第十八話 笑顔と宴と
祭り。勝利を祝う宴。場所は東の砂浜。野外でのバーベキューである。酒、食べ物各種、全て揃っている。肉は魚のみだが。
どれも島で養殖した生き物のものらしい。野菜と魚のバーベキュー。集った人々はどんどんどんどんそれらを焼いていく。
焼いて、食べて、呑んで、喋って。町の人たち、船員たち、全て集まっての大宴会。船員と町の人たちも、明るく話しながら打ち解けている。
そんな盛り上がりの中、少年は少し寂しく感じていた。
『あの船長がおらん。ここにおらん……。』
そのことが物足りなく、心に穴が開いているように感じるのだ。わいわいと騒いでいる人たちから離れて、一人だけ下を向いて暗い顔をする少年。
そこに、ルーが近づいてくる。
「どうしたんですか、そんな暗い顔して。笑いましょうよ。ポンさん、あなたが今回の一番の功労者なんですよ。」
「ああ、そうするわ……。笑う、かあ。」
少年を心配し、気遣うルー。しかし、少年の心は全く晴れない。
「あんまり考え込まない方がいいですよ。船長のことはあなたのせいではありませんし、どうにもなりませんでしたよ。結果的に全員生きているんですから。そのうち船長も目を覚ましますよ。」
下を向いて沈黙する少年。そのとおりであるとも言えるが、そうでないとも言える。原因をどう捉えるかによって答えは変わるものである。少年はこういうとき、どうしても自身を原因に置いてしまうのだ。
「僕個人としては、あなたに元気でいてほしいものです。一騎打ちの名乗りをあげたあの時のように。あんなとこ魅せられたら、釣り人なら誰しも心焦がれますよ。あなたが船長に気に入られた理由がよく分かりました。……、ではまた。」
『暫くそっとしておくしかないですか。彼のこと認めたんですけどね……、向こうに与えた初めの印象が悪かったのが尾を引いているのでしょうか。私が言ってもだめですね、これは。』
人混みの中に戻っていくルー。少年の心をほぐせそうな人を探して。
次に、座曳がやってきた。
「ポンさん、あなたは凄いですね。船長が言うだけのことはありました。なんというか、危機に陥ったときの適応力、発想力が凄いというのか。……すみません。」
話しかけても、少年は俯いたまま。それどころか少し顔色が悪くなっていた、話し始める前よりも。
「俺がしっかりしてたら、もっとしっかりしてたら、船長はあんな怪我しなかっただろうし、リールお姉ちゃんも、危険を犯して海に飛び込むはめになってもた。運がよかっただけや、今回は。次もこうなんとかなるとは限らんのやから……。」
座曳の方を向かず、ぼそぼそ呟く少年。自身を責めることを辞められない。
『だめですね、これは。私では手に負えない……。』
少年の前から立ち去っていく。その背中は少し哀愁を感じさせるものだった。
その次にドクターが現れる。笑顔ではなく、少し憂いを纏っている。罪悪感。船長が怪我をした原因は自身にあると思っているドクターは、少年に声を掛けられない。
少年に丁寧なお辞儀をした。深いお辞儀。そして、そこから立ち去ろうとする。
ただ一言、
「船長は明日にも目を覚ますでしょう、心配なら見舞いに来ればいいでしょう。」
去り際に、少年の耳元で囁いて通り過ぎていった。
さらに落ち込む少年。拳を握りしめ、ただ何かに耐えている。実は、少年、船長をドクターのところに運んでから、見舞いに全く行けてなかったのだ。
そこに、ビールジョッキを持ったリールが近づいてきた。声をかけず、様子を遠巻きに見るだけに留めていた彼女は、とうとう我慢できなくなって少年に話しかける。
「どうしたの? そんなに暗い顔して。」
「船長がいないから、俺……。」
「ねえ、ポンちゃん、そんなあなたを船長が見たらどう思うかしら?」
「でも……。」
「ねえ、私たちも船長のこと心配じゃないわけじゃないのよ。誰もがここに船長がいないことが寂しいと思っているわ。でもね、船長は自分が原因で周りのみんなが暗い顔をすることなんて望まないででしょう。あの人ならきっと、こう言うわ。笑えよ、ってね。」
