---013/XXX--- 変異
少年のいる部屋へとあと数メートル真っ直ぐ進めば到着するというところで、シュトーレンは足を止めた。なぜなら――――
ドっ
ボコーンンンンンンン
ドーーーーーーンンンンン
666号室の扉が弾け飛んだのだから。シュトーレンは嫌な予感を感じ、そっと、しかし迅速に通路を戻り、曲がって、隠れた。
そして、そこから、666号室前の通路の様子を伺った。
(もしや、魚人たちか……。そうだとすると、今、私に対抗手段は、無い……)
だが、その警戒はすぐさま解かれることとなった。
聞き覚えのある声とともに、一人の小さな男の子が出てきたから。
「リールお姉ちゃん、どこにおるんや~、おるんなら返事してくれや~……。ああ、しんどぉ……」
シュトーレンはすぐさま隠れるのをやめ、少年の元へと駆けてゆくのだった。驚きと感激を浮かべながら。
「ポン君。君、もう大丈夫なのかい」
「ん? あんたは……、シュトーレンさん。あんた一体どこ行ってたんやぁ!! 色々大変やってんやで、こっちは。あ、くらっときた、今」
少年は大きな声を出したせいか、熱によるふらつきを感じたらしい。
「ポン君。君、どうしたんだい? その髪の毛。それに、瞳の色。青緑色になっているようだが……。あの薬、もしや……」
ぼつぼつと何か呟きながら考え始めたシュトーレン。
「えっ?」
少年はそう首を傾げ、髪の毛の一本を掴み、引き抜いた。そして、
「はあああああああああああ!!!!」
驚きのあまり、叫び、そして、くらっときたのか、そのまま壁によりかかるように意識を失った。少年の手には、この短期間でありえないほど伸びた、そして、青緑色に変色した髪の毛が掴まれていた。
少年の髪は、色を変え、エメラルドグリーン色のふわりと長い、枝毛一本ないロン毛になっていた。
(どういうことだ一体……)
シュトーレンは変貌した少年の顔に触れ、瞼に触れ、それをこじ開けた。
「やはり、見間違えではない、か……」
そして、少年の両目の虹彩の変化を確かめた後、シュトーレンは少年から離れ、少年付近の通路を歩き回りながら、考えを整理し始めた。
(こんなもの、残されてデータには一切無かった……。それに、この扉の残骸……。あり得ない……。人の肉体の構造では、一人では絶対にこの扉は破れない。そう設計されている筈だ。この場所は、人体実験対象の檻でもあった筈なのだから。換気され、汚れも一見落とされていそうだが、私は気付いてしまっていた。残された記録映像を見て知ってしまっていた。錆び。錆に視えるあれは、血痕なのだ)
凸凹になってひしゃげた重厚な金属の扉。部屋の内側に面していた面。そこには、部屋の外側に面していた面とは異なり、錆のようなものがたくさん付着していた。だが、それは錆びではない。
(部屋の内側の錆びは外側と比べ、かなり酷かった。扉の内外の差分こそ、ここから脱出しようとして、抗った者たちの、悲痛の痕跡なのだ……)
そして、再度、目を覚まさなそうな少年を見る。
(ポン君。君は一体、"何"になってしまったのだ……)
そう、悲しそうな目をして、気絶する少年をいつまでも見下ろしているのだった。
「あれ、もう動かせるの、これ?」
リールの驚きの声色を含んだ独り言。
リール以外誰もいない、巨大な部屋の中にその声は響き渡る。リールの右足の代わりとして取り付けられた義足は、リールの意思通りに動いていた。
「さて、行かなくっちゃね。ポンちゃんのところに!! きっと、大丈夫。私も大丈夫だったんだから、きっと、大丈夫、きっと……」
自身を鼓舞するための独り言は、リール自身を不安にさせてしまう。少年の怪我は、命に関わるもの。普通に考えて、腎臓なんて貫かれて、助かるはずが……ないのだから。
(シュトーレンはああ言っていたけれど、それが本当とは限らないわ……。ああ、もう……。うじうじしてる暇があったら、動くのよ、私!!)
リールは開けたままにされた扉を開け、駆けだしていった。
(道はなんとか覚えている……ぽいわ。いける。それに、脚、なんか前のよりも、動かしやすい、気がするわ。見た目グロいけど。あとは痛みとやらがどんだけのもんかよね。今は都合よく、静かにしてくれてるみたいだし、今のうちに、ポンちゃんのところへ行くのよ、私!!)
(もうだいぶ経つ。リールもそろそろ目を覚ますだろう。痛みでのたうち回っていなければいいが……。あの義足には痛み止めなんて効きはしない。元は軍用の生物部品らしいからな……。すまない……リール……)
シュトーレンはもう、ただそこで時間をつぶしてなんていられなくなってしまった。だが、少年を置いていくわけにもいかない。
だから、シュトーレンは少年を背負うように抱え、歩き出した。リールのいる、研究部屋【キマイラ】へと。




