---016/XXX--- 連鎖錯乱
(何なんやこれ……、行き止まりばっかりやんけ……。で、分かれ道現れるごとに、続いている道は一本だけ。で。また分かれ道。で、また、一本以外全部行き止まり……。あかんでこれ……。進んだり戻ったりを邪魔するためだけの構造やんけ、これ……。それに、道幅も変に狭いとこが出てきてる。もう、まともに走って進まれへん……。間にあってくれよ……)
少年は苦戦していた。正解の道と行き止まりの道は、進んでみるまで分からない。しかも、少年は分かれ道の正解が一本しかないということを知らない。シュトーレンはそのことを伝える前にドロップアウトしてしまったのだから。
だから、総当たりになっていた。
(たぶん、正解の道は一本だけ。そうなるようになってるんやろう……。でもこんな意地悪な設計されてるんやから、案外、どっかだけは続く道が二本三本あったりしてもおかしくはない。結局、全部巡るしかない……。見落としなんてしてもうたら、確認の仕様が無いんやから……)
そして――――。とうとう少年はたどり着いた。やたらだだ広い空間が広がり、前後左右が透明な壁で囲まれている部屋を。で、そこから見える者たちの存在と、倒れているリール、リールの目の前にあるものを見て、少年はシュトーレンの焦燥の理由を悟った。
「あっ……。私は今まで何を。はっ、ポン君、どこだい、今!!」
音信不通になっていた通信が復旧する。やっとのことで正気を取り戻したシュトーレンは少年に慌てて尋ねたのだ。
「シュトーレンさん、間に合ったけれど、間に合わなかったかも、しれへん……。くっ……」
シュッ
少年がそう言った後、鋭い風切り音が空を切る音がマイクから響いた。
「どうなってるんだい、一体……。何があったというんだ、ポンくんっっ!!」
「悪、っ、っと。とにかく、後で、や……」
また、風切り音が鳴った。少年はまともに答えられる状態でないことを悟り、シュトーレンは黙った。そして、立体地図を確認した。
「これは……」
地図の、頻繁に小刻みに動く少年とリールの位置。そして、少年が話せる状態でないこと。時折割い入るように入ってきた風切り音。
(最悪の予想が当たってしまったのかもしれない……。だが、そうだとしたら、もう間に合わない……。私にできるのは、見ているだけ、だ……。くっ、く……)
かろうじて受け答えできる状態を保っていただけだったシュトーレンは、再び精神の平衡を大きく欠いてしまった。
シュトーレンは地位と力を持つ者だ。だからこそ、こういった次々襲い掛かる危機に対応できないのだ。平時ではない、緊急時。安定に漬かっていた者は、どこまでも、弱い。
「くぅぅぅそっそぉおおおおおおおおおおおおお!! あああああああああああああ~~~~、ぅあああああああああああああ!!!!」
少年はシュトーレンからのサポートの一切を諦めた。
(俺がなんとかするしか、ないんや……。そう、これまでと一緒。やらないと、終わる。心がへし折れるやろうな、立ちあがれんやろうな。だって、知ってもうたんやから、おっさんの、俺とどこまでも似た、おっさんが、今も過去を引き摺り続けてるんやから……。)
マイク越しに、少年にシュトーレンの状況を伝える、不穏な音。
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ビシャッ
ごっ
「うぅ……」
シュトーレンは狂ったように寄生を上げながら頭を装置に打ち付け、そして、意識を失ったのだ。べっとりと装置に血を付着させて……。
音声だけで充分だった。シュトーレンが意識を落としたことを少年は理解してしまった。狂ったのだ、心の負荷に耐えきれずに。
「おい、おい、叫びたいのは、どっちかって言うと、俺やろうがあああああああああ!!」
少年の耳にそれは全部入ってきていた……。そして、それは隙を生み、
ゴッ
「くぅ……」
錯乱したリールに、脳天をナイフの柄で突かれた少年は、小さなうめき声を上げ、そのまま気を失ってしまった。
「ポンくん、御免ね。でも私、もう止まれそうにないの……」
抑揚のない、普段より少し低い声で、淡々とリールはそう言い、目に灯した炎の勢いを強くした。
そして、怒りの炎に身を包んだ復讐者となった、血迷ったリールは、無表情で少年を部屋の外である通路まで運び、通路入口すぐの右側下の透明な壁についていたスイッチ、【閉鎖】を押す。
すると、透明な壁が通路出入り口を完全に塞いでしまった。そして、【閉鎖】のスイッチを、ナイフで叩き差すように破壊した。
その破損したスイッチがもう動作しないことをリールは確かめ、目的の者がいる壁の左下端にしゃがむ。そして、【解錠】のスイッチを押し、【開閉】のスイッチを押した。
その壁面全体が、シャッターのように上へとスライドしていく。その壁面に接合していた鉄格子の一面ごと。
そして、リールは愚かにもその魚人と相対してしまった。それは更なる悲劇を生むとも知らずに……。




