第十六話 反撃の狼煙
喧騒。遥か後方から聞こえてくる嘆きの声たち。周囲から聞こえる狩人たちの雄叫び。
町の人たちは異変に気づいている。その異変の正体にも。
それに気づいてしまった座曳。このままでは、船員たちにも更なる焦りが生まれる。そして、嘆きは大きくなり、大恐慌。そうなれば、絶望が広がるのである。岸から海上にいる船員たちに伝わってしまうのだ。しかし、現在これに対して打てる手はない。
岸から聞こえてくる声。嘆きは徐々に強くなっていく。
「もう、俺たちは終わりだ……、ピラニア共に囲まれて、死ぬんだあああああああっっっ。」
「うわあああああああああああああああ!」
「いやああああああああああああああああ!」
「げほっ、ぐほっ、ごほおおおおおおおおおっ……。」
嘆きを声にする者、それに誘発されて叫ぶ者、嘔吐する者、気絶する者、放心する者……、挙げるときりがない。
座曳の焦りは大きくなっていくばかり。手は……、ない。
次第に大きくなっていく岸からの声。座曳以外の船員たちも岸の様子の変化に気づき始めている。そのときだった。
「皆さん! 大丈夫です、私たちはこんなことで死にやしません。」
全員に聞こえる大きな声。ドクターである。背中に風呂敷で包まれた大きな荷物を背負っている。力が篭った目、不屈の意思を持った町長としての顔。
そこには威厳があった。小型化したウェイブスピーカーを持ちながらドクターは大声で演説を始めた。
「しっかりと海を、見てください。そうです、戦っています。戦ってくれています、私たちのために。彼らが。外からの客人たちが。ほぼ見ず知らずの私たちのために。私たちは絶望することはありません。見捨てられていません。顔を上げて現実を見てください。」
突然の乱入に戸惑う人々も、徐々に落ち着きを取り戻してきている。そして、ドクターの話に耳を傾ける。
『間一髪、崩れずに済みましたね。』
座曳はそのことに感謝した。海からドクターを見つめ、目で合図をする。
『ドクター、こちらは抑えます。』
「みなさん集中してください。私たちの後ろには多くの人がいるのですから。」
座曳の必死の訴えは通じたようで、低下していた船員たちの士気は少し上昇した。
岸のドクターの演説は続く。
「そして、私の今から言うことに従ってください。私は今からあの人たちを支援します。しかし、私一人ではそれはできません。皆様、協力してください! 皆さんの家に私が供給した、ちょうちん。それを根こそぎ取り外して私のところまで持ってきてください。そして、私がやることを手伝ってください。」
ざわめく町の人たち。しかし、悲観的な戸惑いではない。熱。熱が伝わる。ドクターの持つ熱が。不屈の闘志が。
「切り札を作ります。ピラニアたちを斃すための。私たちはこの町の住民です。私たちに訪れた危機なのに、私たちは何もせず、ただ見ているだけ。そんなことでは、私たちに救われる資格など、ありません。私たちは、彼らを後方から支援し、彼らに救ってもらうのです。」
最後の一押し。ドクターは岸の人々を完全に掌握した。
「行ってください、皆さん。さあ、さあ、さあ!」
その号令とともに人々は一斉に走り出す。
「やるぞー、俺はやるぞ。」
「私も。」
「ちょうちんをここに持ってきたらいいんだな。」
「おい、みんな、走るぞおおお。」
「待ってろよ、ドクター。今すぐ持ってくるぞ!」
「助けてもらうんだからせめて援護しないとね。」
それが反撃への糸口となる。真の総力戦が今始まる。
「聞こえますか、皆さん。住民たちは掌握しました。どうにかして、あと数時間持たせてください。こちらの準備が整うまで。切り札を用意します。」
ドクター以外がいなくなった海岸。ただ一人残ったドクターがウェイブスピーカーで座曳たちに伝える。これからドクターたちがしようとしていることを。
町の人たちが数十分で戻ってきた。そして、できたちょうちんの山。
