---022/XXX--- 自跳する地雷
ザスザスザスススボウッザススボウッボッススメリメチュッススザスザスメリッザスザス――
「はぁはぁはぁはぁ、ッゲホゲホッゲホッ、ベッ、はふぅ、ハフゥハフゥハフゥコヒューコヒューはぁはぁはぁはぁ」
肺は異音を放ち始め、熱い空気の流れで気管から喉が出血し、きつく咳込んで唾と共にケイトはそれを吐き捨てた。その分更に息は荒れ、どんどん悪循環に陥っていく……。未だ足は止まっていないが、そこに至るまでにそう時間は掛からないだろう……。
「っ!」
咄嗟に、リールは左に体を逸らす。そのすぐ左横を、
ブゥオアンンンンンン――
力強く跳ねた、先ほどと同じ種類のモンスターフィッシュ。
ポァン、プァン、ポァンポァンポァン――
後ろからは、
「キシャアアアアアアア」
秋刀魚人が、叫びをあげながら、
ザザザザザザザザザ、ズザザザザザザザザザス――
追い掛けてきているが、その速度は早くなっているというのに、ケイトとの距離は詰まるどころか、離れ気味になってきていた。とはいえ、足を止めるとすぐに詰められてしまう距離でしかない。
それに、ケイトも、秋刀魚人と同様に、複雑なステップ、突然の飛び出しの回避を強いられ、更なる無理を重ねなければならなくなっていた。だから、事態はひたすらに悪化しているだけ。
全ては、そのモンスターフィッシュ、【スター・ゲイズ・ジャンパー】のせい。
(モンスターフィッシュ【スター・ゲイズ・ジャンパー】……。なんで、こんなヤバイのがいるのよ……。もうここ十年程目撃情報すら無かったのに……。それに、同じ気配が、未だ、そう遠くない範囲に散ってる……。何なのよ、これ……。まるで、地雷源じゃないの……)
そうリールが苦悩するのも無理はない。
モンスターフィッシュ【スター・ゲイズ・ジャンパー】。厚さ3センチ程度、直径20センチ程度。人の顔を、その凸凹を残しつつ、平たく丸く引き伸ばし、鼻をめり込む程に陥没させ、そんな鼻の左右に、真ん丸で瞼のない、周囲の色と同化する目が。耳はない。黄色と黒と灰色の混じりあったモザイク状の斑点が隈なく敷き詰めた肌をしている。
最大の特徴は、顔の下半分を占める巨大な口と、その下に存在する、ギザギザの歯。まるで、トラバサミのような尖り方をしており、薄く固く尖った、光沢のある純白のそれは、決して、狙った獲物を放さない。強く喰いこみ、刺さる。簡単には抜けない。その歯は、獲物を喰いちぎる為のものではなく、捉えて離さないことに特化している。
というのも、そのモンスターフィッシュは、"自跳地雷"という俗称で呼ばれ、猛威を振るったことがあるからだ。波打ち際の湿った砂の、足が届く範囲に浅く埋もれて、動くことなく、獲物の接近を待つ。自身より大きく重い者しか狙わない。
魚のくせに、顔を真上に向け、砂色に同化する大きな丸く平らに見開いた目で、自身を踏み通り過ぎる者を待ち続ける。そして、その時がきたなら、上から自身に掛かる負荷を反動に変え、飛び上がる。顔の裏側に僅かに残る、平らな丸い足のついた短いバネ状に変形した尻ビレを使って。
更に、自らの力だけで、同じように跳ねることも可能であり、余りに獲物が不足していると、近くを通り過ぎたものに手当たり次第、襲い掛かる。
空を常に見上げ続けるそれを、夜の海辺で見たとあるモンスターフィッシャーが、そんな名をつけたという。
だが、そんなロマンチックな魚では決してない。その魚は、獲物を咀嚼せず、丸呑みにする。ゴム風船のように柔軟で大きく膨らむ体をしており、包み込むように、圧迫と窒息を狙った狩りを行う。歯に圧が加わることが鍵となり、獲物に刺さった部分からそのような包み込みを行い、そして、密閉し、その中で、爆発を行う。
ザスザスザスススボウッザススボウッボッススメリメチュッススザスザスメリッザスザス――
「はぁはぁはぁはぁ、ゲホゲホゲホッ、はぁはぁはぁはぁ――」
(建物に戻るしか、無いわ。あっちでも何か起こってるって考えて間違いないけれど、もうそれしか、無いわ。ポンちゃん、薄く息してるだけで、目は全然覚まさない。体は熱くもなく冷たくもなくて、……、どう考えても、やっぱり、変……。調べ、ないと。でもまず、逃げ切らないと)
ジグザグながら、大体は、巨大な弧を描くような軌道で走り続けていたリールは、そんな考えに至っていた。ここにいたら、何が更に出てくるかなんて知れたものでないのだ。それに、ここには何も対処法なんてないのだから、それは正しい。
が、遅すぎた。
ザスザスザスススボウッ、クニッ!
「うっ!」
リールは右足を挫き、バランスを崩した。そのとき思わず、再び左手を、少年を放さないようにがしっと後ろに回してしまう。肉の焦げる臭いと音がして、
(ポンちゃん、ゴメンんんん)
後悔が走る。そうして、一瞬飛んだ周囲への状況判断と警戒。だから、それは起こるべくして起こったこと。
リールは少年を守るように自身の前を下にして倒れ込み、その胸は、はっきりと、それに触れ、重みをかけた。
バスッ、ムニッ……。
胸越しにでも伝わってきた、弾力。ぬめりを含んだ生温い湿り気。だから咄嗟に反応して、
「っ!」
すぐさま上体を起こ――せない。背の少年の重みのせいではない。もう体が碌に動かなかったのだ。それは、限界だったのに、止まってしまったことが決め手となった、どうしようもない反動。それでもケイトは、意地で足掻いて、
「ふっ!」
バスン。
「ゲホゲホゲホゴホゴホッ、はぁはぁはぁはぁ――」
胸部を、そのモンスターフィッシュ【スター・ゲイズ・ジャンパー】の口の位置から上にずらす程度しか、できず仕舞いで。
(っ、また……こうなっちゃうの……。ダメ……動かない……。間に合……わないぃぃぃいいいいいぅぅ、でも、せめて、ポンちゃんだけでも……。少しでも、長く、……ごめんなさい……)
ブチチチ、ボキィィィィ!
左手を弾けさせながら無理やり駆動させ、少年を薙ぎ払うように、左へ、どかせた。少年の足に組んだリールの右手がへし折れる音に僅かに遅れ、
ガスッ、フゥアア、ゴォゥゥ、バチン。
ケイトは呑まれた……。




