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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第一章 静寂揺蕩う綺耽の廃墟
150/493

---010/XXX--- キメラフット

 エレベータに乗って、二人が向かった先は、最下層。つまり、この島で最も危険な研究成果と研究材料が集まる、禁忌の集積地。


「ここには番号は無いんだ。研究名が書かれた扉と広大な部屋があるだけ。研究名は、その内容を如実に現すものから、一種の暗喩のようなものまで様々なんだ。……何か言ってはくれまいか……。僕ももう、正気を保つのがきつくなってきているんだ」


「……」


 リールは何も返さない。死んだ目で固まっているまま。それでも残された足を使って、シュトーレンとともに通路を進む。


 【ヴァンパイア】。【リジェネレーター】。【精霊】。【インシジブル】。様々な扉が並ぶ中、その最も奥にある、一際大きい扉の前で止まる。そこだけ、やたら劣化が激しい。


 金属製の扉は錆びにまみれ、そして、凸凹になっているのだ。この部屋は手動で開けるしかない。鍵を使って、開けるしか。


 シュトーレンはリールを通路の端に座らせ、扉の前に立った。そして、


 ガシャーンンンンン


 扉に取りつけられていたシュトーレンの頭ほどの大きさの巨大な錠前が地面に落ちた。そして、シュトーレンはその扉を全力を以て、ただ前へ押した。


 鉄でできた、厚みのある扉が開いていく。厚み30センチで、人ではどうあがいても開けられない筈の扉が。


 完全に扉を開いたシュトーレンは、汗一つ流していなかった。


「入って、そして、決めてくれ。こうなってまでも、望みをつなぎたいのかどうかを。一度決めたらもうやり直せないということを頭に入れた上で、じっくり考えてくれ。私は向こうに行っているから」


 そう言い、シュトーレンは扉を開けっ放しにした状態のまま、体育館一つ分は優に超える大きさの巨大な部屋へと足を踏み入れ、その部屋にあるいくつかの小さな扉のうちの一つを潜り、奥へと消えていった。


 リールはその後を追うように壁を杖変わりにしながら巨大扉を潜る。扉の上にはこの研究部屋のテーマが、金属板を抉る形で書かれていた。


【キメラ】


 それが意味するもの。それは、異質なもの同士の合成……。






「見つけた。これだ。あとはリールが決めることだ……」


 目的のものを見つけ出したシュトーレンは小部屋を出てリールの傍へと向かった。まがまがしいそれを持って。


 そして、リールの前に立ち、話しかけた。


「この巨大な部屋の入口の上に書かれていた文字。君ならもうおそらく見ているだろう」


「ええ……。知っているわ。知って……。私の思っている通りだとすると……」


 そう言って、リールは暗い顔をして震え出した。怖いのだ。その意味を知っているから。それは、ある意味、人を辞めて足を得るか、そのまま色々なものを諦めるのか選べと言われているのと同じと気付いているのだから。


 それはまだ大人ではないリールにとって、あまりに酷な話だった。


「島野リール!! 逃げてはいけない。それだけは決してやってはいけない。君には義務があるのだ。選ぶ義務が」


 リールの目線に合わせ、その場に座り込んで、リールの両肩を掴んで、シュトーレンは力強く、そう言い放ったのだ。


「でも、でも……」


 リールはまた泣き始めた。色々なことが頭の中を回っているのだから。少年のこと。自身のこと。それらが渦を巻いているのだ。


 そして、自身に迫られる選択。それがリールを圧し潰そうとしているのだから。


「君は選ばなくてはならない君が考えているのは、これを脚に繋いで人間辞めるか、これは繋がないかの二択だろう。だがそうではない。三択だ。右足の残りを切り落とさずにそのまま果てるという選択岐もあるのだ」


 リールは一言、「え……」と、真っ青な顔でそれに反応する。


「その緑の生物群。この世のものとは思えない痛みを発するそうだ。放っておいたら、寄生された者は痛みで死ぬというデータもある。だが、君が決断しなければ、私は何もしない。そう宣言しておく。どうするかは君自身が決めなければならない。痛みで気が狂うまでが、君に与えられた決断の時間だ」


 そう無慈悲に言い放ち。シュトーレンは口を閉じた。ただリールの正面に座り込み、じっと、じっとリールが口を開くのを待っている。


 リールは、顔を真っ青にして、歯をかちかちと慣らし、がたがた震えていた。時折右手親指の爪を噛みながら。


「ねえ、シュトーレン……。うう……、お願い。切って、それを私に繋いで……。お願い、しま、す……。うう……ああああああああ……どうして、どうしてこんなことになってるのよ……。でも繋がないわけにはいかない、じゃい……。だって、だって、ポンくん、生きてるんでしょ。確実に治るんでしょ……。じゃあ、引き続き、私はあの子の隣にいないと……。そうじゃないと、やりきれないのよ。いても、たっても、いられ、ない……」


 シュトーレンが手に持つ、蠢くワームのような生物が数十本入った、透明なフィルムと、金属でできた接合部のついた足の代用品を見て、そうリールは泣きながら決断したのだ。


「ねえ、たったと着けて。デメリットとか後でいい。説明するのは。私が揺らがない、日和らないうちに、早く!!!!」


 泣きながら、叫ぶように、リールはシュトーレンにそう、言った。シュトーレンはそれを見て、ただ首を縦に振る。


(くそっ、くそっ、くぅぉぉぉ、くそぉぉぉぉぉぉ!! どうして、どうして、こんなことに、なってしまったんだ……)


 腹に力を入れ、そんな叫びのような思いを飲み込みつつ。

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