---004/XXX--- 二足で立つ者
少年とリールは目の前の存在がぽけーっとしていて、動きを見せそうにないため、ひそひそと話を始めた。当然、頻繁にその魚といっていいか分からない何かを振り返りながらではあるが。
「あいつ何なん、ほんと……。ただぽけーっと突っ立って何もしてこないし」
その魚らしからぬ直立二足の、しかし、どう見ても魚にしか見えない、しかし、魚であれば絶対にあり得ないはずの姿勢をしている。
まるで、少年やリールよりも高く巨大化した、秋刀魚が地面に垂直に立っているかのよう。
それは二人に威圧感を与えた。何もしてくるわけではないのだが、その不気味さは半端なかった。
二足の足を持つ、全長2メートルを優に越えつつも、ひょろっと細い、それを二人は見下ろして見上げた。
魚を、尾を下にして立てた感じなのだ。そして、ひれが、ひょろひょろひょろっとした、管のような腕を持ち、
「私に聞かれても分かるわけないでしょ……。たぶん、私たちを観察してるのよ、きっと」
同じく、どうして直立できているのか分からない、ひょろそうな、腕よりも少し細い管のような脚を持ち、
「でも、全然、目動いてないんやけど……」
典型的な魚眼を私たちに向けていて、
「そりゃそうでしょ。魚、なんだから……。たぶん」
鰓のところで九十度腹側に魚を折り曲げたようになっていて、
「どうしよ、これ……」
首がない。
つまり、まとめるとこうである。
直立に立てて、腹をこちらへ向けた、鱗を持つ魚。
細い管のような手足を生やし、鰓のところで頭部分を、腹側の皮一枚残す感じで切り、顔が正面を向くようにした。
そんな、二足歩行の奇妙な生物が二人の前に現れたのだ。
長い時間が経過した。その、魚(?)は、一切言葉を発することなく、少年とリールの方を直立不動で見つめている。
「なあ、あいつ、何もしてこえへんねんけど……、リールお姉ちゃん」
困った顔をした少年は、もう声を抑えることなく、リールにそう言った。
「そうね」
リールはそれに対してそっけなく答えた。
(リールお姉ちゃん、怖がってるんかな、あいつを。何か気張ってるみたいやし。じゃあ、俺が、前に立つか!)
「……っ、もう少し近づいてみいへん?」
一瞬言い淀みつつも、手に汗握りつつも、少年はリールに提案した。このまま金縛りみたいに膠着が続くと、リールが疲れきってしまうと少年は感じたからだ。
それだけではない。少年は何となくだが、こいつは弱い、と感じていた。危険度は低い、と。たとえ自分たちをそれが襲おうとしてきても、武器無しで返り討ちにできそうなくらいには。
もう既に、かなり長い間、膠着した状態が続いているのだから。数時間も続いているように少年は感じていた。
だから少年の提案は、様々な勢いに乗って出た、思いつきの一言だったのである。
「……」
リールは真剣な面持ちで、魚人を目線を切らさず見続けており、何も答えようとしない。そのときリールは、思いつきで動こうする気はなかったのである。なぜなら、相手は、魚の姿をしている、つまり、海生生物なのだから。
リールはもうすっかり警戒心が途切れた少年とは違い、心を引き締めていた。
(未知のモンスターフィッシュかもしれない、こいつ……。でも、これ、魚と言ってもいいのかしら? いやいや、そんなことより、今は、何かこいつが変な動きをしたときにすぐに対処できるようにしなくっちゃ。あの服装からして、ポンちゃんは今、釣り竿を持っていない筈。私もだけど……。だから守らなくっちゃ!)
まだ何だかんだいって経験の浅い少年は、油断の恐ろしさがまだ骨身に染みてはいないのだ。だから、リールの心境を読み間違えた。
思い違いというのは、恐ろしい。
勘違いとは恐ろしい。
油断とは恐ろしい。
ここは、人のたくさんいる、安全がほぼ保障されている街や村とは違う。そういった愚かさは自らの身にかえってくるのだ。
愚かだった本人だけならまだいい。だが、大抵はそうではない、それだけでは済まない。近くにいる、関わっている他者を巻き込むものなのだ。
そして、訪れる、招かれし危機。自分たちで乗り切るほかない。できなければ、痛手を負う、ときには朽ち果てることすらある。
だから、この時代、旅慣れた者は油断なぞまずしない。その恐ろしさを知っているから。
そして、そのことを少年は直後、そのことを思い知ることになる。




