---024/XXX--- 目覚めの呼び水
ポタンッ――ゥゥオオオオオオウウゥゥウゥゥゥゥゥゥゥゥ――
白い世界に落ちた、一滴。波紋。少年は、そんな白い世界の中で、横たわったまま、目を開いた。
(ん……、ん)
ポタンッ、
青黒い濁りが、広がってゆく。世界が一気に暗くなって、しかし、感じる温度は、どことなく、熱い。
(何処や、ここ?)
ポタンッ、ポタン、
少年の周りにだけ、それは落ちてきている。そうらしいと少年は気付いて、それらが降ってくる方向、上を、見た。濃く青い、ぼんやりと人の顔の形を入道雲のようなものが、そこには立ちのぼっていて、そこからそれは落ちてきているらしい。目があるであろう位置辺りから、丁度それは落ちてきていた。
のそり。
立ち上がる。
すぅぅ、
手を、伸ばす。右の人差し指を、爪を下にして、かざし、
ポタン、
(涙……?)
感じた、熱。指先は、青く染まることなどしなかった。それは、唯の、透明な水。暖かな熱を持つ、水。だから少年は、それがそんな風なものに思えた。
(誰の? これは、誰なんや?)
ポタン、ポタン、
その間も、少年の指先に、涙は、降り続けている。
(よく分からんけど、何やこれ、何か物凄い不安になってくんで……。得体も知れない。根拠もない。けど、どこかも分からないどこかへ行かないといけないような、気がする)
ポタン、ポタン、ポタン、
(どこへ? そもそも、俺、いつからどうして、こんなところにいるんや? それは置いとくにしても、何のためにそこに行かないといけないんや? 何かしないといけないことがあったような……? それすらも、……何も……、分からん……)
じっと手を伸ばしたまま、上を見つめたまま、動かない。当然だ。何も分からないに等しから。何もかも足りないから。
この、白い空間。地面と空気の境界も見えず、何処までも延々と広がっているのだから。昼も夜もなく、唯、白い。きっと、そんなところ。そして、静かなところ。だからどこにも、行けない。
だから、伸ばした手を、力無く、少年は下ろした。
ポトリ、
水面のような地面へ、一滴が波紋となり、広がっていく。揺らぐ水面のような地面は、少年を濡らすことなどなく、少年を沈めることなく、格たる地面として存在している。
『行かなくていいのかい?』
確かに、そう聞こえた。それは、なぜか、少年が普段自身が発した自身の声の感じと同じで、だがしかし、口調は全く違う。
どこから聞こえてきているかは分からない。ぐるりと首と視界を一周させてみるが、音の大きさは聞こえ方は、全く変わらず。
「……」
ある種の自問のようでもあったが、それは間違いなく、少年自身が発した言葉ではない。答えられない少年は、それに沈黙する。そして、どうしてか、心の中にあったもやもやとしたものが、大きく得体も知れず、膨らんでいくような不安に襲われる。さっきまでよりもずっと、強い。
(ぅぅ! あかん、こうやってここにいたら、あかんのや。だけど、何でや、これ、一体、何なんや)
その声についてではない。そのえもいえぬ不安と、焦燥感こそ、少年を惑わせている。だから少年は、
すぅぅ、
「どこに行けっていうんやぁああああああああああああああああ」
思わず、叫んだ。
少年の声で、世界が揺らぐ。光景が、白が、ブラックアウトを、断続するかのように繰り返し始め、数秒の後、安定する。
止まっていた雫の落下も再び始まって、
ポトリ、ポトリ、
『それは、呼び水。他の誰でもない、君を呼ぶがための、――――の、涙』
(何って言ったんや、聞こえん、肝心なところが……)
「聞こえん、誰か知らんが、もう一回言ってくれ!」
今度は一瞬だけブラックアウトしただけ。すぐさま元に戻った。
『いや、その必要はないよ』
「頼む! 物凄く大事なことっぽいんや。だから、だから、」
直前のよりは、少しだけ長く、一瞬ごとの、黒がついたり消えたりのブラックアウトの繰り返しが一秒程続き、収まる。
『耳を澄ますんだ。君の求めているものは、すぐ傍まで来ているよ』
それと同時に、雫の音が、止まった。地面は波紋など起こさず、静止した。ブラックアウトも起こらない。
(何やっていうんや……)
少年が、不満な顔をしたのも束の間、それは、
「あぁ、ポ……ン、ちゃ……ん……」
確かに、くっきりと、はっきりと、その世界に、響き渡った。少年の耳にしっかりと、届いた。聞き間違えなどある筈ない。一文字たりとも聞き逃す筈がない。
『ほら、ね』
「「ドクン」」
(っ!)
そうして、少年の心音が、鳴った。外からの何かの音と重なるように。白の世界は揺らぐ間もなく、一瞬で消え失せ、目に映った現実の光景。
見間違える筈なんかない。一枚の半透明の膜に包まれた、リールが、そこにはいた。
「リールお姉ちゃぁあああんんんんんんんん!」
立ち上がり、叫び、動き、出す。
そうして少年は、目を覚ました。




