---012/XXX--- ケイトもシュトーレンもどうしようもなく自分のせいだと嘆き涙する
トントントントン
シュトーレンは独り通路を進んでいく。件の部屋【キマイラ】に、リールを置いて。
シュトーレンはリールに大して処置を終わらせて、そろそろ少年の様子を見に行こうと移動していたのだ。先ほどのリールへの処置を思い出しながら。
ぐっ、ぶほぉぉぉぉぉ……
盛大に胃の中身をぶちまけたシュトーレンは何事もなかったかのように歩を進める。麻酔は打てなかったのだ。麻酔というものが存在し、それがちゃんとこの施設に使える状態で貯蔵されてはいたが、それは今回のリールの病状では使用が一切許されない状態であることをシュトーレンは資料を見て知っていたのだ。
リールの患部に付着していた生物はそれくらいたちが悪かったのだ。麻酔の類が一切効かなくなる効果があったのだ……。
(まるで、苦しめるためだけに創られたかのような生物だ、あれは……。)
そんなえげつない悪意をシュトーレンは感じ取っていた。
リールの言葉に従い、シュトーレンは何一つ説明することなく、リールをその台座へと誘った。数嬬う年前の最高水準の手術室だったのだ、ここは。それに加え、実験・改造・拷問を安全に行うための拘束装置のついた、悪魔の機械ともいえる台がこれなのである。
シュトーレンは麻酔の類無しで、リールの右足の残りを根元から切り落とした。
【キマイラ】にあった器具を使ってだから、切断は一瞬で完了したのは不幸中の幸いではあったが。そして、痙攣し、泡を吹いて気絶したリールを、機器を使って止血、緑色の生物の再感染を防ぐための滅菌処理を行った。
涙を流しながら。シュトーレンには狂うことは許されなかった。もし今自分が狂うと、リールはこのままの状態で放っておかれ、もうどうしようもなくなる。ただ痛みを味わっただけで、無駄に死ぬことになると分かっていたから。
続いて、件の代用脚の接続を行った。あらかじめ長さは調整し、生成しておいたのだ。接続部である金属。まるで針山のような接続部を巻全に奥まで患部に差し込むことで、接続が行われる。
この針は神経に癒着するように枝を伸ばし、神経の一部として振舞う。そうして、体の一部として完全になじんだ形で動くのだ。
そして、中に入ったワーム共は筋肉と骨の役割を果たし、表面の覆いは皮膚の役割を果たす。そういう義足なのだ。
シュトーレンはエレベーターに乗りこんだところだった。そこで再び、盛大に吐いた。その吐瀉物には大量の血が混じっていた。
「くそぉおぉぉおおおおおおお」
涙を流し、血走った目をして、シュトーレンは叫んだ。
鮮明に思い出したからだ。リールにその義足を接続した直後の様子を。
シュトーレンは一思いに、それを突き刺した。この作業は機械でやることはできなかったから……。すると、リールは逝ったような目をし、あえぐような奇声をあげながら、体中からあらゆる液体を垂れ流した。あらゆる汚物の臭いが充満する。
そして、リールは気絶した。
シュトーレンはそれを見て、声もあげずに、悲しそうに涙を流し続けたのだった。そして、黙って汚物の、液体、半固体の処理を済ませ、換気装置のスイッチを入れた。
(すまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまない……)
指令室にあったメモと筆記具を持ってきておいたシュトーレンは、書置きを残して部屋を後にした。
リールは目を覚ました。飛び起きるように。そして、そのときに自分の腹の上辺りから何か落ちたことに気付いた。
それをさっと掴み、三つ折りにされたそれを広げる。
『今君が患部の痛みにのたうち回っていなければ、済まないがこれを読んで欲しい。』
一番最初に書いてあったのはそれ。ケイトはやけに嫌な予感がしつつも、続きに目を通す。
『最初から大丈夫だったのか長い苦痛の波が和らいだタイミングなのか分からないが、取り敢えず、おはよう、リール。私が今その場にいない場合、君はこの手紙を手に取って見ているだろう。私は君に告げなくてはならない。それのデメリットについて』
リールは上体を起こす。そして、気付く。いつの間にか着替えさせられていたことに。まるで、ぶかぶかの背丈のやたら長い白いTシャツのような衣装を着せられていたのだ。
そして、気絶直前の最後の記憶を悲痛とともに思いしながら、
(シュトーレン……。あんな三択……口にさせちゃって、)
患部を確認し、そこにシュトーレンが提示した義足が取り付けられていることを確認した。蠢くワームの入った筒のような義足を……。
リールは胃の中身の液体をぶちまけた。
ごほっ、げほっ……
(こんなことさせてしまって……、ごめんなさい……)
ケイトにとって、その取り返しのつかなさに取り乱すことや八つ当たりするように発狂するだなんて、それでもあり得なかったのだ。
投げやりにはならず、シュトーレンが残したであろう紙片の続きに目を通し始めた。ケイトはこういうことを、覚悟していたから。いつか起こりえたことが、今起こっただけ。そう認識し、こんな場所にそもそも迷い込んだのはシュトーレンのせいであるとか、取り返しのつかない喪失であるだなんて、微塵も考えなかった。その足の欠失となる義足の性能を知識としてか体感としてか予め知っていたとしてもそれは変わりはしないのだろう。
『それは、"痛み"。疼くどころではない、転がり回るような、のたうち回るような痛みが不定期に君を襲う。君がそれに適応するまで。常に痛み続けている訳ではないらしいのがせめてもの慰めか。個人差があり、適応がいつになるかは分からない。データによると、短くても10年程度。だが、今は何も考えず、体を休めてくれ。その義足が思うように動くようになったら、取り敢えずの接合は完了だ。半日から一日程度で完了するらしい。僕のことはどう恨んでくれても構わない。殺したければ殺してくれてもいい。でも、そうするのは、ここから脱出して、地上に戻ってからだ。もう今更どうしようもないが、』
(シュトーレン、本当にありがとう。いいのよ、別に。そんなの、別に……。だって、本当ならもう二度と一人で立つことすらできないんでしょうから……。痛みなんて安いものよ。どんなに、苦しくたって、耐えればいいんだもの……。怖いわよ。当然、怖いわよ。恐ろしいわよ。でも、でも。それ以上に。この義足があれば、私はまだポンちゃんの隣に立てる。冒険を、続けられる。モンスターフィッシャーでいられる。それなら、こんなの、リスクにもならないのよ。だって、貴方は私に希望を繋いでくれたんだから……)
『それでも、再度、言葉にしなければ、僕自身が、耐えられない。こんなことになって、本当に、すまない……』
最後まで読み終え、紙片をくしゃっと握りしめ、咽ながら、リールはただただ泣き続けるのだった。
(私がどうしようもない勝手しなかったら、シュトーレンは私を呼ばなかった……。この場所で私がしくじらなかったらこんな辛い役目押し付けることになんてならなった……。でも何よりも、ポンちゃんのことが頭の殆どを占めていて、それでもいい人ぶる、自分自身が、ちょっとどころでなくて不幸だって、何で私がこんな目にあっちゃうのって思ってしまう自分が、一番、嫌……)




