---019/XXX--- 三者三様嗚咽の涙 中編
時は、リールが目を覚ましたところまで遡る。
「……っ、……あれ、私……生きてる……? あれ……」
リールはゆっくりと目を覚まし、そして、辺りを見渡した。
(誰もいない……)
リールは自身の左手を掲げた。
(ああ……夢じゃないのね。私は、また、負けたんだわ……)
その左手は、元の左手ではなかった。動かしてみたときに伝わってきた、少し痺れるような感覚からして、右足と同じ系統の義手なのだと判断する。
見かけは、まるっきり、何事もなかったかのような自分の手。右手と比べても形に差はない。ない……。
リールは左利きである。だから、それはおかしいことなのだ。本来なら、右手より左手の方が太いはず。だが、そうなってはいない。
だから、脳裏に浮かぶ先ほどまでの出来事が気のせいだった、とするわけにはいかなかったのだ。左足はどういうわけか、剥き出しの、気持ち悪いミミズの入った中身の見える筒状の義足のまままだったが、その理由を考えることをリールはしなかった。
それよりも大きな疑問が頭を占めていたから。
(じゃあ、なんで、私は生きてるの……。あれ……、あの部屋で奴を見て、それから……、っ。開けようとして、で、痛くて、痛くて、それから……。それから……。思い出せない。何か物凄く悲しいことがあったような気がする。で、私はスイッチを押して、開けて……、で、立った。奴の前に、立った。でも、でも、何もできなくて、反応できなくて、それで……。切られて、腕……。そこからは、覚えてない……。たぶん、負けたんだ、私は……。で、ここに運ばれて、またシュトーレンに嫌な思いをさせて腕をつけさせたんだ、きっと……。ポンちゃんの敵を討とうとして……。あれ、ポンちゃんは? ポンちゃんは? ああ、私は、ポンちゃんを、私を止めようとするポンちゃんを……。私、なんてことを……」
リールはその場で這いつくばって、ゴンゴンと床を叩く。床には、その降り降ろされた拳に沿って、金属板がひしゃげへこんでいく。
突如リールの脳裏に別の疑問が浮かんだ。本来なら、もう少し早く浮かぶべき疑問が。
(あれ? じゃあ、私、どうやってあの部屋から出されたの? 【閉鎖】のスイッチを押して、また押されないように叩き壊したはず。誰が私を助けたの……」
リールはその答えにたどり着き、部屋から出て、駆け出した。
(腕のことも含めて、きっと、こんなことをできるのはシュトーレンだけ。でも、彼、きっと、へこんでるわ。責任を感じている。ポンちゃんは、心配だけれど、まあ、この部屋にいないということは大怪我はしていない。きっと、シュトーレンといっしょにいるはずだわ)
居ても立ってもいられず、リールは走り出した。あの通路へ。そして、通路を抜けた先のあの部屋。魚人共の閉じ込められた部屋へと。
そしてリールはまた迷子になった。
同じところをぐるぐる回っている。そのことに気付き、情けなくて、不甲斐なくて、愚かな自分に悲しくなり、叫ぶように独り咽び泣くのだった……。
また時間は飛んで。
シュトーレンは、管制室にいた。リールを運び出し、義腕の接続を終えて。シュトーレンにはやらなくてはならないことがあったから。
リールにつけた義肢の整備方法、スペアの場所、メンテナンスパーツの作成方法、義肢の原理や作用機構、より詳しい、被験者の術後経過などなどを頭に叩き込んでいた。
それと、少年に現れた、一切記述にない作用についても、それが何であるかのヒントはないか、探していた。
シュトーレンにしかそれらはできないことだったから。この時代、これほど遺失技術に精通した者はいなかった。シュトーレンはその道の第一人者だったのだ。だから、なんとか、この、遺失物たちをざっと使えているのだ。
そして、シュトーレンにはもう一つ大事な仕事があった。
この場所からの脱出の手段を見つけることである。このような場所、普通の手段ではそもそも来れない。だから、何か、決められた経路があるのではないか、決められた移動手段が確保されてあるのではないかと睨んでいたからだ。
自身が陸でしでかしたこともあり、シュトーレンは戻らないわけにはいかなかった。そして、巻き込んでしまい、多大な損失を払わせた二人をなんとしても陸へ返さなくてはいけない、と義務感を頼りにシュトーレンは無理やり進み続けていた。
涙を流すことなんて許されない。だから、シュトーレンはただひっそり、想いを抱え、心の中で咽び泣く。




