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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第二章 苔生す嵐
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第百五十三話 人形のような少女の、心の熱籠もった声

「聞いて頂戴。私は未だ動ける。座曳のお蔭で。貴方たちのようにモンスターフィッシュを狩る力は普段なら無いけれど、この今だけは、役に立てると思うわ。黙っていたのは、観察が必要だったから。私はこの儀式を最もよく知っている。私はその為の贄なのだから。尤も、儀式が歪んだ今となっては、私を捧げても終わりはしないけれど。ほら、この乱入者。誰か、知らないかしら?」


 そこは、船長室。横穴が開いて、通路とその隣の部屋と繋がってしまった。だからこそ、全船員がそこに集められており、全体の半数程度である十数人程度の船員が、一応、座ってナイフ程度であれば振るえる程度に復帰していた。


 彼らは、座曳が意識を失う前に言った通りに、円陣を作っていた。その中心に結・紫晶が立って、船員たちにそう尋ねたところだった。


 汚染された吐瀉物を吐いた座曳に関しては、他とは離れ輪の外、しかし見える範囲にのばし置かれている。全員その苔に感染しているとはいえ、座曳のものは他の者と病状が違う。だからこその処置だ。尤も彼らは、全員同じ病状、同じものに感染していると悟ってはいたが、念の為であった。病状のステップが違う、という点で。


 そして、年老いた者程進行が遅いことにももう気付いていた。たった一人例外らしき者がいるが。それが、今、演説かました結・紫晶である訳である。


「ふざけるなぁあああ! げほげほ、ゴホッ……」

「ぎりりりり、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」


 声を上げる余力が残っていたのは僅か数人。それ以外の者たちは、結・紫晶を冷たく睨むだけ。そしてすぐさま背を向けて、今のところ止んでいるモンスターフィッシュたちの追撃に備えて、構えている。こうやって、体を休める時間があろうが、休むだけではどう足掻いても全快はなく、そのうちじりじりやられるだろうと、彼らはまた悟っていた。それでも、彼らは諦めない。前のめりに死ねるからこその真の一流なのだ。


「私に怒るのは理解できるわ。それは当然のこと。当然の権利。だけど、許してあげない、そんなこと。だって、このままだと、私も含めてみんな死ぬわ。座曳も死ぬわ。私のせいで、座曳が、座曳をここに連れてきてくれた貴方たちが、死ぬわ。私が死ぬのは別に構わない。そういうものとして生きてきたのだし。けれど、そんな不義理は許せない。理不尽によるものだとしても」


 結・紫晶のおかしく、場の空気とずれにずれた、彼らを逆撫でするような言葉を、彼らは当然聞き流す。


 ガリッ。


 それは、鋭い爪が、肌の上を擦れる音。結・紫晶がしたことだ。肌についたそれを爪先でこびり取り、船員たちに向けて高らかにそれを見せる。が、誰も彼女の方を見やしない。


「見なさいな。これに意思なんてない。モンスターフィッシュと同様に。いや、それ以上に酷いかも知れない。誰も知らなくて、未知のモンスターフィッシュ以上に対処のしようがないという意味で。だから、私は違和感を感じた。貴方たちはモンスターフィッシャーとして、真に一流。だというのに、この手のものについて知識を持っているものがいないだなんて、到底思えない。私は座曳から何も聞けなかった。彼が色々話してくれるのを待ってただけで。救われたお姫様の気分だった。何も備えなかった。だから今、こうなっている……。お願い、このままだと、死ぬに、死にきれない……」


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 一部の船員たちが、結・紫晶の方を向いていた。依然無言ではあるが。睨んだままではあるが、それでも向いた。


「皆さんの終わりの時を先伸ばす方法を私は持っています。座曳をこうしてしまってまで使ってしまっては、何もかも無意味だけれど、ここで何もかも終わりになるよりは何もかも、まし」


 そう言った彼女の目を見て、彼らは気付いた。彼女は本気だ、と。そして、どれ位本気かというと、ここで命を投げ出すくらい。そしてそれは決してたとえではなく、言葉通りの意味であるのだ、と。


