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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 第二章 腹の中の島
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第十七話 血路

 先ほど襲われて転覆した小舟が浮遊している地点。そこに少年の舟は向かっていた。他の舟もその後を追いかける。

 目的の地点に少年の舟が到達すると、巨影の幻魚が再び姿を現す。たくさんの魚影によってできた幻の巨魚。それが跳び上がったように見えた。影が実態を現す。


 ピラニアの群れが一斉に、先頭を走る少年の舟に突っ込んでくる。毒餌壁のおかげで勢いはだいぶ削がれ、舟内まではしばらくは入ってこれないようだった。刺さっている、つっかえている魚たちを少年とリールは額に冷たい汗を流しながらどんどん刺していく。


 リールは少年と同じ舟に乗ることを決めたとき、自身の心に二つつの誓いを立てていた。少年の意志を尊重することと、少年を守ることである。だから、舟に乗ってからは言葉を発せず、少年の行いをただ見守るだけだったのである。


 舟内に血飛沫がどんどん飛んでくる。壁を伝って上からも。血溜まりができていて、下からも。血みどろの二人。壁はぼろぼろになり崩れ落ちていく。攻撃は止まらない。これまでにない程の熾烈(しれつ)な攻撃。巣が近い証拠である。少年は平気そうだが、リールはかなり消耗している。全身で息をし、呼吸を荒げている。


「危ないっ!!!」


 少年はとっさにリールを押す。リールの左前方から、押す。壁を突き抜けて突進してくるピラニアが見えたからである。まるで斜め前方から飛び込むようにリールを押した少年は、そのまま勢い余って、脆くなっていた壁を突き抜けて海中へと落下していった。


ザバーン。


「ポンちゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁんんんん!」


 叫ぶリール。落ちた少年。船長と同じ末路。脳裏に浮かぶ映像。迷わず、いや、血迷ってリールは海へ飛び込んだ。






 ずっと後方にいる船員たちは必死に少年たちに接近しようとする。しかし、少年たちに近づくほどピラニアの密度が上がるのでなかなか接近できない。全員必死に突き進もうとしているが、到底届かない。


 海に落ちた少年。しかし、恐怖に震える間はなかった。リールが自分を追いかけて飛び込んできてしまったからである。

 本来なら、落ちた地点で、少年は自身一人ではただ震え、絶望に染まるしかなかったが、リールによってその運命は変わった。少年は、自身のためよりも、他人のために頑張れる人間であるからだ。自身を冷静に見るのではなく、周囲を冷静に観察し、最適な行動を取ろうとするのだから。


『俺だけではなく、リールお姉ちゃんまで襲わてまう……。海中だと勝ち目はない。突然飛び込むことになったから、俺たち二人ともちょうちんも、ちょうちん爆弾も、……手元にないなあ。』


 険しく皺を重ねる少年の顔。ひたすら考える。自分以外の、誰か。近くにいる、誰か。それが危険な目に遭って自分には何もできない。その状況だけは少年には許せない。だから決して諦めない。


 少年へ近づいてくるリール。


「もう大丈夫よ。大丈夫だからね……。」


 そう言うリール。涙を流しながら。顔を真っ赤にしながら。飛び込んだから少年が助かるわけではないが、飛び込まずにはいられなかった。

 もう、少年も自身も助かるわけがないとリールは覚悟していた。少年を抱き、胸元で少年を頭から包み込み、目を強く(つぶ)る。


 一方、少年は、冷静だった。彼女のために冷静になった。なれた。必死に頭を働かせる。そして、気づいた。なぜかピラニアたちが自分たちから距離を取っていること。そして、自分たちの周りの海水が少し赤くなっていること。その赤い領域から距離を取るようにピラニアたちが距離を取っているということに。


「なるほど、そういうことか。これやあああああ! リールさん、このまま、舟の上まで戻るで。俺がリールさんを舟に上げるから、その後引き上げてくれ。こいつらは暫くは襲ってこないから。でもそれも時間の問題や。早くうううううっ!!!」


 少年はそのとき気づいた。頭に引っかかっていた疑問の答えに。座曳が気にしていた三つのことのうちの一つ。なぜ船長が攻撃された部分が偏っていたのか。その答えを少年は見つけたのだ。"血"。血である。同じ群れの者の血。それをこのピラニアたちは嫌う。避ける。


 だから、その血で服が染まっていた船長はたったあれだけの怪我で済んだのである。そして、少年とリールが今のところ無事なのである。


『すぐに舟の上にリールお姉ちゃんを上げんと。それと、このことをみんなに伝えななあ!」


 リールが手を舟にかけた。少年は潜り、下からリールを押し上げる。全身を使って。


「よしっ、登れたわ。ポンちゃん、早く!」


 少年はリールの手を取り、舟の上に戻った。リールは安心で顔を緩める。一方、少年は顔を引き締める。少年はしっかりと意識していた。まだ戦いの途中であることを。






 他を突き放して先行していた少年の舟に、とうとう座曳の舟が追いつく。座曳は、顔を緩め、安心し、溜め息を漏らした。


「無事ですか、よかったです。」


 少年は座曳の方を向き、顔を近づけ、熱の篭った目をしながら、

「ちょっと聞いてくれ。大事なこと言うからな。あ、そのウェイブスピーカー貸してな。」

座曳の手にあるそれを取り上げる。


「みんな、聞いてくれ。どうやらこいつら、同胞の血がだめらしいわ。それを見たら距離を取るみたいや。だから船長はあれだけの怪我で済んだんや。あの人、服、血で染まってたけど、あれピラニニアたちの血やったんや。その証拠に俺もリールお姉ちゃんも無事や。」


