---025/XXX--- まるで当然のように
目を覚ました少年は、すっかり覚醒した目で、意識で、即座に状況を理解した。
(あかん、これは……)
少年には、分かった。分かってしまった。リールは諦めてしまっている。
(何でこうなったかなんて、知らん。だけど、間違いなく、俺のせいや。俺をリールお姉ちゃんは、守ってくれたんや。そうじゃなかったら、リールお姉ちゃんがこんなのに捕まるなんて考えられん。俺、寝とったんや、のんきに、何も知らずに、寝とったんや……)
そして、リールがそうするのもおかしくない位に、状況は詰んでいると分かってしまった。
目の前にいるモンスターフィッシュ【スター・ゲイズ・ジャンパー】と同質の気配が、周囲に大量に存在している。そして、その範囲の終わりには、魚人共の気配が、そのときをねっとりと待ち構えているような視線を感じずにはいられなかった。
そして猶予は残り数秒。とはいえ、それ自体は脅威にはなりえない。少年は今こうやって意識がある訳で、すっかり体の調子も整っていた。五体満足、万全に動ける。だから、何とでもなるのだ――少年一人だけなら。
呑まれた者以外は、派手に遠くまで弾かれるだけであり、ここは、殆どが砂浜と海岸。だから、飛ばされる方向さえコントロールすれば、二次被害的な面を除いて致命傷には至らない。
それに、目の前のリールを一先ず助け出せたとしても、その後が、どうしようも――少年は、微塵の躊躇も無しに、動き出した。目を覚まして、一秒もたたず、少年は覚悟を決め、動き出した。
(んなもん知るかぁああああああ! 兎に角今は、一刻も早くこいつをリールお姉ちゃんから引き剥がすんや!)
少年は諦めない。未だ終わっていない。未だ、そのモンスターフィッシュが爆発した訳ではない。終わり、という結果が出るか、全て何とかして終えるまで、止まるつもりなんてないのだ。
覆われたリールを即座に持ち上げる。そして、素早く回転させるように、探す。周囲の光で透かしながら、繋ぎ目を、袋の開き口の末端を。
(急げ、俺ぇぇ! 間に合わせるんや、どこや、どこや、どこやぁあああ!)
何だか、一瞬凄い喜びながらも、突然の少年のそんな行動の意味が分からず、それに、少年が、そこから逃げようとしないことによる焦りがすぐさま大きくなって勝り、砕けた生足に走る痛みなんて気にも留めず、少年に逃げろとか何やら泣き叫び続けているが、それでも、少年はそんなもの、もう目に入っていない。それに、外に、音は漏れはしない。
少年は、やると決めたのだから。そして、そういうことができる位、少年は、そのモンスターフィッシュについて、リール以上に知っていた。
自身のモンスターフィッシュ大典のそのモンスターフィッシュの項目について、祖父から聞いた昔話によって。
(爺ちゃん、まさかのまさか、だったけど、役に立ったで、こういうことやったんやな、知っておくことっていうのは、不意に役立つ、けど、それがいつかは分からんし、そんなときは訪れないかもしれん。けど、知ってたら、それだけで、知らなければどうしようもないことを何とかできてしまうもんなんやな。もっとも、やり切ってからや、そういうのは。兎に角今は、一刻も早く、絶対にうまくいかせるんやぁああああ!)
『こいつは確かに、自分の中で獲物を爆発させて、バラバラにして食べる。そう、一般的には言われておる。一般的なモンスターフィッシャーたちの間で、のぉ』
少年は、しきりに目を動かし、探す。線を。
『じゃがな、それは、厳密に言えば爆発ではないんじゃよ。聞きたいか、おお。そうか、聞いたいか。よしよし。特別に教えてやるとしよう。それはのぉ、圧力じゃ。周りの空気を、自分の体を使って、小さく小さく圧縮するように一瞬で、中に入っているものごと、人の一個分くらいにぎゅぅぅって押し潰して、一瞬で、ぶぅああああんん、って風船みたいに膨らむんじゃよ、こんな風にな。ぷくぅぅっぅううう!』
幸いにも知っていたのだ。だからこそ、助けられるのだ。だからこそ、手遅れになんて、絶対する訳にはいかなかった。
『実のところ、こいつは、引っぺがしちまえばどうってことないんじゃ。ん? 切っても刺しても殴っても効かないのにそんなの無理やろ、じゃって? 無理じゃよ、確かに。中に呑まれた者にはのぉ。じゃが、外からならできるんじゃよ。切る必要も、刺す必要も、殴る必要も、無いんじゃ。それどころか、特別な道具どころか、特に何の道具も要らず、その身一つで、しかも、お前さんみたいに幼な子でも普通にできるぞい』
(あった! 色が一際濃いところ!)
『それはのぉ、"色の濃さ"、じゃよ。こいつは体がとってものびる。どこまでも大きく薄く。そうなれば、体の色は薄くなって、向こうが透けて見えるんじゃ。ということは、もう、ここまで言えば分かるじゃろう? そうじゃよ。一際色の濃い、一本の線が走っているようになっているところこそ、奴が力を入れて、自身を一枚の袋と化している繋ぎ目じゃ』
少年は、覆われたままのリールを地面に置く。一応中身のリール黄色と黒と灰色の混じりあったモザイク状の斑点の走る、長さ50センチ程度、太さ1ミリほどの少し盛り上がった、光の角度によっては見えなかったり、綺麗に走っていたり見えにくいそれを、ほんの2秒ほどで見つけたのだ。
『それを見つければ剥がし方は簡単』
少年は急ぐ。
両掌でその線を挟み、
ニョチョニョチョニョチョニョチョ――
『擦るんじゃよ、その線を、のぅ。両手の掌で挟んで、ニチョニチョニチョニチョ、ってのぉ。するとすると、あら不思議』
超高速で擦り、
ミチョッ!
『ミッチョッという粘り気のある音がする。それが、合図じゃ。そこまでくると残る作業は一つだけじゃ。隙間が開いたってことじゃ、だから、両手を突っ込んで、ぐいっ、ってこじ開けてやるんじゃよ』
という音がしたかと思うと、その瞬間、そこに両手を突っ込んで、ぐいっと、
メリョリョリョリョリョリョリョ――
こじ開けるように開いて、その直後、
『よぉく覚えておくといいぞい。こやつに呑まれた誰かを助けたいという場面にふと出くわすことが、この先あるかも知れないじゃろう? お、何じゃ? そんなこと起こりっこないやろ、この島の近くにこんなのいないやろ、じゃって? ふふ、そのうちお前さんにも分かるときがくるじゃろうよ』
(ほんと、まさかやったけど、爺ちゃん、役に立ったで、本当に、ギリギリで、ギリギリで、何とかできたわぁ)
ブゥゥゥゥ!
『あぁ、そうじゃ。一つ言い忘れておった。こやつはのぉ、こうやって"爆発"を失敗にされてしまうと、ブゥゥゥ、って、音を鳴らすんじゃ。心配せんともよいのじゃよ。こやつはワシのこれみたいに臭くはないし、色も実もないからのぉ、ふふぉふぉふぉふぉふぉ。……ちょっと厠へ行ってくるぞい』
(爺ちゃん、俺、やったでぇええええ!)
結構な大きなオナラをしたかのような、間抜けな音の祝砲が、鳴った。