それをドクターがなんと、ナイフで傷つけ始めた。数mmの切れ込みを入れる。素早く慎重に。両目を見開いて、手元を凝視しながら。
見ていた町の人々はドクターに近づいてその様子を伺っている。
「爆発するかもしれないぞおおおおお、離れろおおおおっ!」
ドクターが叫ぶ。周囲の人々のほとんどが一斉に距離を取った。しかし、一部の人々がそれを聞いても手伝いを志願した。、
荷物から透明なシートを取り出し、切れ込みに貼り付けるドクターたち。わずか数分でちょうちんの加工を終えた。
加工したちょうちんを風呂敷に包み、再びウェイブスピーカーを手に取るドクター。それを持ったまま、海岸に残されたジェット小舟の一つを持ち上げ、座曳の舟までやってきた。
「この人がこんな怪我までしても諦めないあなたを見て、私も祈るだけではだめだと思いました。その結果がこの、"遅延式ちょうちん爆弾"です。ちょうちんは、内部に異物が入り込むことで爆発反応を起こします。ですから、入り込む速度を調整してみました。」
そう言って、座曳に風呂敷の中身を二人分、四つ手渡す。一人当たり二つ用意できたのだ。座曳は遅延式ちょうちん爆弾に触れた。裂け目に張られているシートに触れた。
「そう、それです。そこに穴を開けることで、少しずつ反応が進んでいき、爆発します。爪で穴開けれます。海中でも空気中でも同じ速度で爆発に至ります。安全に起動させ、爆発させられます。」
「あっ、そうや!なあ、ドクター。」
船員たち全員にそれを配っていくドクター。少年のところにドクターが爆弾を渡しに来たとき、少年の方から声を掛けてきたのだ。
少年の顔は希望に溢れていた。少年はいつの間にか長いフラッシュバックから戻って来て、希望を取り戻していた。
少年は、ドクターの話を聞いて、あることを閃いたらしい。
「これ、要するに、穴の大きさによって爆発するまでの時間が変わるってことやんなあ。ちょっと見といてくれよ。こいつの膜をな、爪とかでちょい裂くやろ。ほんの数mm、ちょっとだけ。で、水に落とす。ちょうちんは水に浮かばない。沈むからなあ。で、しばらく見といてや。」
少年は膜にわずか数mmの裂け目をつけたそれを誰もいない遠くへ投げる。それはゆっくりと沈んでいき、そして――
ピカー、
ドゥオォォォォォォン。
「と、なるわけや。これで、あとは巣見つけたらなんとかなるで。」
船員たちは、その爆弾が安全に起動したことに歓喜する。士気はさらに上がった。
そして、少年の舟のすぐ隣に位置取り、見て、聞いていた座曳は、少年のアイデアを利用した、あることを閃いた。
『これなら、この手なら、確実にピラニアたちを殲滅できますね!』
全員に遅延式ちょうちん爆弾を渡し、ドクターは岸へと戻っていった。手を振りながら。
そして、座曳は自身のアイデアを形にする準備を始めた。まずは今いる地点から舟をどう展開していくかを決める。
「ピラニアたちが始めに群れで襲撃した舟。そもそもなぜそこが始めに襲撃されたのでしょうか。襲撃するなら、一番多くのピラニアを狩っているポンくんたちの舟ではないでしょうか。しかし、そうではなかった。後に攻められる舟も、襲撃された舟の付近でした。」
まだ不安要素は残るが、士気が回復した今が攻め時なのである。
「ですから、巣は、この地点よりも北のほうにあるのではないでしょうか。北上してみて、攻撃が激しくなったらそれで間違いないでしょう。」
一隻目の小舟が襲われてから、今まで、その近くにいた数隻の舟も襲われた。巨影の幻魚による、小舟の各個撃破。少しずつ戦力が削られている形だった。全体をしっかりと見渡していた座曳はそれらから仮説を立てたのだ。
「じゃあ、俺が行くわ。俺が、俺が、巣を見つけて決定打を打つんやあああああああ!」
少年は名乗りを上げる。舟と舟の間を通り抜け、どんどんと北上していく。他の舟もそれに続くのだった。