 彼らは悟った。だから、彼らのうちの一人、年老いた男の船員が代わりに口にした。直感が働いたことが、証拠。信じるべき根拠。


「お嬢ちゃん。()()()()と、そういうことじゃな」


 そう、オブラートに覆うように、しかし、ここにいる全ての者たちに十分に伝わるように、老人は言ったが、彼女はそれをふいにした。彼女なりの意地だった。


「ええ。もう手遅れかも知れないけれど、ひとときでも長く、私で贖えるなら、そうするべきでしょう。未だ座曳は死んでいないのだから。貴方たちには、後をお願いしないといけないのだし」


 そうして意地ついでに彼女はそうお願いしながら、


 スゥゥ、スゥゥ、


 手を頭髪に翳し、何かまさぐり、


 ガッ、ピスッ!


 髪の毛からそれを出し、()()()()()()()伸ばすに留め、それを見せた。


 それは、半径1センチ程度の紫色をした、ガラス玉のような何か。その中には、中央に向けて螺旋を描く黒紫色の虹彩を模したような構造物が、浮かんでいた。明らかにただのガラス玉ではない。


「これは、儀式を成功したことにして終わらせる為の珠。贄を捧げる際に、その意識を抵抗を刈り取る為の制御の為の品でもある。それは、このように、儀式が歪んだとしても有効。……待って」


 と、背後から忍び寄ってきた一人の若めの女の船員を彼女は見もせず感知し、制止した。


「ここまで口にしたの。気が変わってやっぱりやめる、死にたくない、だなんてできはしない。私は愚かだけれど、そこまで愚かではないの。それに、座曳を頼まないといけないのだから。それに、説明が未だよ。私がそれを行ったら、事態は急激に動く。けれど、貴方たちはその後どうすればいいか分からないでしょう? そこから先は、モンスターフィッシャーの世界ではないわ。貴族の世界よ。貴方たちではどうしようもない。座曳以外だと、そこの小さな子二人なら上手くやれそうだけど、恐らく、治療行為無しでは意識は戻らないでしょう。だから、唯、私が言った通りにしてくれたらいい。……っ」


 そこで結・紫晶が立ちくらむ。そして、もう立っていられないのか、膝から崩れ落ちた。


「私もそろそろ限界なの。それにこの球は私か、儀式を始めた者が壊さないといけない。私か、座曳か。どちらかだけ。座曳にやらせるなんて、訳には、いかないから」


 そうして彼女は彼らの前で初めて笑った。彼女としてもそれは初めてのもので、とてもぎこちなくも自然なものだった。口角が上がっている訳でもない。ほぼ無表情から、本の少し、目つきが柔らかくなって、口が優しく閉じたような、そんな些細なもの。


 だが、彼女の意志はそれで伝わった。若めの女の船員は、彼女の方に顔を向けたまま、ゆっくり後ずさるように、彼女から離れ、輪の外縁部に戻って、座った。


「ありがとう。やることは単純。礼儀なんて放り出して構わない。貴方たちは、彼らが最も欲しいものを手にしているのだから。それは、座曳。未だ死んでいない彼を、彼らに渡して。それでも貴方たちが助かるかは分からない。だけど、こうやって唯じりじりと弱っていって、のたれ死ぬよりはましでしょう? モンスターフィッシュたちは恐らく、苔にやられて打ち止めだろうけれど、僅かでも残っていて、攻めてくる可能性だってある。さて。そろそろ、寒くなってきたわ。熱が体から消えていくような。そういうことだから、後は、お願いね」


 今度は微笑むことすらなく、元のように無表情で抑揚なくそう言った彼女は、自身の手にしたそれを握り潰し、最後の仕事を果たそうとするが、


 ガァァ、ザァァ、ブゥゥ、


 その音に振り向き、手を止めた。船員たちも、その音の方に気をとられ、彼女の動きが止まったことに言及するどころか、目線ひとついっていない。


 穴の空いた壁の向こうの隣の部屋。壁に凭れながら、緑色の血反吐を吐きながら、口角釣り上げて、らしくなく、強い目力で笑いながら、涙流している座曳。手に、何か握っている。そこから、このノイズのような音が鳴っているらしい。


『あぁん? 何だ? 座曳ぃ!』


 その声は、再び灯った、希望の灯。

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