---005/XXX--- 襲い来る、貫き抉り、毟り取る一撃
「キシャアアアアアアア」
秋刀魚人は二人の方を向き、少年に目を合わせ、凶悪に口を思いっきり開く。氷柱のような、透明で鋭利な歯がぎざぎざに並んでいた。
そして、次の瞬間、「フャアアアアアアアア!!!」と喚声を上げながら、
スッ、
グサッ……、
グィー、メリメリメリメリ、
ブチィィィィィ!!!
少年は左脇腹を、穿たれて、抉られて、毟り取られ、その場に、血を口と左脇腹から吹き出しながら、「嘘、やろ……。こんな……」と、最後まで言い切らないうちに意識を失って倒れ込んだ。
あまりに突然のことであり、少年は全く反応できなかったのだ。リールはその魚人に対して警戒してはいたが、突然襲い掛かってくるとは思っていなかったようである。
この魚人は秋刀魚のようだということをつかんではいた。だから、きっと、そうこういった攻撃方法は取ってこないと思っていたのだ。
太刀魚。その名前の由来通り、きっと、倒れ込むように、切りかかってくる。そうに違いないと思っていたのだ。
手足の貧弱さからして、胴体を支えて激しく飛び掛かるような動作を行うだけの脚力は無いだろうと。
それが、予想外の攻撃方法、かみつき。まさかのかみつきで攻撃してきたのだ。恐るべき速度で。モンスターフィッシャーたる少年やリールが全く反応できないほどの速度で。
このモンスターフィッシュの手足は、糸のように細かったというのではなかったのだ。
伸縮するチューブのようであり、半透明な血液を圧縮することで、恐るべき速度を生み出すジェット機関のようなものだったのだ。
つまり、油断していたのは、少年だけではなかった、ということだった……。
突然のことに動けなかったリールがぷるぷる震えだし、腰が抜けたかのようにへたり込み、そして叫んだ。
「ポンちゃあああああああああああああああんんんんんんんんんん!!!」
秋刀魚人は、少年に追撃を加えることなく、リールに襲い掛かることなく、踵を翻して、その場からぺたぺたと足音を立てながら立ち去っていった。
「ポンちゃん、ポンちゃん、ねえ、しっかりしてよ、ねえ……」
少年は青い顔をしたまま、瞼を開かない。息は絶え絶えであり、時折、その口から血を吐いた。どんどん生気が抜けていくかのように、顔色が白くなっていく……。
少年の胸元に顔を、耳を、当てる。
(心拍がどんどん、弱く、なって……)
リールは光を失った目で涙を流しつつも、まだ希望を捨ててはいなかった。傷が浅い、という可能性がまだ、無いわけではないのだから。
リールは長い長いスカートをまくし上げ、スリットを入れるように激しく裂いた。そして、いつも持っている護身用のナイフを大腿部につけたベルトから取り外し、その刀身を抜く。
ビリッ
少年の礼服の左脇腹部分を裂いた。服を脱がそうとすれば、それなりに少年を動かさないとならなかった。だが、少年の傷口から滲み出る血の量から、それは不可能とリールは悟ったのだ。
その悪い予想通り、少年の脇腹には、向こう側が見える程度の穴が……。そして、さらに悪い予想が的中してしまった。
「骨は折れてない。けれど、腎臓が……貫かれてい、る、わ……」
リールはかくんと頭をもたげた。絶望に打ち拉がれて……。周囲に少年の血の臭いが広がり、風に乗って運ばれ、何か複数の足音が迫りくることに、リールはまだ気付かない……。
「えいっ。なんなのよ、あんたたち……。ポンちゃんはねえ、あんたたちのエサなんかじゃ、ないのよおおおおお」
そこには、乱雑にナイフを振り回す、上品な衣装をところどころぼろぼろにして肌が露わになったリールと、少年の血の臭いにつられてやってきた魚人たちだった。
リールはかろうじてのところで、鰹のような姿をした魚人がほぼ死に体である少年に向けて放つかみつきを持っていたナイフで防いではじき返した。
そして、自身の動きを阻害する衣服から、邪魔になる部分、つまり、スカート部、フリルで動きを若干阻害される腕部、重い飾りのついた胴部正面部分を引きちぎるように引き裂いたのだ。
そして顔を上げると、そこには先ほどの太刀魚の魚人。そして、今襲ってきた鰹の魚人。そして、他にも、太刀魚の魚人と鰹の魚人が数十体……。周囲を囲むようにぐるっと。
逃げ場がない程度に、3メートルほどの距離を空けた円で、包囲されていたのだった……。




