---015/XXX--- リールがいない……
「おい、どこだ、リール!! 近くにいたら返事をしてくれぇぇぇぇ!! ……駄目だ。居ない……」
シュトーレンは取り乱していた。まだ、施術の工程を一つ残していたから。義足の感度調整。それが終わっていないのだ。調整していない義足は、生身の体を遥かに上回る運動性能と反応速度を誇るが、完全に接合部に馴染むまでは一定周期ごとに起こる、絶痛と呼ばれる痛みが発生するのだ。
それは、一度目より、二度目。二度目より三度目と、回を増すごとに痛みを増す。痛みへの耐性はなかなかつかないにも関わらず、人体が持つ意識を落とす機構だけを麻痺させる。
痛みからは逃げられず、数度目には、切断時の痛みを超える。しかも、その痛みは人体のあらゆる働きによっても軽減されることはない。
夜も眠れなくなり、気絶すら許されなくなる。痛みの周期は回数を重ねるごとに短くなるのだから。だからだろう。この義肢の長期使用のデータは存在していない。
最長のもので、二週間。そこで、使用者は狂うそうだ。人以外でも試されたが、一週間持ったものはいなかった。
シュトーレンはその事実を知っている。知っていて、なお、それを付けたのだ。
「その辺り散歩行ってるんちゃうん?」
少年は、そんな呑気なことを言っていた。シュトーレンは、少年の様子を見て、少年のメンタルが安定しているかどうか全く判定できなかったのだ。
リールが足を失っていることを知っているか知らないか。それすら初め、分からなかったのだ。シュトーレンはその様子から、きっと知らないとあたりをつけ、適当な話をでっち上げたのだ。
リールは右足を骨折したから、ここの遺失設備で治療した。もう大丈夫だ、と。
少年はそれに納得したようだったので、シュトーレンは安心していた。まさかリールが部屋から出ているなんて思わなかったのだ。
当初の予定では、この部屋、【キメラ】に来て、リールを交えて慎重に事実を説明しようと思っていたのだ。何か変貌してしまった少年が、シュトーレンには恐ろしく見えたから。人の範疇を超えた何かに視えたから。
「なあ、シュトーレンさん。それなら、できる限り早くリールお姉ちゃん見つけんと……。もう既に絶痛とやらに襲われてるかもしれへんで……。なんで最初から全部言ってくれへんかったんや……」
エレベーターの中で少年はシュトーレンに悲しそうに言った。
二人は管制室に向かっていた。そこから、施設全域に仕掛けられた監視装置からリールの居場所を特定しようとしているのだ。
シュトーレンは少年の言葉に、一言。こう返すだけだった。
「すまない……」
少年はそれを聞いて、口を閉ざした。悲壮な決意を顔に滲ませていたシュトーレンを見てしまったから。少年は至って冷静だった。
少年はしっかりと反省していたのだ。自身があまりに油断しきっていて、このような事態を引き起こしたということを。だから、頭に血を昇らせはしなかった。そうなれば、もう、なるようにしか、ならないのだから。苦難に喰われるのだから。
そのことを、少年は幾何かの代価を払って、心に刻んだのだから。
ごぉぉぉ、ピィィン
すぅぅぅっ
二人はエレベーターから降り、管制室へと向かった。
「ここだ。よりによって、こんなところに居るのか、リール……。それに、これ……。動いていない……。おそらく、気絶している……。何回目かは不明だが、絶痛に遭っている。ポンくん、これを頭につけて、リールのところへ向かってくれないか。もしリールが目を覚まして移動してしまえば、また探し回る羽目になるだろうから、私はここでリールの様子の監視と、君のナビゲーションを行う」
シュトーレンは実は、より悪い想像も頭に浮かんでいたが、まだましな方だけを少年に伝えた。
リールにはあらかじめ鈴がつけられていた。管制室の装置でリールの現在地はしっかりと特定できたのだ。リールに取り付けた義足。それは危険な品である。だからこそ、その装備者の居場所はすぐに把握できるように、GPS装置が取り付けられていたのだ。
だが、映像では見れない。あくまで、3Dヴィジョンの立体モデルで、位置を把握できているだけで、今現在のリールの姿をそのまま見ることはできていない。
少年がシュトーレンに渡されたのは、ヘッドフォンである。無線機能とGPS機能のついたヘッドフォン。当然、少年はそれを見て首を傾げる。
「早く!!」
シュトーレンは部屋から飛び出していかない少年に向かってそう叫ぶように言った。
「なあ……、シュトーレンさん。あんたと違って、俺にはこんな……、オーハーツだよな……。これの使い方の知識なんてないんだけど……。」
と、戸惑いながら返す。
「ああ、済まない……それはだね、――」
少年はその説明を聞いて理解し、一目散に部屋から駆け出していった。シュトーレンはそれを見送った。扉が閉まり少年の姿が見えなくなるまで。
(慌てて何になると、いうんだ、私は……。ここは、私だけは、冷静でいないといけないところじゃないか……。何も失っていないのは、今、私だけなのだから……)
「とうとうそこまで来たか。ストップだ、少年」
シュトーレンは少年に指示を飛ばす。
「えっ、ここ、やったら同じようなとこ回るだけの、ただの一本道やん……」
少年は足を止め、そう聞き返す。
「ここには仕掛けがあってね。そのまま、真っ直ぐ引き返してくれ。曲がることなく、だ」
少年はその指示に従い、そのまま回れ右して、真っ直ぐ進み始めた。そして、
「ん? シュトーレンさん。なんかさっき見なかった道ができてる。ここ、右に曲がる道しかなかったのに、真っ直ぐ進む道ができとるわ。仕掛けってこれのことやんね。隠し通路ってやつか」
「ああそうだ。でしばらく真っ直ぐ進んでくれ。そうすると、左壁面に札がついてるはずだから、それを見つけたら何と書いてあるか私に教えてくれまいか。念のために」
少年は走り抜ける。その長い通路を。そして、シュトーレンの言う通り、左手に札が見えたので立ち止まった。
【地下第六層 危険区画】
「おい、これ……」
「どうしたんだい、ポン君」
「地下第六層、危険区画、って書いてある……。なあ、この先に何があるか調べられる?」
少年の声色は明らかに動揺していた。
「その道だ。それで合っている。その先には、君たちを襲った魚人共を収容してある。とにかく、急いでくれまいか。リールが目を覚ます前になんとか辿りついてくれ。そうしなくては、色々、不味い。不味いんだあああああああああ!! 開けてしまう。きっと、リールなら開けようとしてしまう!! そうなったら、そうなったら、終わりだああああああああああああ!!!!」
「シュトーレンさん、シュトーレンさん、おいいいいいい!! 頼む、しっかししてくれ……。なあ、なあああああああ……」
少年はそう、すぐにシュトーレンに呼びかけた。正気を取り戻せ、と。だが、シュトーレンの精神は色々限界を迎えていたのだ。
いつまでも冷静でいられる筈などないのだ。
ごく一部の人間しか知らないが、シュトーレンは自身のことより、人のことを気にしてしまうタイプの人間である。ここまで無茶をしてきたのだ。もう、理性の仮面を被っていられらくなってしまったのだ。正気に戻るにはもう少し時間をようすることになる。
(あかん……。でもあの焦りようからして、とにかく早く辿りつかんとやばい……。自力でたどり着くしかない。頼むで、変な仕掛けとか、もうあらんといてくれよ……)
少年は再び力強く走り出した。




