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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第一章 静寂揺蕩う綺耽の廃墟
149/493

---009/XXX--- 縋る寄る辺の不確実

(つまり、毒ではなく、臓器の破損による瀕死。不味いどころではない。想定していた中で最悪の事態だ)


 シュトーレンは覚悟を決めた。たとえ、どれだけ二人に恨まれることになろうとも、構いはしない、と。それを十字架として背負う覚悟をしたのだった。


「リール。ポンくんは、臓器破損による重体だ。毒ではないから、薬ではどうにもならない。せいぜい延命程度が限界だ。それも、海の上まで引き上げることなど到底かなわないくらい短い時間しか……」


 リールの目は再び光を失い、淀んだ。もう、声を出すこともなく、ただ、人形のように不動で首をもたげて、ただ涙を流し続けている。


「だが、それでも、命だけなら繋ぐ方法はある。見つけておいた」


(そう……。手はあるのだ……。検体再利用用臓物再生薬。残されたデータによると、未知の部分も多い、検証が明らかに足りない薬。どのような副作用があるか分からない。ただ、その再生効果は本物。ただ、それも、人の場合で、成功率は33%。人種による成功率の差異は見られないらしい)


 リールはシュトーレンの言葉を聞いて希望を抱いたようだった。だが、シュトーレンは知っていた。この方法は、約束されし奇跡の御業みわざではなく、失敗すれば絶望しかない危険を含む分の悪い賭けなのだということを。


{失敗の場合、臓器の再生が起こらない、もしくは、過剰再生により、別の何かができあがってしまう……。だが、今打てる手は、これしかない。賭けるしかない。放っておいたら、ポン君は死ぬことは間違いないのだから。失敗がもし取返しのつかないものなら、せめて私が終わらせてやろう……)


 シュトーレンは裏でそんなことを考えていた。この薬のすさまじいデメリット。分かっているものだけでも相当酷い。他にも何かデメリットが隠れているかもしれない。失敗の場合の映像が残されており、シュトーレンはそれを確認していたのだ。そのときの映像、巨大な臓物の塊となった元人間の映像が、シュトーレンの脳裏にはよぎっていた。


 だが、そんなことを考えている様子は全く見せない。シュトーレンは何もしないという選択はしないと、既に覚悟を決めおり、揺らがなかったから。


 がたっ

 すっ

 ドン


 リールは勢いよく立ち上がろうとし、転んだ。そして、地面に倒れ込んだまま、泣き始めた。こう一言、零して。


「よかった、わ……」


 それは、心からのリールの安堵の声だった。






「リール、話は終わってはいない。君の足。それはもう駄目だ。切り離さないといけない。絶対に。それは、カビだ。哺乳類全般の体表から徐々に浸透し、内部まで緑色に染めあがるほど、爆発的に増えつつ、消火してしまう、最悪の類のやつだ」


 できる限り、自然なタイミングを狙い、シュトーレンは告げた。リールはそれを聞いて、安堵に浸っていた表情を変えた。


「どうやら、自律移動性魔化水生植物という、この研究島でも指折りの危険種のうちの一種だそうだ。そいつには有効なものはなく、切り離すしかない。患部を」


 リールの顔は真っ青になっていた。少年のことはもう何とかなる算段がついたので、やっと自分の状況、惨状に意識がいきはじめたのだ。


 そこでの無慈悲な宣告。


「君の右足。根元から切り落とす他にない。骨に触れるとそいつは、異様な速度で進むからだ。だが、冒すのは手足だけ。つまり、達磨を作る、悪夢のような生物が、それなんだ……。穴を潜らせるときに定着していない分は除去したから、残された手足は大丈夫だが。その右足の残りは丸ごと切り捨てなくてはならない……。本当に、済まない……」


 シュトーレンは泣かなかった。それは許されないから。


 リールは大粒の涙を流しつつ、嗚咽した。それは、モンスターフィッシャーどころか、釣り人であることすら諦めろと言われているのと同義なのだから。


 膝関節まで残っているのだから、リールの家のオーハーツでなんとかなったのだ。この生物にさえ冒されていなければ。


 しかし、そこでシュトーレンの話は終わりというわけではなかった。


「しかし、最後の手段がある。患部を含む足を切り落とすことには代わりはないのだが、亡くした足の代わりがあるんだ。安全性すら分からず、手術して、いつまで保つかすら分からない。そして、維持できるかすら分からない。でも、これは君が縋ることのできる、私の持つ唯一の手段なのだ」


 リールの顔からはどうしようもないという深い絶望の色は薄れたが、今度はその分、強い戸惑いと迷いが生じていた。


 その隙に、シュトーレンは少年の治療に取り掛かる。普段のリールなら、気付くことなのだ。なぜデメリットをシュトーレンが話そうとしなかったのか。話さないということは、許容できないリスクがあるのではないか。


 だが、そこで感情的になられて止められてしまえば、もう少年を待つのは死しかないとシュトーレンは分かっていた。自身の惨状によってやけっぱちになって、少年と共に仲良く死に耐えるなんて言い出さないように、シュトーレンは話す順番を慎重に決めていたのだ。


 そんな終わり、シュトーレンはどうしても許容できなかったから。






 シュトーレンは持ってきた荷物のうち一つを開け、そこから一つの錠剤を取り出した。硝子のように透明な、小さな錠剤。その中には、虹色の液体が封入されている。


 シュトーレンはさらに、荷物の中からゴムに似た素材でできたピンク色の膜状の手袋を出し、手にはめる。そして、サッカーボールほどの大きさの、透明な液体の入った瓶に手袋をつけた手を漬けた。アルコールである。


 そして、少年の患部、貫かれた腎臓の穴にそれを入れ、その壁面に無理やり押し込むように突き刺した。少年の患部からは血が噴き出て、少年は痙攣を起こす。


 リールがそれを見て少年に飛び込むように駆け寄ろうとしたところを、シュトーレンは制止する。


「これで、あとはポン君次第だ。莫大な熱を放ちながら、傷口は塞がり、壊れた腎臓は機能を取り戻すように再生する。だが、その間、熱にうなされる。だから、こいつを飲ませる」


 真っ青な扁平で小さな錠剤を少年の口に押し込み、ごくりと飲み込ませた。


「解熱剤だ。この、臓物再生薬用のな。あとは、ただ祈ることしか、できはしない。だから使いたくはなかった……。しかし、君の場合と同じように、ポン君を助けることができる可能性のある手段は、私はこれだけしか持ち合わせていないのだ……」


 そして、自分の置かれた状況のショックと、目の前で起こった心臓に悪い荒療治のショックで、リールは固まっていた。


「さあ、行くぞ。君の方が大変なんだから……。頼むから正気に戻って、そして、どうか正気を保ってくれ。意識ある君には決断を迫らなくてはならないのだから……」


 そう言うと、シュトーレンはリールの右脇下からリールの杖代わりになるように肩を入れ、リールを立ちあがらせ、部屋の外へと連れていくのだった。


 少年を残して。

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