第百六十八話 藻屑の擬声の後語り
座曳を乗せた、もう彼だけの船は、唯、ひたすらに落ち続け、やがて、
ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ――ブゥゥゥォオオオオオオオオオオオンンンンンンンンンンンン――ブクブクブクブクゥゥゥ、ボゴゴゴゴゴ、ォォォォォンンンンンン――
伽藍の座曳の中に入り込み浮かぶそれは、結・紫晶が座曳に見せた、顛末の幻想か、はたまた、彼自身の想像か。
何かが、語る。彼に、語る。その声は、彼女のものではない。彼自身のものでもない。彼の知る何れの声でもない。声というよりも、それは音に近く、故に、無機質だった。虚ろではあるが、彼女とは違って抑揚があり、しかし何も籠もっていない、何処までも無機質な声に聞こえるだけの、唯の、音だ、それは。
語るような、言葉の波が、意識定かではない、彼に、浸透するように、響き渡った。
醸す黴、一面を覆い、土に変ず。失敗が決した筈の儀式。だが、間違い無く、儀式は成った。
一頭が、その場の全てを束ねるように飲み込むという想定外に次ぐ想定外が、その儀式の条件を図らずとも整えた。
贄が、過多。無論それは、過多では済まぬ儀式の稼働の為の生命力に溢れた生物の遺骸の数ではない。
それらの力を束ね、指向性を持たせる、儀式の中心。ばらける意識の集合を収束する使い捨ての楔、贄。人ならざる血脈を、因子を持ちし化生の人擬きの、贄。図らずとも、骸を束ねし、贄。
贄の資格足る者が図らずして捧げられ、束ねられたそれは乱入の人化生に運ばれ、儀式の中心に。重ねて、贄が自らを捧げ、指向は決まり、儀式は、成った。
落下を続ける船。一切の風をうねりを飛沫を纏わず、底無しの光の柱の中、空気の圧を無視したかのような、幼子がはしゃぎ振り下す手のような速度で、等速に落下し続ける。
そして、着する。光の柱消え、水は音無く全てを呑み、含む。
だが、止まらぬ。落ち沈み、続ける。見える海の光景。昏い海。鈍く揺らぐ、波の音。光届かぬ深海といえる域。
至った筈が、昏くとも仄かな視。
想定の範疇。掌の上。
愚者は所詮愚者であった。
クブクブクブクゥゥゥ、ボゴゴ――
虚ろな目で、抱える、幻。
最早決して動かぬ生人形の遺骸。賢継を否定せし愚者は愚かに抱える。虚ろな心で、ありもせぬ無色を想う。
慟哭も憤怒も悲嘆も無い。
愚者は己の無意味に拘泥す。ならぬ、と、愚する。
その権利がない。
その資格がない。
それは、赦されない。
預けられた団と、長の役目。殆ど総て泡と消え、残された一欠片は呪われ、形を変えた。だが、僅かばかり、その掌には残っている。一の宝珠と欠片の礫共が。
ボォォオオオオオオオオオオ――ゴォォォォオォォォォォォンンンンン!
『お前の拘泥した贄は、未だその灯を失ってはおらぬ。起きよ、我が、息子よ。目覚めの水は、足りた筈だ』
(……)
プゥッ!
瞼は泡を放ち、昏い海の底で、開いた。