笑顔で諭すように少年に語り、少年の肩を二度掌でゆっくり叩いて、リールは喧騒の中に紛れていった。
『俺も分かってる。リールお姉ちゃんがそう言おうと、俺には船長が心配なんや。分かってるんやけどなあ……』
分かることと、それを受け入れることは全く別のことなのである。少年は依然として、水の入ったグラスを持ち、人混みから離れて喧騒を眺めているのだった。
祭りが終わりに近づく。食べ物と飲み物が尽き、辺りも暗くなってきていた。
「では、そろそろ祭りは終わりにしますね。しかし、私が締めるというのは少し違いますね!みなさんそう思いませんかあああ!」
砂場に置かれたお立ち台。そこで、スピーカーを片手に、勢いで場を盛り上げるドクター。周囲を一周覆うような輪になっている聴衆たちも歓声を上げている。
「ポンさん、前に出てきてください。あなたこそが今回最大の功労者。釣り人MVPですよ~。」
少年は、前に出てくる。歓声。割れるような拍手喝采。皆、顔を酔いで赤くしつつ、高揚している。
台に上がった少年。ドクターからスピーカーを渡される。
「お願いしますね。」
笑顔でそれを渡すドクター。心なしか、その手が震えているように少年には見える。そう。ドクターの罪悪感は消えていない。しかし、彼は町長なのである。だから、いくらきつきても自分が少年に頼んでその場に立ってもらう必要があったのだ。
作り笑顔の仮面をつけた少年。そうと周囲が見ても一目で分かる程。聴衆たちは、無言で、しかし、笑顔で少年を見つめる。
「皆さん、私は、釣一本といいます。仲間たちからはポンと呼ばれております。ここから先は誠に申し訳ありませんが、普段の話し方で話させていただきます。」
拍手と、合いの手。
「いいぞいいぞ。」
「よ、町の救世主。」
「お前こそ、釣り人だあああああ!」
「ポンさん、かっこいいです。」
「小僧、お前の戦う姿はかっこよかったのう。」
「きゃー、町のヒーロー!!!」
少年の仮面が割れる。突如、悲しみが顔を出した。
「俺は、確かに今回活躍したで。ピラニアの巣を見つけて、で、群れの長も一騎打ちで仕留めたからなあ。でもな、みんな。俺は今回自分が活躍したとは思えないんや。」
「今回の事件は、俺とドクターと、……ここにいない船長。この三人と船員たちだけで解決しようと思ってたんや。騒ぎになるとまずいから町の人たちに見つからないうちに手早くな。」
「だけど、その結果は、船長の負傷と、町の人たちの絶望の顔だったんや。結局なんとかなったからこういう祭りをできてるわけやけど……。」
泣きながら、額に大皺を寄せ、時折唇を噛みめる少年。
「俺は、俺は、ヒーローなんかじゃない! 船長を助けられんかったんや。目の前で海に落ちていてピラニアに襲われている船長をな。俺は助けられんかった……。だから、俺は、俺は――」
「ポンちゃん、歯ぁ、食いしばりなさい。」
タッ、タッ、タッ。
トン。
バッシーーーーーン。
響き渡るビンタの音。少年の左頬を全力でぶったリール。とても悲しそうな顔で、少年を慰められなかった自身の不甲斐なさに顔を赤くしてこらえながら。涙を流しながら。
顔を食いしばり、俯いて、リールはその場から走り去っていった。北へと。
放心する少年。しかし、自身がその場でやってしまったことを見つめ、気づく。祭りの空気、幸せの熱気を自身が完全に冷やしてしまったと。
気まずい空気を作ってしまい、いたたまれない気持ちになった少年は、誰もいない町の方へ走っていく。やがてその姿は見えなくなった。少年の関係者たちは反省した。少年を傷つけてしまったことに。
しかし、同時に分かった。自分たちが今少年に何を言っても、少年の心は安らがないということを。これは自身の中で解決する問題なのだから。少し気まずい空気が流れる中、祭りは終わった。