 その声を聞いた船員たちは安心し、さらに士気が上がった。


「俺とリールさんが舟に再び上がっても攻撃してこない。同族の血が弱点で決まりやろう。ただ単に、このピラニアの群れが苦手にしてるだけかもしれへんけど。」


 一区切りついたところで、

「そろそろいいですかね。スピーカー返してもらいますよ。」

座曳はスピーカーを取り返す。光が篭った目で、微笑を浮かべながら。


「もうけっこうな数のピラニア仕留めてますよね、私たちは。ですから、その死体から、血を抜き取って集めましょう。それを、布に沁み込ませてください。できるだけたくさん。それを使って、さらに奥に進みますよ。」


 座曳は最後に注意を促す。


「ただ、この血を嫌がることは分かりましたが、巣が目前のところまで迫ったりすればまた違った反応をするかもしれません、ですので、過信はしないでください。あと、ちゃんと、爆弾ちょうちんは海に落ちても使えるように身につけておいてください。」


「あと、先行しすぎないでくださいね、ポンくんとリールさんは特に!」


 少年とリールに釘を刺すことも忘れない。座曳は、笑顔で、眉間に皺を寄せながら、顔で眼鏡の真ん中を指で上げる。


「茶髪眼鏡さん、すまんかったな。」

「心配させてしまい、ごめんなさい。」


 少年とリールは申し訳なさそうに頭を下げるのだった。






 少年とリールが襲われた地点に全ての舟が集合した。準備を整えて。そして、進む。北へ向けて扇状に広がって進む。他の舟とある程度の距離を保ちながら。


 しばらく進み、扇型の右端に位置する舟から報告が来る。


「魚影現れました。巨大です。」


 大声で全員にそう報告する。


 巨影の幻魚が生成されていく。そこで、ピラニアの血を染み込ませた布を投げる。そこから広がる赤い結界。影が崩れる。布が作る防御円。これを使い、散らしながら進んでいく。


 報告を受けたことにより、そこへ全ての舟が集結。そして、その場所からまた扇形に広がっていき、巣の位置を絞り込んでいく。それを繰り返していた。


 そして、

「おい、巣が見つかったでえええええ。モンスターフィッシュ大典で見た通りやあああああ!!!」

少年は勝ち名乗りを上げた。


「やったわねえ、ポンちゃん!」


 少年の頭を撫でるリール。少年も嬉しそうに撫でられている。


 腹の中の島、北東部。青い壁付近。リールが、舟底のレンズから巣がを発見したのだ。それを周囲を警戒していた少年に伝え、少年が確認し、今に至る。全ての舟が集結した。


 危機を感じ取ったのか、巨影の幻魚が集まったたくさんの舟へ迫ってくる。血の布を投げつけてもお構いなしに向かってくる。

 全員、ナイフを片手に。もう片手で小型の盾程度の大きさの毒壁の破片を持ち、構える。


「みなさん構えてください、来ますよ!!!」


 座曳のその号令が決戦の合図となった。各舟へと弾丸のように突撃してくる。どの舟でも毒壁はもうぼろぼろであるため、ここからは船員たち自身の能力だけで戦わなくてはならなかった。小細工なしの一戦。


 弾幕。ピラニア弾の弾幕。目の前に迫るピラニアたち。降り注ぐ、ピラニアの雨。船員たちは、餌ブロックを盾のようにかざし、それを止める。そして、ナイフで刺す。崩れたら、自分の舟の壁を。なくなったら、隣の舟の壁を、引き千切って新たな盾とした。






 ひたすら繰り返す。何度も何度も。数分経過する。船員たちにはそれが何時間にも続いたように感じられた。雨が止む。終わる。凌ぎきったのだ。


「よし、皆さん、例のちょうちんを用意してください。で、同時に爆弾を落してやりましょう。これだけたくさんで爆撃すれば、まだピラニアたちが残っていようとも、防御できません。」


 座曳の閃いたアイデア。それは、ピラニアたちの性質を利用して巣の場所を絞り込み、そこを目掛けて一斉に遅延式ちょうちん爆弾を落とすこと。絨毯爆撃であった。この方法なら巣の破壊を邪魔するピラニアたちもまとめて殲滅できる。それはまさに脅威の戦略。


 船員たちが準備を始めようとしたそのとき、一つの影が迫ってくる。少年の舟の方へ。


ピシャアアアアア。

キィィィィィィ、スパッ。

ドボン。


 少年の頬を(かす)る何か。その存在にしっかりと気づいていた少年は、顔を逸らし、避ける。しかし、掠る。少年の頬には鋭利な切り傷ができていた。傷口からだらりと血が流れる。


