---023/XXX--- 臥視の際
ドクン、ドクンドクン、ドクンドクンドクン、ドクンドクンドクン――
地面に臥し、まるでゴムで真空パックされるように包まれ、圧迫されるケイト。だが、それでも息はできて。モンスターフィッシュによるまさに死にゆく間の体験の情報なんて、記録に残る筈もない。そうなっているということは、須らく死ぬ、ということだから。
薄くのびた、そのモンスターフィッシュの皮膚越しに、未だ目を覚まさぬ少年を、ケイトは悲しく見つめる。こんな事態になっていることなど、まるで気にもしないように、安らかに眠っている。
スゥゥ、スゥゥ――
聞こえてきた、少年の寝息。一枚の膜越しから見る、その安らかな横顔。リールがそれでも、少年の為に、大きく叫んだり、意地でも起こそうとしなかった。そうすれば、少年だけは助かるかも知れないのに。あわよくば、こうなっている自身を助けて貰えるかも知れないのに。
(起きない、わよね。分かるの。分かってるの。私の感覚が、そう言ってる。だから、絶対に、そう。そうなの……。それに、それに逆らって起こそうとしても、何故か、そうする気が、失せちゃう……。だいたい、この熱々の左手でさ、触れて、じゅぅぅ、ってなったのに、それでも起きなかったのに、それに、そんなヤケドの後すら、そんな風に消えちゃってるのに、どうしろっていうの……? 分かってる。どうしようも、できないって……)
自身の左手が焼いた少年の左側背部中部辺り。自身と今向かい合うように、横たわっている少年のその本来、焼けただれている筈の部分は、服が燃え尽きただけで、露出した肌には、火傷の痕跡など微塵もなかった。
(そう。無事なの。ポンちゃんは、無事なの。ここまでは、そう。ここまでは、守り切ったの。でも……、)
少し歪むのは、涙のせいかそれとも、その薄くも存在する、どうしようもない隔たりのせい、だろうか。
(今度の今度こそ、もう、ダメそう……。……私はバカだ。私が勝てるあてもなかったのに、感情任せに、アレに向かっていったから……でも、そんなことになった、ポンちゃんの傷も、私のせいで……)
不思議と意識ははっきりしていて、息は苦しくなくなってきていて、そのうえ、右足から感じる熱もいつの間にか消えて、かわりにとてもそれは、重くて、左手も同じ。これまでの熱さと軽さは嘘のように、逆転していた。
(そして、今、私はもう、何もできない。こうやって、)
ドクドクン、ドクドクンドクドクン、ドクドクンドクドクンドクドクン――
加速していく、スター・ゲイズ・ジャンパーの鼓動。その鼓動の二度が一度に重なって聞こえる位に早くなるとき。それが終わりの合図。
(もう見ているだけしか、できない……。私は爆発によって、ぐちゃぐちゃになって、ポンちゃんは、大きく大きく膨らんで一瞬で巨大風船みたいになるスター・ゲイズ・ジャンパーの爆発によって弾力で物凄いスピードで遠く遠くへ、弾き飛ばされて……、きっと、海の中、下手したら、この場所を外の海と区切る壁にめりこむか突き破るかして、そう……、もう……、どうしようも……ないの……)
このモンスターフィッシュの危険度は、他のモンスターフィッシュですら避けて通る程。爆発の際の、伸びるその体は、その速度と弾性からして、モンスターフィッシュにすら死に至らしめる。
(だって、連れてきたのは、私。こんなところに、こんな場所に、巻き込むように、ポンちゃんを、連れてきちゃったのは、私……)
いよいよの終わりとどうしようもなさを感じて、リールは泣く。声を殺して、涙だけ、唯、流す。
(なら、やっぱり、こんな終わりだけは、駄目……。私は終わっても、いい……。けれど、なんで、ポンちゃんまで、私のせいで、終わりになる、だなんて、)
それは、ここにいる魚人たちも同様であるらしく、少年を背負ったリールを追い掛けてきていた秋刀魚人は、既に近くにはいなくなっていることを、リールはその視界からも、感じる気配からも、把握した。
(嫌だ、それだけは。未だ、考える頭もある。けど……。どこも、もう、動かない……。罰なの、これは……? 悪意なの、これは……?)
だからこそ頭はどうしようもなく、愚考をやめない。
『お前が悪い。お前がその少年を殺すのだ。愛しい想い人を、自らの失態のせいで殺すのだ。座視の際、成す術は無く、最後のその時まで、どうしようもなく膨れ上がってゆく無力からくる絶望を、自身の死以上の想い人の直後の凄惨を、だからせいぜい、悔いるといい。死すれば、それすらもう、できなくなるのだから』
悪夢の幻聴。
(何も……でき、ない……)
もう、息も整って苦しくもなく、そして、
ドドクン、ドドクンドドクン、ドドクンドドクンドドクン――
「あぁ、ポ……ン、ちゃ……ん……」
ポトリ、ポトリ、ポトリ、
「「ドクン」」




