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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第一章 静寂揺蕩う綺耽の廃墟
158/493

---018/XXX--- 三者三様嗚咽の涙 前編

 管制室で再生される映像を三人は見ている。


 少年は、また何もできなかった、愚かな自身を悔いて、泣く。シュトーレンは、見ていることしかできなかった、不運を、巡り合わせを、嘆いて、泣く。リールは、自身の感情に振り回されて、二人に残した傷口の大きさを垣間見て、自身の心境を押し込め、二人のために、泣く。


 映し出された映像は、ある場面で停止していた。それは、魚人より先に眠りに堕ちたリールが、無抵抗に右腕を齧られている場面。


 最悪ではないが、悪い方にことは流れた。そういう現実が、三人の目の前のモニターには映し出されていたのだ。


 そして、今のリールの右腕は、義手に既に変更されていた。右足と同じもの。その上に、生体風皮膚のスプレーという、またこれも失われた遺物で、しっかりと何事もなかったかのように、生身のように、右手は、人の手の形を真似ていた。


 右足は義足をつけた状態のままだった。


「何が、いけなかったの……」


 そう俯きながらリールが呟くのを聞いて、シュトーレンの顔に、一際暗い影が落ちる。






(幾分鮮明に覚えている。数時間前のこととはいえ。)


 そう。これは、シュトーレンの回想。


 通路を走り抜ける、一つの人影。その人影は、両肩にそれぞれ、一人ずつ抱えつつ。


 シュトーレンが、魚人が沈むのをモニター越しに確認した後、部屋を飛び出し、リールと少年を担いで運び出して、区画を閉鎖し、処置ができる部屋へと二人を担いで駆ける最中、リールがシュトーレンにこう、うわごとを言ったから。


「何が、いけなかったの……」


 シュトーレンは足を止める。


「すまない……」


 そう小さく呟き、再びシュトーレンは走り出した。


(間に合わない、かもしれない……。そう思った。だが、辛うじて、間に合った。辛うじて、だが……)


 シュトーレンは焦っていた。


(リールも、ポン君も、彼岸に渡る量を吸った、ということはない。息は止まっていない。起きるのがいつになるかは分からないが、目を覚ますだろう。資料によると、息がある場合は必ず目を覚ましている。最長で1週間程度。その心配は杞憂に終わったが……)


 右肩に抱えているリールの右肩より先は失われていた。シュトーレンはそれを予想しており、きっちりと止血をしていたが、リールの顔色を確認し、焦りは増していた。


 顔色が、青ざめて、白くなっていくのだから。


 少年はただ、寝ているだけ。


(だからまだ、あれでも私は大丈夫だったのだ。彼は無事だったのだ。せめてもの慰めだった。)


 少年が目を覚まして、何を言うか。それはあらかたシュトーレンには予想がついていた。


 そうしているうちに到達する。施術部屋【キマイラ】に。


 シュトーレンは少年を通路の壁にもたれかからせるように置き、急いで施術に入った。右手には残骸なしで、きれいになくなっていた。だから、切り落とす必要はなかった。


 切り落としをしなくていいという結論にシュトーレンは安堵した。


(あれで、また切り落としを課されでもすれば、もう私は駄目だったかもしれない。余裕はきっと、ほとんどなかっただろう。私は、奇跡的に、倒れずに立っていられたのだ)


 そして、施術が終わり休もうと部屋を出たところで、シュトーレンは、はっとして急いで引き返した。


 外にいる少年。彼が、リールが右手まで失ったことを、目を覚ましてすぐ、強く自覚させるのは不味い。そう思ったシュトーレンは急いである品を探す。先ほど、つまり、一度目の施術のときには使わなかったが、目星をつけていた品を。


「"肉皮巣層にくかわすそう"。こいつだ」


 それを一回目の施術前に崩した備品の山の中から掘り起こし、シュトーレンは急いで、肉皮巣層と書かれただけのただのスプレー缶にしか見えないそれを掴み、まだ眠っているリールの、蠢く、固定された右手に、丁寧にふきかけていく。


 義肢の装着時の自動調整では、ブレが残る。見かけが何もなかったかのように元通りにはなりはしない。


(量がかなり残っていて、本当によかったと、今振り返っても思う。私は量を確かめずにそれを使用した。使用期限は存在しないことは底面の記述から分かってはいたが、肝心な量を確認せずに施術にかかってしまった。中途半端な量、つまり、あの義腕を覆う前に切らしてしまえば、全く意味をなさない。きっと少年も目を覚まして、見た途端、感情に溺れるに違いなかった。幸い、そうならなかったから、今、こういう状況になっているのだ)


 口径1ミリにも満たない発射口から出てくるのは、高圧の無害な気体と、肌色の水滴。それが糸状になり、折り重なっていき、膜になり、層になり、徐々に徐々に平たくなって、固まっていく。


 そして、一通り覆い終わったところで、手を触れる。べとりとするそれを、自身の手で、整えていく。想像しながら。思い出しながら。


 シュトーレンは、それを何度も見てきたのだ。かつてあった、リールの右手がどのような歴史を辿ってきたのか。それを思い出しながら、懸命に整える。作り上げる。


 そして、施術を終えた。


 自身ではその出来を判断しない。見届けない。形成された人工被膜の表面についた指紋が消え、肌の形を成すのを見届ける前に。


 結果は、リールと少年が判断する。そう考えて。






(上手くいってよかったが、結局は無駄だった。杞憂だった。無駄足だった。二人とも、きちんと把握していたのだから。リールの右腕の喪失を。リールは朧げに記憶し、少年は直感で……)


 シュトーレンの回想は終わる。


(だが、それでも……。これは失敗だ。私の失敗だ。全て、全て、私のせいなのだ。だが、どう、逃れればよかったのだ。こんな、こんな、……。こんなことに、なるなんて、分かるわけが、予想がつくわけが、ないじゃないか……)


 そう、この巡り合わせに打ちひしがれるのだった。

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