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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第二章 苔生す嵐
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第百六十四話 満身創痍、届かぬ運

 叫ぶと同時に、ぐらついた視界。そうして、座曳は


「ゲホゲホゲホゲホ、ガホガホガホ、ゴホォォォ、ガホォォォ、ブチャァァ、ビチャァァ」


 ピチャッ、ベチャッ、ボチャッ……ゥゥゥゥゥウウウウウ、バタッ。


 激しく咽せ、血反吐吐き、その上に倒れ込むが、それでも意識を手放さない。結果を見届けなくてはならないから。そして、次の指示を飛ばさなくてはならないから。


 何も言わずとも、結・紫晶が座曳の頭を顎下、首下に手を入れて起こし、彼はそもそもこんな状況に、ベストタイミングの指示だったが、それでも恐らく()()()()()()()()()()()()()()()()()()の結果を、待つ。


 そして、現実というのは得てして残酷で――





 タイミングは完璧な筈だった。それでも敢えて、謝りを指摘するとしたら、こうなる。


 それらの最初がこの船に向かってこの状況で飛んできた時点でもう、詰んでいた、と。


 一匹が跳ね飛ぶと、周りの他も続くという習性をそれらは持っていたから。そして、最初に飛んだ一匹の後につられて跳ね飛んだ()()()の飛白連の数が、座曳が絶妙なタイミングで飛ばした指示のときに海から体を出していたのであって、その後に、第二陣、第三陣が待っていたのだ。


 つまり、こういうことだ。第一陣の100に届きそうなそれらを斃しただけで、船員たちは決死に力を振り絞って、もう、微塵も動けなかった。


 もう体は動かない。迎撃は、できない。


 なら、どうなるか。簡単なことだ。


 ゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン、ゴォォオオオオオウゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ―― 

 ゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン、ゴォォオオオオオウゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ――

 ゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン、ゴォォオオオオオウゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ――

 ゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン、ゴォォオオオオオウゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ――

 ゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン、ゴォォオオオオオウゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ――

 ゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン、ゴォォオオオオオウゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ――

 ・

 ・

 ・

 ゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン、ゴォォオオオオオウゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ――


 船は穴だらけになり、彼らの大半は


 ギュゥイッ!

「あぁぁあああああ――」


 ギュゥギィ!

「くそがぁあああ! 放せ、放せ、放せぇぇええ!」

 ガシュッ、ガシュゥ、ガシュゥゥ、――


 ギュゥゥイイィ!

「あうぅぁ…………」

 ・

 ・

 ・


 飛んできた魚体の上向きの口にさらっとくわえられるように攫われ、重なり響き渡る船員たちの様々な声。未だくわえらえても抵抗を試みる者から、慌てて叫ぶ者から、そのまま意識を失ってしまう者まで、様々。違いは、その衝突と同時のくわえこみをまともにくらってしまったかどうかでしかない。そうなってしまえばもう、展開は等しく決まっている……。


 音もなく、くわえた船員たちごと、冷たい海へ。水中へ入る音どころか、水飛沫一粒すら飛びはしない。泡雫一つ、立のぼってはこない……。


 ギィゥイイイィィ…―ガコン、カティッ! イィィィィィイイイイイイイ!

 

「座曳。次の指示は? 次の手は?」


 そう、未だ随分な余裕を口調に残しつつも、激しく発汗し、唯ですら薄い血の気が更に薄くなってしまっている結・紫晶がそう口にした。低く片膝をついた姿勢で、前方に右手で持ったナイフを構え、半ば力づくで、座曳に向かってきていた【飛白連】の一体を弾き逸らしたところだった。


 それに対して、座曳は言った。弱々しく。


「……、耐えてください、と、私の変わりに叫んでください」


 だが、未だその目は死んではいない。そして、その言葉はとても座曳らしくもあり、だからか、結・紫晶は、


「こんなときでも、貴方は何処までも貴方らしいのね」


 そう言った。


「……。どうしたんです……。ゲホゲホゲホッ、早く、私の言葉を……」

「何で、ですって? 決まってるでしょう、そんなも…―っい!」


 ギッ、ガッ!