 そのときに少年はその相手をしっかりと目に焼き付けていた。大きな二つの古傷。他の個体よりも明らかに一回り大きいピラニア。間違いなく、群れの長である。


「ポンちゃんっ!」


 片手で少年を抱き、片手で少年の首の後ろに手を回し、息の掛かる距離で少年の傷をじっと確認するリール。少しの涙を浮かべ、顔を赤くして少年の傷を診ている。


「リールお姉ちゃん、大丈夫やから、な。」


 動揺する少年。戸惑いながらも、暖かさを感じ、リールの両肩に手を乗せ、そう言った。


 で、少年は立ち上がる。


『これがおそらく最後の一匹。もう攻撃してくるピラニアはその一体のみや。だから、勝負したくなってきたでえ、こいつと。』


 少年は、大きく息を吸い込み、

「みんな、待ってくれや。こいつとサシで()らせてくれや。」

決意表明するのだった。


 少年の目は、闘気で溢れている。顔が(わら)っている。生粋の釣り人、狩人の顔。それを聞いた船員たちはただただ呆れるばかり。傍で聞いていたリールもさすがにこれには呆れた。


 しかし、そんな少年に賛同する声が一つ。


「あはははははははっ!その気持ち分からなくはないですよ。僕がもしあなただったとしても同じこと言ってしまう気がしますね。同じ、釣り人だから、分かるんですよ。挑まれたなら、一対一でやりたいこともある、とね。」


 金髪の美少年、クーが高笑いを上げた。少年の宣言を認めたのだ。他の船員たちも、内心どこかで少年の気持ちを理解していたようで、皆どんどんとクーへ賛同していく。同調が波のように広がるのだ。


「ポン、やってしまえ。」

「必ず討ち取るんだぞ!」

「やれ、やれ!」


 船員たちは熱くなっていた。少年を後押しする。


 最後に、

「ポンちゃん、がんばってね、でも気をつけてね。」

リールが少し心配そうに、しかし、笑顔で背中を押す。


 リールは隣の舟に移り、少年一人になる。出る、少し前へ。構える、ナイフを持って。すると、陰が少年に迫ってくる。


ピシャアアアアア。

キィィィィィィ、ズバアアアアアアアアア。

ボトン。


 一閃。少年はタイミングを完全に合わせ、逆手持ちしたナイフをピラニアの軌道に合わせ、口から尻尾まで、一直線に真っ二つにしたのだ。


 歓声。大歓声。船員皆が沸きあがる。少年の見事な一本勝ちだった。誇る少年。周囲に勝利の名乗りを上げた。その後、自身の乗る船をリールの乗る舟に横付けし、リールに笑顔でガッツポーズした。座ったまま、リールは右手を開いて差し出す。


パシン。


 ハイタッチ。座り込んでそれに応えた少年。二人はお互い笑顔で向かい合ったのだった。






 最後の締め。それが残っている。巣の破壊である。


「ポンくん、合図お願いしますよ。君が今回の一番の功労者ですからね!」


 座曳が笑顔で少年にそう促す。


「では。みんな、投下頼むでえええええ。」


ポチャン、ポチャン、ポチャン、――、ポチャン。

……。

ポッ、

ピカアアアアアアアアア、

ドゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン。


 強烈な光の後、船底から叩き上げるような衝撃が伝わってくる。そこにいた全員が、舟ごと宙に浮き、そして海へと落ちていった。


ドボン、ドボン、ドボン、――、ドボン。

ぷはっ、ぷはっ、ぷはっ、――、ぷはっ。


 船員たちは顔を水面から出し、邪魔な小舟をのけて、海の底を見る。巣があった辺りを。


 大歓声である。みんな笑っている。大声を上げて。隣の人とハイタッチしたり、お互い抱き合ったり。巣は、跡形もなくなっていた。


 少年は、近くに浮いていた、やたら魚体に傷がなくてきれいなピラニアを見つける。


 そして、少年は、

「これ、気絶してるっぽいけど、巣にいたメスちゃうかなあ?」

隣にいたリールに見せた。


「そうっぽいわね。普通の大きさしてるけど、体に全く傷がないものね。これでコロニーピラニアの脅威は完全に取り除かれたわ。これはご褒美あげないとね。」


チュッ!


 リールは少年の唇にキスをした。柔らかく。優しく。


 顔を火照らせて少年を見つめるリール。周囲は歓喜に酔っており、二人のことには気づいていない。少年は、周囲に見られていないことはちゃんと気づいていた。しかし、それでもリールの突然の行動に動揺している。


 心臓がばくばくする。


『嬉しい。なんとなく。でも、なんで嬉しいか、なぜこんなに胸がばくばくするかは分からへん。何より、目の前におるリールお姉ちゃんの様子がなんかおかしい。普段見せない顔やで。これまでの顔を赤くしていたのとは明らかに違う。』


 しかし、考えても分かりそうになかったため、少年はとりあえず笑うことにした。きっとそれは悪いことではないのだから。

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