笑い出す。
ドドクン、ドドクンドドクン、ドドクンドドクンドドクン――
少年は右足を、リールは左手を、前へ付き出して、その時を、
ドクン!
迎えた!
ウゥオンウゥオンウゥオンウゥオンウオンウオンウオンオンオンブゥゥ、ブゥオオオオオオオオアアアアアアアアアアアウウウウウウウウウウウウウウウウウ――
背後で一瞬で膨張し、二人の意図した通りに二人を弾き飛ばす、スター・ゲイズ・ジャンパー。そして、物凄い勢いで、真っ直ぐ吹き飛ばされていくというか、飛んでいく、少年とリール。
ブゥオゥウウウウウウ――
ブゥオゥウウウウウウ――
少年は右足を突き出して、蹴り抜くポーズ。リールは、左手を付き出して、殴り貫くポーズ。そして、入口前に粘り強く残った二体を、少年とリールで一体ずつ、
ブチッ、バチィィンン、 ブゥオゥウウウウウウ――
ブチッ、バチィィンン、 ブゥオゥウウウウウウ――
貫き破りながら、そのまま入口へと真っ直ぐ突っ込んでゆくのだった。
(よし、今や。クッション展開やぁあああ!)
懐の先ほどのアレを、少年は取り出し、自身の前へと投げ出す。少年が、手でなくて足を突き出してぶっ飛ぶことを選んだのは、自身が先行するという目的もあったのだ。
ドッ、ブゥオオオオオオオゥゥゥウウウウウウウウウ――
そして、少年がそれにめりこむように埋もれたかと思うと、その直後、その隣のスペースにリールが、
ドッ、ブゥオオオオオオオゥゥゥウウウウウウウウウ――
入ってきた。勿論二人とも、角度を調整し、中で縦に跳ねる。そして、
ブワブワブワブワブワアアアンン――
ブワブワブワブワブワアアアンン――
ボッ、スタリ。
少年が先に出て、
ボウンンッ、ドサッ!
続いて出てきたリールを、お姫様抱っこの姿勢で受け止める。そして、リールは上を向いて、少年は下を向いて、そうやって二人は顔を見合わせて、笑った。
「やったぁああああああ!」
「やったわねぇえええええ!」
そして、沈黙。真顔で、互いの顔を見合わせる。そして、リールが顔を赤く染めていき、それでも真っ直ぐ少年を見ていると、少年も何だか釣られて赤くなった。
不自然に距離を開けたりせず、並んで座る二人。リールの顔は、まだほんのり少し赤い。少年はそれほどでもないが、時折、目が泳ぐ。先ほどのリールと目を合わせあったときの高揚の理由が分かっていないから。リールは逆に分かっているから。だから、これまでよりほんのり少し、その空間の空気は甘い。
「リールお姉ちゃん。こっから先、どうする?」
少年がそう尋ねると、
「このまま進みましょ」
リールはそう答えた。血はすっかり止まっているとはいえ、貧血に至るだろう量は流してしまっているだろうに、もう、痛みもすっかり戻っている筈なのに、患部が激しく熱を持っている筈なのに、普段通りの元気を演出している。それは、少年の為の、健気な我慢。
「何か手打っとかんでええんかなぁ……」
ここにきて、何だかちょっと弱気になる少年。視野を狭めることで、集中的に目の前のことに対応してみせた少年は、ここにきて、その焦点が緩み、現実が大きく重くのしかかってきており、余裕は無くなりつつあった。
「いいのよこれで。今の私たちに何ができるっていうの? あの数をまともに相手するっていうの? せっかく上手いことやり過ごしたのに。それに、暫くはあの魚人たちは攻めて来ないと思うわよ」
と、リールは少年の頭を撫でる。
「確かにそうやけどさぁ」
少年はこそばゆそうにそう言う。リールの気遣いに気付く程に、少年は未だ、大人ではない。
「あれらは、一言で言うと、賢過ぎる、わ。だから、大丈夫。私たちに打つ手無しと考えるか、それか、確実に仕留めようとしてくるときまで、あの数では攻めてこない」
少年の考えていることを読んで、そこに自身の考えを混ぜ込んで、そんな風に、リールは優しくそう言った。
「分かってるけど、でも、そういう甘いところが、俺らをこうした訳……、ごめん」
「いいの。それを言うとさ、全部、私のせい……って……」
ポロ、ポロッ……
割とリールもギリギリだった。そして、今、限界を迎えた。それだけのこと。強く振る舞うにしても、それは、自身の追った損失の範疇が彼女にとって限界だった。少年の分まで背負い切れはしない。しかも、彼女は、自身が少年をここに連れて来てしまったと、責任をずっと感じ続けていて……。
ぐしぐし、ごしごし。
でも、彼女は、それでも、
「ポンちゃん、悪いけど、肩貸して」
強い。いつまでも泣いてなんていられないと知っている。そうしていれば、全て失いかねないのだと、よく、よぉく、知っているから。後悔したくなければ、その為に足掻く以外、無いのだ、と。
少年は頷かない。
のそり。
立ち上がって、リールの前に背を向けて、後ろに手を回して、しゃがむ。そして、後ろを振り向いて、
「行こっか、リールお姉ちゃん。ルートは任せるでぇ!」
リールに微笑みかけた。彼女の涙の意味に気付かない程、彼は鈍くも幼くもなかったから。
「ぐすん、……、えぇ、行きましょ! 任せといて!」
再度流れてきた涙を拭った彼女は、今度は心の底からの笑顔で、元気にそう言うのだった。