 急に掴まれ、強引に投げ飛ばされた座曳。目も見えないというのに、突然体が宙を舞う。


「っ、」


 一瞬、ぼやけてか、見えたか見えてないか、定かではないが、彼女が、一瞬、視界に映ったように見えた。彼女は、片手ナイフを持って構えていた。だから、再び先ほどのような無茶を、その怪力を秘めているとはいえ細腕なその腕で、やるつもりだと、判断できてしまっていた。


 何もできない。なら、そんな判断すらできない位に朦朧とできていれば、と座曳は恨めしく思う。禄にもう感覚もなく、唯、重く、鈍い自身の体の心配など、する意味すらない。


(どうして、貴方はそこまで……)


 ヒュゥウウウウ、ゴロロ、ドッ、


 床で跳ね、受け身も取れない体は、未だ未だ激しく勢いを持ったまま……。そうして、現実を聞かされた。耳は、未だ、音をしっかり拾える程度に正常だったから。そして、現実を認識するにはそれは悲惨なくらいに十分過ぎた……。


 ガコココォォォンンンンンンン――、ギィゥイイイィィ…―ガコン、カティッ!


 恐らくは、自身が投げられる直前までいた床下が砕かれて、そこから出てきた【飛白連】。それを、防ぎ、いなした音。


 だが、未だ終わっていなかった。一匹目と同じ軌道で、更に一匹、更に更にもう一匹。それも、結・紫晶が一匹目をいなした隙を狙って。


 特定の時期のみ群れを組み、このような協調的で集団的で攻撃的な行動を取るのが、【飛白連】の特徴。そして、その特定の時期というのが、産卵期。彼らが、次代をその腹に抱えている時期だけの行動。時期と巡り合わせが致命的だった。この時期でなければ、【飛白連】のモンスターフィッシュとしての危険度など、その辺りの非モンスターフィッシュの温厚な種程でしかないのだから。


 イィィィィィイイイイイイイ! ピキッ、ビシュッ、ガコォ、カッ! ギィィィィィィィィィイイイイイインン! ガスッ、ビシャッ! ガンッ、ギリリリリリリリリリ


 ゴロロロ、ガン!


(辛うじて、ですか……。ですが、今の音は、もう……。あと、一呼吸でいい。僕の喉よ、肺よ、保ってくれ……)


 そして、座曳は、


「うっげっ、ごほぉぉ、ゲホゲゲホ、ゲホゲホゴホッ……、ゲホッ、ぜぇ、ぜぇ、あ……」


 もう、声なんで出なかった……。


「ふふ、座曳。貴方は馬鹿よ。それも、大馬鹿者よ。もう、この船で、満足に動け、立てるのは、もう私だけ。意識を保っているのすら、私と、もう、目の前も見えていない、息絶え絶えの貴方だけ。他は皆、もう動けないか、海の藻屑、苔の塊でしかないの」


 彼女は、座曳に対して、全て分かった上で、そう言った。救いようなんて、もう、無かった。覚悟決めた彼女だけが動けるというのならば、彼女がもうナイフを十全に扱える状態にないというならば、もう……。


 耳を塞ぐ選択肢は奪われた。心は再び彼女に背を向ける逃避を許せない。


 キィイィィィィィイイイイイイイ!


 聞こえる、恐らく、これが打ち止めの音。高鳴る風切り音が混ざる魚体のそれが、【飛白連】の群れ単位のジャンプの、最後の合図。それが終わると、引き込まれた仲間たちは、もう、死体すら上がってくる可能性が消える。だが、どちらにせよ、救えない。掬えない。彼女の命すら繋ぎとめておけない自分には、自身の命すら費やしても、たった一行動にも足りはしないと分かっている。瀕死だと、理解している。頭だけ冴えわたって、それでも、体は痛く苦しく、終わりを感じ始めていて……。


 ポッ、


 鋭く尖った聴覚に入った音。 ポッ。 それは、耳を澄ませば聞こえる、【飛白連】がその唇で何かをくわえたときにする、低く柔らかい音。つまり、彼女が、タイミングを、最後の最後で合わせられなかった、という証。


(駄目だ、失ってしまう。僕が生きているうちに、失ってしまう。喪ってしまう。駄目だ、それだけは、それだけは、駄目だぁああああああああ)


 指先一本動かない。半端に助けたせいで、以前以上にみっともなく、何一つできない。しないようにしたのではなく、するという選択肢自体がもうない。ただこうやって、事の顛末を見届けるしか、できはしないのだ。


 スゥゥァァ! ……。


 水音どころか、水飛沫どころか、一切合切、何も、聞こえなかった。止んだ【飛白連】の襲撃。だが、そんなもの、もう、座曳には、どうでもよかった。


(僕は……。何をしに、ここに、来た……んだ……)

(ざ……び……)


 拳を振り下すことすら、獣のように叫ぶことすら、できは、しない……。

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