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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第二章 禁忌跋扈す絶園の廃墟
193/493

---021/XXX--- 逃走の砂浜かけっこ

「はぁはぁはぁはぁ――」


 ザスザスザスススザスススススス――


 建物から遠く離れた、延々と続く砂浜を、リールは、未だ目を覚まさない少年を右手だけで背負ったまま、走り続けていた。


(熱い……右足が、()()()()。左腕が、煙をあげてる……。でも、絶対に、止まれない)


 砂浜を駆けるリールのその継接ぎの左足は、赤く膨れ、プスプスとその表面から泡を吹きつつ、時折、それは、断続的な炎をあげる。足が地面を蹴るときに。砂すら、じりりと音を立てるほどの熱を持っていた。


「キシャアアアアアアア」


 秋刀魚人が、叫びをあげながら、


 ザザザザザザザザザ、ズザザザザザザザザザス――


 走ってくる。






(分かってる……。追い立てられたんだって。まんまと乗せられるように、建物から出てしまったんだって……。エレベーターが来るまで粘る時間も、隠れてやり過ごす隙も無かった。だからっていって、こうなっちゃってるのは、そういう風に誘導されたんだってしか、思えない……)


(急に通信越しに聞こえた爆発音でシュトーレンの声は突然途切れちゃったけれど、見に行くことなんで、できない。サポートは期待できなかった……)


(狭い通路を、追いつかれたら終わりだと、必死に走ってたら行き止まりだったけれど、破裂音がして崩れた壁と、そこに空いた、真っ直ぐ外へと続く光。波の音と、明るい砂浜)


(けど、迷路みたいに入り組んでて、行き止まりばっかりで今にもどうしようもなくなるって目に見えてるなら、危険でもそうするしかなかった……)


(分かってても、そっちの方が、安全に思えた。最初に私たちが襲われたのは、外。なら、きっと、より危ないのも、外。こんなのが、他にも何処かで潜んでいるに違いないの……)


(対抗する手だてもないなら、出てくるべきじゃなかった。行き止まりが私を詰ませるのも、外で他の魚人たちももりもり出てきて囲まれて詰まされるのも、どっちも詰み。でも、少しでも望みが残るのは、対抗の手段が残されるのは、中に残った方。だって、あそこにはいくつも仕掛けがある。魚人たちを無力化できるものから、きっと中には、殺傷できるものまで、あっただろう、きっと)


(シュトーレンは何か掴んでいたと思う。それか、以前から何か少し知っていたか。でも、言わなかったのはきっと、とっても危険だから。ここは、旧世界の遺跡。だから、未知の危険なものなんて、幾らでもある。現存のそういったものを管轄管理する一族の実質の長なシュトーレンですら、ここの存在自体は知らなかった。……知ってて、こんなことになっているっていうだなんて、それは、考えたくない……。だってそうなら、もう、私は――)






 距離は詰まっていき、度々、


「キシシシシ、キィィシャァアアアアアアア!」


 そんな雄たけびらしきものがあがった直後、


 ブゥオオンンンン――


 「っ!」


 カスッ!


 リールの右足ばかりに集中して、まるで刺突のような口からの全身体当たりを、秋刀魚人は放つのだ。中心を貫くのではなく、端から削ぐように。そして、


「キシシシシ、キシシシシシシ、シャァァァ!」


 ザスザスザスザス、ザスザスザスザス、


 無邪気にはしゃぐように地面でじたばた手足をばたつかせて、


 スッ、ザトン!


 勢いよく立ち上がる。そして再び、


「キシャアアアアアアア」


 ザザザザザザザザザ――


 再び走り出すのだ。


 リールはその間、微塵も足を止めない。分かっているからだ。それは、無邪気に残酷に、自分たちで遊んでいるのだ、と。まるで、玩具を振り回したり、昆虫の手足をもいで笑う、無邪気な子供のよう……。


 ザスザスザスススボウッザススススメリメチュッススザスザスザスザス――


 全力で、最高速度での疾走を続けるリールの足が時折、ある程度一定に平坦な砂浜を踏みしめる音に異音が混ざるのは、右足の表面のねっとりした赤オレンジの泡の破裂によるものだけではない。


 右足のその義足付け根からその音は発せられていた。そのときだけ、リールは度々、顔を強くしかめる。酷く不快で嫌な音。何故ならそれは、義手が自身を喰らおうと浸食してきている音、そうであると、リールは悟っていたからだ。痛みもなく、しかし、骨と血と肉が、端から少しずつ噛み砕かれるような感覚、右の残った部分の生身の感覚の先端が、徐々に後退していっていることから、それを理解していた。


 そう。その、義足は、生きている。リールとは別の存在として。意思を持っているかどうかは分からないが、確かに生きていて、それは、味方の振りをした、侵略してくる異物。


 すると、


(この足は、手は、いつまで私の言うことをきいてくれるの……? このままじゃあ、遠…―っ!)


 リールは、自身のすぐ前方の地面から、急にぽっと現れた強い気配に反応し、


(ポンちゃん、ゴメン!)


 その赤熱した、異形の筋剥き出しの左手を少年にぎゅっと、じゅぅぅっと、心の中で謝罪はするが躊躇せず、そして、


 咄嗟に、右足を軸に、無理やりジャンプし、体を右捻りによじるように回転させ、


 スドッ、ブツッ、グッ!


 何とか、跳ね上がってきたそれを、間一髪で回避した。そして、そのまま、真っ直ぐ、その新たに追加された襲撃者からも、元から後ろから追い掛けてきていた襲撃者からも逃げるように、元の進路から、右斜め前の方向に向かってリールは、ひとときも足を止めず、走り続ける。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ――」


 息のピッチは先ほどまでよりもずっと上がっており、右足から出る異音の頻度も上がっており、それでも、リールは、走り、逃げ続けるほか、無い。

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