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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第二章 苔生す嵐
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第百五十一話 共削りの浸食

 それは、消耗戦と成り果てていた。対峙する両者が共倒れするような、泥沼染みた潰し合いだった。敵味方問わず等しく、第三者の介入によって、削られていく。その上、対峙する両者は、ぶつかり合い続けている。


 人は不利だ。モンスターフィッシュたちも同様に苔による浸食を、いや、人以上にその影響を受けている。とはいえ、人とモンスターフィッシュでは、体力が圧倒的に違っている。その差が、モンスターフィッシュを攻め側に、人を守り側へと、追い立てた。


 ブゥゥウオオオオオオンンンンン、ザバァアアアアアアアア、ゥウウウウウウウウウウウウ、


「不味いぃいいいい! はぁ、はぁ、はぁ、()()だぁあああ! はぁ、はぁ、はぁ、来るぞぉぉぉぉおおおおお!」


 遅ばせながら、誰かが叫びをあげた。それは、つい先ほどから起こり始めた、モンスターフィッシュたちの行動の変化。


 グゥィィ、ミシシシシ、バリバリベキビキ、ゴォォォオオオオオオオオオ――

 メリリリリ、ギシシシシシ、ミシャァァァァァァ――

 ガリリリリリ、メキメキメキ、バキッ、グキィィ、ジャァァァァ――


 骨砕けるような音と共に、船体の横っ腹が半径1メートル程度の穴状に砕き貫かれていく。次々、次々、と。モンスターフィッシュたちは方針を転換させたのだ。


「皆さん、散開して下さいぃぃ! はぁ、はぁ、はぁ、そして、ご自身の手の届く範囲だけでも、守り切ってくださいぃいい! すぅ、はぁ、はぁ、すぅぅ、相手も、弱って、いるんですっ!」


 【ウェイブスピーカー】越しに、下に向かって座曳は叫ぶ。結・紫晶は座曳の腰の辺りにしがみついている。酷く疲れが見えている。今にもその目は閉じそうで、身体越しに伝わってくる熱の高さに、座曳は焦っていた。


 このままでは、どうにもならない。何もかも、無駄になってしまう。戻ってきた理由すら、取り零してしまう、と。 


 それでも、彼女の方を向いたりはしない。戦況を見ることに集中している。座曳は、この息苦しさが今自身の皮膚に点在するように見え始めた緑の苔と関係していると直感していた。他の船員たちも同様である、と。それどころか、モンスターフィッシュたちすら全く同じ状況。そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに、座曳は焦っていた。


 座曳は辛うじて冷静である。だからそれらに気付けていた。モンスターフィッシュたちの行動変化の理由は、儀式によるコントロールのたがが外れたことによるものだと推察していた。それでの座曳は降りない。下に加勢しようとはしない。


 分かっているのだ。今自分が下に行っても、何の役にも立てないということに。自身の消耗が、他の者たちと比べて、明らかに早いことに座曳は気付いていた。


 声はやせ我慢で出せる。だが、手が、足が、力が籠もらない。恐らく、梯子を降りる力すら、手足には無い。そして、今となっては、足元にしがみすがりつくようにして、顔を上げようとしない、熱く熱くなっている彼女の質感が、柔らかでハリあるものとは明らかに変わったことに気付いていた。ぼそりと崩れるような湿っけた土のような……。


 だから余計に動けない。動けば、それらが、下に散る。なら、状況がより悪い方向に進むだろうことが目に見えて明らかだったから。異常な速度で苔生すそれ。そんな病原体、近くにあればある程、早い速度で伝染するに違いないのだから。強い風が吹くこんな高い場所にいるのだから、もう、その悪影響は、どうしようもない位に辺り一帯に、逃れられない範囲に、広くばら撒かれていることなんて分かっている。それでも、どうしようと、動けないのだ。海に飛びこむ、という手段も使えない以上は……。


 座曳は、血の気の引いた顔で、それでも意識を投げ捨てることなく、現実を直視し続ける。できることをただ、やり続ける。打開の為の手段はある筈だ、と。何か一つでも、それに迫る手掛かりはないか、と、船の周りの海とモンスターフィッシュたちを、睨む。






「くっそおおおおおおおお!」 


 誰かが叫んだ。座曳程ではないにしても、下の者たちの誰もが気付いている。


「なんで……、足が、動かない……のぉ……」

「未だ未だ、やれる筈、なにに、なのに……」


 船への連撃。それを、気付いていて、防げなかったということを。自分たちの普段の調子からいって、何故そんなにも動けないのかが分からなかった。まるで何かの影響を受けているかの如く、体の動きが鈍っていることが分かっていた。


 彼らには未だ、モンスターフィッシュたちのような病状は出ていない。下の者たちの殆どには、座曳のように、皮膚に苔の点在が見られる程には病状は進んでいない。


「……くふぅ、くふぅ……」

「未だだ……ぜぇ、ぜぇ、未だ、終わってなんて……いない」


 動けなかった。


「クー! ぜぇ、ぜぇ、息をしろ……、苦しくても……、」


 もう、限界だった。誰も彼もが、息を徐々に、大きく大きく、荒げている。


 ギィィィィ、ボコォォォォォンンンン――


「……!」

「ぅ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 人よりも、モンスターフィッシュの方が、どう足掻いても、体力的な面で圧倒的であるのだから。ほんの一体の、比較的小さめの【ウイングエラガントユニコーンフィッシュ】の、ジェットが半ば不発の本調子でない体当たりすら、彼らの誰一人、動いて防げなくなっていたのだ。


 そして、それが折り返し、海へと戻り際の見え見えの動き、放射線を描くように、打ち上がって、穴を開けるように落ちていくのすら、


 ギィィィィ、ガキィィンンンン、


「っぅ、弾き……はぁ、はぁ、きれ……」


 カコン、シャッ、ギュアアン!


 ナイフで捉えられたにも関わらず、逆に弾かれ、


 スゥォォォオオオ、ボコォォンンンン――、ザプン!


 みすみす、海へ逃してしまう……。傷一つ負わせることすらできないありさま……。彼らはそれでも誰一人諦めようとはしないが、それでもとうとう、最初の脱落者が


「ポーさんっ! ぅ、ゲホゲホゲホッ、ゲホゲホゲホッ、ぅぅ……」


 ガコッ。


 現れた……。気を失い、その身を苔に急速に覆われていくポー……。膝をついた座曳は、自身が口から咽せ吐き、手に付着したものが、苔色のぼろっとした土塊であったことにすら、もう気が回ってはいなかった。

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