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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第二章 苔生す嵐
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第百五十二話 砕け落ちるマスト、壊れゆく希望の船 

 座曳は慌てて身を乗り出し、その予想が二つの意味で正しいかどうかを確認する。


(ポ……ポーさん……。それに、いや、クーさんは……? どうして、声をあげないんです……。貴方なら、真っ先にそうするでしょうが……。いや、まさか……!)


「ポーちゃん、はぁ、はぁ、しっかりするんだ! はぁ、はぁ、はぁ」

「中へ、ぜぇ、ぜぇ、運ぶ、ぞ……」


 比較的年老いた男女の船員が、ポーを船内へと運ぼうとしている。未だ動ける者がいるということが分かった上で、座曳きの悪い予想が一つの意味で当たってしまっていた。


(年を重ねていない者程、重篤な症状が出ていますね……。微妙に差はあるようですが、病状が完全に年功序列してますよ、これは……)


 引き続き見渡し、もう一つの悪い予想も当たってしまっていると、座曳は、今までそれらに気付けなかった自分が、愚かしくて、堪らなくなった。


 顔はそれでも冷たく冷静で、熱なぞ帯びてはいない。だが、どうしようもなく重くなってきた頭を額から支える片手の掌は、


 ミシシシシ――


 その額を軋ませるように強く強く、恨めしく握る。船の中央の入口の上。船の後部、左端。そこに、今にも倒れそうに、座り込んだまま頭を揺らし、目の焦点が合っていない、激しく息をするクーの姿を捉えた。クーを介抱しているらしい若い船員三人も、ほぼ同様の病状で……。


 だから座曳は【ウェイブスピーカー】越しに、どうしようもなく、逃げの、先延ばしの一手の指示を飛ばした。


「船内に、避難してくださいぃい! はぁ、はぁ、はぁ。円陣を組んで、中央に疲れの酷い人たちを集め、周囲を、未だ何とか手足が動く人たちで固め、迎撃して、はぁ、はぁ、下さ…―」

「茶髪船長ぉおお、はぁ、はぁ、衝撃に備えろぉおお! あんたのマスト、へし折れるぞぉおおお!」


 が、


 グゥオオ、グゥオ、グゥオグゥオグゥオグオグオグゥオオオ、


 何処からともなく風と水飛沫を纏って飛んできた、千切れた【テイルウィップブレイクシャーク】の尾。


 バシャキュゥゥ、ボコォオオオオオオオ、ミシミシミシ、バカコォォォォォンンンンンン!


 壮年の船員の必死の叫びの通り、へし折れる。


(っ! ですが……、……嫌です……。それだけは、死んでも、嫌です……。はは、なんで、こうなるんでしょうか、ねぇ……)


 ガシッ。


 揺れ倒れる足場の上、残った力を振り絞って、座曳はその身を駆動させる。足元の、もう力ない手の彼女を掬い上げ、しっかり抱き抱え、丸まり、その腹で胸で両足で両腕で、頭で、守るように抱き抱える。海に向かって投げることもできない。当然、倒れゆくマストの上を駆け抜けていくことなんてできやしない。受け身でさえ、恐らく、十全に取ることはかなわない。


 グゥゥゥゥゥ、ガラララララララ――


 せいぜい、彼女だけでも、助けられるように。……結果的に助けることはできないと分かっていても、ほんの少しでも彼女を生きながらえさせることができるように、抱きしめ、恐怖に負けず、無様に懺悔するように、心の中で祈る。


(私は馬鹿ですね、ゆい。これでは、貴方が、こうやって耐えてきたことにすら私は意味をあたえられなかったということになりますね……。再び拾って、再び零すなんて、……。貴方が生き延びたら、どうか、私を、罵ってください。恨んでください。それを糧に、何とか生きてください……)


 ギリリリリ、ゥウウウウウウウオオオオオオオオンンンンン、


(馬鹿、ね)


 そう言われた気がして、座曳は懐を見た。


(あっ、)


 ドゴォオオオオオオオンンンンンンン! バキバキバキメキメキメキ、ガハァァンンン、ドゴォンン、ミシミシミシ、ベキィィィ!


(あ……)


 響き跳ね渡り砕く音。それと共に、宙を舞った自身の体と、それでも何とか放さないでいた彼女の体。そうして座曳は、


 フゥゥゥゥゥ、バコォォ、ボコォォォ、ゴロロロロ、ゴツッ。


 身を挺して、彼女を先延ばし、意識を手放した。激しい破壊の衝撃から免れた彼女は、霞む視界でその惨状を見つめる。意識なき彼の胸に抱えられたまま。


 船員たちの殆どが気を失って、血を流して、腕を足をひしゃげて、のびている、転がっている。両手の指に収まる程度の数の残りの船員たちが、彼らを順次運んでいく。船内への中央入口近くにいる意識不明者から順に。


(こうまでなっても……、諦めない、のね……。座曳。彼らが貴方をここまで、……)


 ギッ、ギッ、


 結・紫晶は、座曳の両腕の上腕辺りをしっかりそれぞれ片手で握り、その小さな背に、


 スッ。


 座曳を背負い、


 ミシッ、ミシッ、スゥゥ、スゥゥ、――


 体を軋ませながら、動き出した。その目に光が宿る。


(ならせめて、私も最後までは諦めないことにするわ)

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