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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第二章 苔生す嵐
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第百五十六話 何故こうして今ここにいられるのか

 座曳が一応の安全というか、膠着状態を確認した上で、全ての船員たちが、外へ出てきたところで、 他の船員が気を利かせて船内から運びだしてきてくれていた【ウェイブスピーカー】を使って、座曳は船員たちに語りかける。


「皆さん。この儀式はもう、私やゆい紫晶ししょうの知りうる範囲の、想定された制御の外に出てしまっています」


 こんなことができていることには当然理由がある。


「幸い、引き寄せられたモンスターフィッシュたちの安全弁は、半端にですが残っています。私たちがこうやって、彼らの様子を観察できていることがその証拠です。私たちが殺気を出して構えない限り、襲ってくることはないでしょう。ですが、その半端な制御すら木っ端微塵になるのは割と直ぐでしょう。どちらにせよ、唯待っているだけだと、私たちに先は無い訳です。兎に角全滅させ、無理やりにでも先に進みましょう。モンスターフィッシュたちを全て斃しきって、一つ欠けたとはいえ残る二つの巨大な遺骸を船体に括り付けてみましょう。」


 小型ばかりだが、思っていたよりも増えていたモンスターフィッシュたち。その数、先ほどまでの3倍は下らない。


 甲板に溢れて、跳ねていたり暴れ回っていたり、死骸を食いあさっていたりしたモンスターフィッシュたちを船員たちが仕留めていくと、緑色の霧が出ると共に、それらは消え去った。それが実体を持ったモンスターフィッシュなのか、苔なのか、分かりやしない。


 先ほどのような大物で活動中のものはいないようであるとはいえ、それも今のところの話。


(外に来て、体力の消耗だけはましになったのは、恐らく、苔の誘導なのでしょうか。ですが、結局迷っている暇はない訳ですし。唯、気になるのは、モンスターフィッシュたちが思っていた以上に苔による浸食で落ちていないこと。悪手だったのでしょうか、引き篭もったことは。ですが、あの場では、ああするしか……。私がこんなで、どうしますか!)


「まずは、ゆっくり散開してください。察して下さっているとは思いますが、未だ、手を出さないでください。私を中心として、弧を描くように、徐々に広がっていってください。順番は、五体がより十全に近い状態で動かせる方から順に、二人一組で何とか動けるような人たちは最後で。クーさんは最後尾でお願いします」






 コトッ、コトッ、ギィィ、コトッ、コトッ、――

 コトッ、コトッ、ギィィ、コトッ、コトッ、――

 コトッ、コトッ、ギィィ、コトッ、コトッ、――

 コトッ、コトッ、ギィィ、コトッ、コトッ、――

 コトッ、コトッ、ギィィ、コトッ、コトッ、――

 コトッ、コトッ、ギィィ、コトッ、コトッ、――

  ・

  ・

  ・

 コトッ、コトッ、ギィィ、コトッ、コトッ、


 その指示に従って、船員たちが動き出していた。言わずとも、前後隣同士とフォローできる間合いを保って。


「皆さんが構え終わったとき、私が号令を飛ばします。あぁ、そうですね、号令、きっちり決めておきましょう。『ここでは未だ、終われやしない』。これにしましょう。そしたら、殺気を放出してください。それで続きが始まる筈ですから。そうでなかったら、こっちから攻めてやりましょう。大事なのは、何より、心の余裕です。たとえ絶望的でも、笑って立ち向かいましょう。前のめりに死にましょう。それが私たちでしょう。好きにやって、のたれ死ぬ。それが私たちの共通の理想の一つなのですから」


  そう、元・船長であった、島・海人が、どうしようもなく追い詰められたときに言う言葉、『死ぬだけだ』を彼なりの言葉で言うのを聞いて、彼らは気丈に笑って見せた。それが無理なく自然に、心底そう思ってできるからこそ、彼らは強い。たとえここで何人死のうとも。全滅しようとも。


 いつでも、人の歩みを止めさせるのは、恐怖による躊躇なのだから。恐怖しようが躊躇しない彼らは、終わりのその時まで、止まりはしない。


(そうでした。だからこそ、私は、彼らに惹かれたのです。そう。あの時。私は、私の求める理想の生を、彼らの中に見出したのです。腐り落ちずに済んだのです。そんな彼らを沈める程にしがみついて、成したいことを成そうとする私が許容されるのは、何より、彼らも同様にそうであるから、そうでした。それだけでした。しかし、だからこそ、成り立つのでした)


 グイッ。


 後ろ袖を引かれ、振り返ると、そこには結・紫晶が。彼女は、すぅっと自身の顔を、口を、座曳に顔を近づけていきながら、座曳の正面から逸れ、右耳元に。そして、抑揚のない声でぼそりと、しかしきっと優しく、促した。


「座曳、どんな結果になろうと、貴方は間違ってなかったの。そういうこと。ねぇ、皆さん待っていらっしゃるわよ。貴方の一声を」


 そして、彼女の口元が耳元から離れる。


 すぅぅぅ、はぁぁ、すぅぅ、


「未だ、やるべきことが、未だ未だあるんだ。皆さんもそうでしょう。私もそうです。だからこそ、こう、号令しましょう」


 そう、普段通りの声で言ってから、


 すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううう、


「終わってたまるかぁああああ! 突撃ぃいいい!」


 そう座曳が叫ぶ。


「おおおおおおおおおおおおおおお!」

「当然んんんんん!」

「やってやる、やってやるんだぁああああああ!」

「ふふっ。いつも通りだろうがぁ、そんなのはよぉおおおおおお!」

「こんなもの、慣れっこよぉおおおおおお!」

「うおおおおおおおおおおお!」

 ・

 ・

 ・

「言われなくともぉおおお!」


 船員たちも乗りに乗って、次々とおたけびをあげて、


 グゥゥッゥゥゥウオオオオオ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、ザバ、――ザバァァンンンン!


 声に乗った殺気に反応し、海轟き、モンスターフィッシュ共が顔を出す。


「一番槍、頂きぃいいいいいい!」


 スゥゥ、ビュゥオオオオ!


 誰かがそうしたことで、一度蓋をした戦いの火蓋は再び切って、落とされた。

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