第百三十九話 彼らが彼らある限り、どうあっても今と戦い、足掻き続ける
ザァァ、ザァァァァ――
(波の音~。寝て……た~?)
ケイトにとって、あの日記は、精神安定の薬剤と同様だった。だから、日記を書いた後は、穏やかなものである。
空は青く、澄んでいる。昨日と同様に。恐らく太陽の登り具合からして、まだ朝方である為、涼しいものである。
青い空に右手を翳してみて、日記を書いたのは取りあえず現実だったらしいと、判断する。鳥の声も聞こえず、魚一匹跳ねる様子もない雰囲気。
唯、静かで、並みの音だけが聞こえてくる。船もは禄に揺れもせず、軋みもしないのだから。
(取り敢えず、何も考えないで、ぼんやり~。それがいい~)
と、
ガタン!
はいかなかった。
「っ! いたぁぁ! ケイトォォォ!」
ドタタタタタタ――、ドン!
「すぅぅぅ、起きろぉおおおおおおおおおお! 入電だ!」
ケイトが実は起きていることにも気付かず、いや、気付かないのではなく、気付こうともしていない。どちらでも一パターンで済むように、叫ぶという手段を取った。
面倒臭いそうにケイトは返事する。
「なに~? "にゅうでん"って? リールちゃんたちの居場所、分かったの~? その地名とか? それとも、あの針の他の使い方とか思い出したとか~? そんな名前の使い方の一例がある、とか~?」
まともに返事するよりも、こうやって、ありもしないことを聞くほうが手っ取り早いと分かってる辺り、付き合いが長いだけのことはある。
が、無駄だった。船長の足元側に置いてある、見覚えのある二つの道具。一方は、円形の板のような画面に大量の赤点を映し出している。もう一方は、満身創痍の見覚えのある男の光の虚像を映し出している。
「違う。分かってるだろう? 【虚像付き通信機】であっちから連絡が来たんだよ。で、これが、その座標に於ける【モンスターチェッカー】の反応だ。見ろ。赤い点で溢れてやがる。それも、全て大きさは1ミリ程度と一定で、親玉の分からねぇ群体って可能性が高い」
それに、船長の日本に来る前を知っているケイトは、それをただの記述としてでなく、記憶として思い出してしまったからには、否応にも自然と分かってしまう……。
だから、その久々な、確実に当たる悪い予感を否定することができなくなった。
「らしさを取り戻した船長がそう言うってことは……」
ケイトはのびているのを止めて体を起こす。船長は一貫落ち着いた様子で言葉を口にしたのだが、それでも船長の言葉選びに未確定な推測が多いことからそう判断した。
何より、モンスターチェッカーの画面の9割超を埋める赤点の密集が、それが間違いの筈は残念ながら無い、と証明していたのだから。
「あぁ。予断を許さない状況だ。それも、俺らは直接助けにいけねぇ。座曳たちからのSOSだ。だが、幸いにも、詰んではいねぇ。こいつがあるからな。ボウズやリールとは連絡取れねぇが、あいつらとはちゃんと繋がってるんだよ。ほら、取り敢えず、怪我人の治療法が必要らしい。だから、まずはお前だ」
「了解!」
ケイトはそう、気を引き締めて返事した。
いつだって、見ないといけないのは過去ではなく今。どれだけどうしようもなくとも、そういられるところが、残ったこの二人がモンスターフィッシャー足る真の証なのだから。真なる証、それは不屈。彼らが彼らである限り、どうあっても今と戦い足掻き続ける。
「……船長、なんで……、【ミムミドロ】の大群なんて、あっちに……いるの……?」
ケイトは青褪めた顔で、顔からマイクを放して、そう、船長に向けて、声を震わせながら、尋ねた。まるで、今となっては遥か昔となってしまったあのときまで退行してしまったかのように、
「みんな……死んじゃうよ……? 根こそぎ……」
子供染みた言葉で、絶望を口にした。そして、
バタン……。
そのまま気を失った。船長は動かない。その名が出たことで、思っていた以上にどうしようもない状況が通信先には広がっていると想像できてしまったから。
ケイトをここで起こしはしない。船長は思い出した。そんな状態のケイトを見たことが以前、出会い始めには頻繁にあったのだということを。
ケイトとそのモンスターフィッシュの性質は、相性が悪過ぎる。それは彼女の罪の一角、モンスターフィッシュを伝染させるモンスターフィッシュ……。
第二部第一章 完




