第十九話 少年の心の殻
「やってもうた……。あそこにいたみんなの気分をぶち壊して、あげくの果てには、リールさんにあんなことさせてもうた……。うわあああああああああっ!」
西の海岸。その上に突っ伏し、少年はただ自身の嘆きを吐き出す。
「なんでこんなつらいんやろうか。わからんけど、でも……」
しゃがみこんで、頭を抱える少年。思い浮かんだのは母親の顔。
「そっか。俺は、見捨てられるんが独りになるんが怖いんや。独りでの生活、嫌で嫌で堪らんかったもんな。リールお姉ちゃん、母ちゃんみたいやし……。でも、母ちゃんに怒られたり、突き放されるよりもずっとつらい。俺は、俺は、……。」
「お願いします、見捨てないでください、お願いします……。」
誰もいない海岸。海に向かって少年は祈った。
しばらくして。心に溜まった泥を吐き出し、少年は歩き出す。船長の様子を見に行くために。
『船長がああなったのは俺の責任や。だから、顔を見に行かないと。』
……。少年はそこへ行けない。思いと違って、足が動かないのだ。少年はその場にへたり込んだ。頭をもたげて。愕然として。
東の海岸、北端。リールはそこにいた。祭りが終わってしばらく経つが、まだ心が落ち着かない。なぜ自分はあんなことをしてしまったのかと、自問自答していた。
彼女も悩んでいた。それは最近できた悩み。少年に抱いている気持ちが何なのかということ。
そこに、
「リールさんですよね、少しいいでしょうか。」
ドクターが話しかけてくる。
リールの返事を待たずに話を続ける。
「先ほどはあんなことをさせてしまい、済みませんでした。ポンくんがあんなことを言い出したら、止めないといけないのは、前に出した私でしたのに……。辛い役目を押し付けてしまい申し訳ありませんでした。」
「それとですが、探しにいかなくてもいいんですか? 彼を。彼はきっと、あなたが慰めに来てくれることを待っていますよ。私では彼の心に触れられませんから。彼を追い詰めたのは私だというのに……。」
「聞いてくださいね、少し長い話になりますが。」
リールはただ、こくんと頷く。沈んだ顔で。憂いと微笑を纏いつつ、ドクターは話を続ける。
「私の元を、あなたたちの船長とポンくんが尋ねてきました。私はそんな二人をおちょくりながら少し雑談をして、船ごとあなたたちを飲み込んでしまったことを謝罪しました。そして、お詫びとして、あのレーダーを渡したんです。」
リールは覚えている。少年が必死に見ていた、点が映るレーダー。相変わらず俯いたまま、リールはじっと話を聞く。
「しばらくほったらかしにしてたものでしたから、その場で試運転してもらったんですよ。すると、画面に映るたくさんの点。点ひとつひとつがモンスターフィッシュの放つオーラに反応して表示されたものです。それがいっぱい。」
「私は大いに戸惑いましたとも。これまでこの町ではそんなことはなかった。何だかのモンスターフィッシュ。敵意を持ったものの群れ。もしくは別個の種類の大量のモンスターフィッシュ。それが現れたのです。」
ドクターもとうとう微笑を維持できなくなる。切羽詰まった顔になった。
「それまで、こんなことは一度もなかった。私がこの町と、この巨大なモンスターフィッシュをがちがちに管理していたからです。それが崩れ去った。私は不安でした、とにかく、とにかく何とかしないと。町を作った創世期にいた、金で雇ったモンスターフィッシャーたちはもうここにはいませんでした。ですから、私の手でなんとかしないといけませんでした、本来なら。」
「目の前に二人のモンスターフィッシャーがいるんですよ。それも凄腕の。もう頼むしか、縋るしかないじゃないですか。私だけでどうにかするなんて到底できません。」
「そして、私含めて三人で動き出し、あなたがたの船長はああなったわけです……。ポンくんもこれまでの様子では考えられないような狼狽ぶりで。あの子は精神力おばけで、何が起きても動じない冷静な少年だと私は思っていたんですが、そうではありませんでした。」
目に涙を浮かべるドクター。ただそのまま聞き続けるリール。
「どんだけ大人びていようとも子供なんですよ、まだ。だから、誰かが見守って、時には抱きしめてあげないといけない。そう思いました。」
「私の見解ですが、ポンくんとあなたがたの船長は根本が一緒なのでしょう。だからお互い分かり合えてるわけですが、決して縋ったり甘える対象ではないでしょう。お互いに磨きあう兄貴分と弟分ですよ、あれは。」
「だから、あなたが。あなたのような人がポンくんの傍にいたと知って少し安心しました。縋れるものがあるみたいだなと。彼、あのままだとそのうち歯止めが効かなくなって破滅しそうですから。ひやひやして、とても見てられない。きっと彼はこれまで悲惨な人生歩んできてるんでしょうね。あんなにしっかりしてしまってるんですから。」
「まだ、彼はあなたに頼りきってるわけではないと思いますが、頼れるのは、一番甘えられるのは貴方だと思っているのではないでしょうか。これらはあくまで私の推測ですが。」
ドクターはリールに対して最後の後押しをする。
「さあ、行ってください。彼は西の海岸にいます。さっき確認しましたから。おそらくそこから動かないはずですから、行ってあげてください。私は、結局声を掛けられず逃げてきてしまいましたから。」
最後に、また微笑で顔を覆い、手を振ってその場を去るドクター。
『私にできることはこれだけですね……。』
町の中へと消えていったドクター。リールは自分の気持ちが何かはまだはっきりと分からない。
ただ、自分は――
『見守りたい、抱きしめてあげたい。それだけは分かるわ。』
泣くのをやめたリール。茜色の夕焼けはいつの間にか消え、月の光が照らす夜になっていた。リールは立ち上がり、足を踏み出す。
西の海岸。ぽつんとそこにいる少年と、それに近づく一つの人影。
「ポンちゃん……。」
「リールさん。」
リールは慈悲に満ちた顔をしている。その顔には涙の痕が見られる。少年も同様である。少年はお山座りをして海を見ていた、泣いていたが、リールの声に反応して、そのまま振り向いたのだった。
がしっ、
ぎゅう。
リールは、少年を抱えこむように、両足を開いてお山座りをし、両手で後ろから少年を優しく包み込む。後ろからもたれかかるように。
「何も言わなくていいわ。私も何も言わない。ただ、こうしていましょ。」
二人はそのままただじっと、海岸で黄昏ているのだった。頭上の月だけが二人を見守る。そして、夜が明けた。




