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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第二章 禁忌跋扈す絶園の廃墟
198/493

---026/XXX--- 策あり、今しかない

「ポン、ちゃん……、うぅ、…―」

「未だや。リールお姉ちゃん。ちょっと痛いかもやけど、堪えてなぁ」


 少年は遮るようにそう言って、その歯を未だつき立てたままのスター・ゲイズ・ジャンパーを、リールの脇腹から抜き取った。


 傷口からは、その歯型のような切り傷があったが、血は流れない。滲んでいるだけだ。だが、それは酷く痛々しい。まるで内出血しているようにも見えるが、少し違う。


 鋭く薄いその歯は、刺さった箇所の傷を広げはしない。唯、強く抜けないように刺すが為のものだからだ。スター・ゲイズ・ジャンパーは、この歯の表面に、細やかな網状の粘着質を持つからだ。まるで雲の巣のような、しかし透明な。それは、スター・ゲイズ・ジャンパーが歯を突き立て、獲物を捉えたとき、それは発揮される。スター・ゲイズ・ジャンパーがそんな風に力を込めることによって。


 そして、それは、"爆発"の失敗によって力を使い果たしたスター・ゲイズ・ジャンパーには維持できない。そうなれば、その歯は唯の薄く鋭い刃な訳で、傷口を広げないように、すっと抜くことが可能だ。"爆発"の失敗なんて、スター・ゲイズ・ジャンパーは想定していないのだから。その粘着質はスター・ゲイズ・ジャンパーの歯から外れ、獲物の傷に蓋をするという、想定外の役目をしてしまっている、ということだ。


 そして、そのスターゲイザージャンパーをそっと地面に置いて、


 ガサァ、ガサァ、ガサァ、ガサァ、


 辺りの砂をその中に注ぎ込みながらリールに言った。


「これだけは先に言わせてな。ありがと、リール姉ちゃん。ここまで俺を守ってくれたんやろ。だから、今度は俺の番や」


 ガサァ、ガサァ、ガサァ、ガサァ、


「ポンちゃん……」

「けど、ちょっとだけ手伝ってな」


 少年だって、そんな対応はしたくない、今すぐ、泣きたい、泣きつきたい、そのまま、彼女の胸に埋もれて、こうやって、未だ互いが生きていることによる感動に浸りたかった。


 だが、そうはしない。意地でもしない。そうすれば、それこそ、そのときが終わりのときだ。そうだと少年は分かっている。乙女は分かっていない。そういうことだ。


 ガサァ。






「リールお姉ちゃん、これ重いけど、持てる? 大丈夫。こいつらは、一回爆発したら、連続ではできんから。少なくとも一か月位次を放てるようになるまでスパンがいるんや。こいつは栄養取り損ねたから、大丈夫」


 少年が渡したのは、砂が注ぎ込まれて、10キロ程度の重さになった、さっきの爆発失敗したスター・ゲイズ・ジャンパー。


「どうし…―いや、何でもないわ。それ、渡して。多分持てるわ」


 ギシッ。


 たゆたい、伸び跳ねる、サッカーボール大のゴムボールから、びよぉんと、ゴム紐がくっついたような、それ。少年は、その口をしっかり握り潰すように持っている。歯は砕けており、少年の言う通り、危険は無さそうだった。


 ギシュッ。たゆん、たゆん。


「いけそうね。これ位なら、幾らでも持っていられるわ。大体何がしたいかも分かったしね。タイミングはどうする? 私が決めるか、ポンちゃんが決めるか」


「流石リールお姉ちゃん! タイミングは任せるで。ってことで、じゃ、行こっか。向こうが待ってくれるのもいつまでか分からんしねっ!」


 少年がやっと、けろっと笑った。 







 少年は、その袋を持ったリールを背に抱えて、立ち上がる。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、


 互いに互いの心拍を、背中越しに、胸越しに、感じる。


 少年は、一瞬安堵の顔をする。しかしすぐさま気を引き締めて、前を向く。背負うリールのポディショニングの為に、すっと持ち上げるように浮かせて、位置を調整しながら、その温かみを背で一段と強く感じた。自分一人じゃなくて、彼女が背にいる、ということの意味を、ひたすらに感じている。


 乙女は、頬を真っ赤に染めている。目は今も涙で緩み、感動に浸っている。ますます、少年が自身の理想の体現そのもの、いや、それ以上だと思いつつ、実に乙女な思考が花開いている。だが、浮かれはしない。彼女はここで蕩けて何もできなくなるような愚か者ではないから。やるべきことを分かっている。


(リールお姉ちゃん、緊張してるなぁ。おっきい鼓動。あったかい。それに、凄い、汗や。ここまで頑張ってくれてたんやろうなぁ。俺はのんきに寝てた訳やし。もうすぐ、間に合わんようなるとこやったけど、間に合った。ドクン、ドクン、って、生きてくれてるんや。で、俺がそう実感できるのも、リールお姉ちゃんのお蔭や。だから、――)

(ポンちゃんポンちゃんポンちゃん、私の小さな王子様。キミはどうして、そんなに素敵なの。そうやって、強がるところも、私を引っ張ってくれることも、私を蕩かすの。ほら、現に今も、心臓バクバクじゃないの。でも、あったかい。そんな強がるキミに私は寄りかかりたい、けど、キミにも私に寄りかかって欲しいの。だから、――)


 そう。二人共、分かっている。碌に説明し合わずとも、分かっているのだ。それが、


((絶対に遣り遂げてみせる!))


 共同作業、だということを。

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