第十三話 自爆閃光
「ぐほ、ごほ、ごぼぼぼっっ。」
海水が喉に流れ込み、咽る船長。顔をしかめつつも、周囲を見る。集まってきている、影が。無数に。それ全部がコロニーピラニアである。
海岸を見る。他の船員たちを引き連れて、各自ドクターの小舟を担いで、少年たちが向かって来る。しかし、もう、遅い。
『遅いんだよ、お前ら。……くっ、痛い。手の様々なところに噛み付いてきやがる。首には来ていない。なるほど、これは狩りか。こいつら俺を嬲るつもりだ。獲物としてではなく、遊びとして。いや、遊びじゃなくて復讐か。こいつらの仲間たくさん殺したからなあ……。痛ぇ、叫びたい。だがなあ……。』
「船長っ!」
「船長ぉぉぉぉお……。」
「船長、うわあああああ。」
その他にも、たくさん。船員たちが悲鳴を上げている。
『おいおい、それじゃあ、町のやつらにこれ、見つかるじゃあねえか……。余計に我慢するしかなくなっちまった。それに、このままみすみすやられる訳にもいかねえ。ただ、溺れて死ぬだけならまだしも、俺が食い殺されるところなんて見ちまったらみんな心が折れちまう。やってられねえ……』
既に耳が遠くなっている。息が苦しくなる。目の前が霞んで見えない。意識が揺らぐ。しかし、このままではいられない。
『くすねてきたこいつを使うか。使えると思ってこっそり持ってきたんだよなあ。』
ボトムスの右大腿部に取り付けてある箱。その中から船長は何やら取り出す。
それは、玉。モンスターフィッシュ、タイヨウアンコウのちょうちん。モンスターチェッカーを持って外に出るときに、こっそりと拝借してきたものだった。念のために。
『こんな使い方をすることになるとわなあ……。まあ、役に立ったしいいか。』
ポケットから出した玉を船長は水中で握り潰した。
海岸についたばかりの少年たち。船長は、……船が転覆している。ひっくり返った船がぷかぷか浮いている。
『船長は……、いた。』
少年が真っ先に発見した。海の中だった。
『まずい。あの海は今、ピラニアたちの海や。落ちたということは……。助けなくては、今すぐに。』
事態に気づいた他の船員たちも慌てふためく。
「船長っ!」
「船長ぉぉぉぉお……。」
「船長、うわあああああ。」
騒いだり、泣き崩れるものなど、様々であった。少年は目の奥を熱くして、浜まで運んできたジェット小舟を持ち上げる。
『ジェットで向かえば間に合うかもしれん。』
「うおおおおおおおおおお、おっさん、待ってろやあ。今助けるからなあああ。」
海へと掛けていく少年。しかし、――
ガシっ。
バタバタっ。
「うわあ、誰や、離せ、離せやああああ!!!」
少年は腕を掴まれ、両脇の下から閂のように手を通される。少年の両手は完全に固定され、そのまま、宙に浮く。少年より身長の高い誰かが、少年をそうやって止めたからだ。
「離せ離せ離せええええっっっ!!!」
鬼の形相で叫び、地面につくことのない足をばたばたさせる少年。涙を流しながら。
『助けられない、見殺し。もう何度目や。爺ちゃん、婆ちゃん、父ちゃん、母ちゃん……。もうこれ以上こんな惨めな思いはしたくないんや。今回の相手は自分の命の恩人であるんや。諦められるはずが……。』
足から力が抜ける少年。首もがくんと落ちた。失意。
「落ち着きなさい!!! もう、間に合わないでしょ、ポンちゃん。あなたまで一緒に死ぬ気なの……。」
少年はなんとか振り返った。それはリールだった。顔を真っ赤にして、泣き顔を少年へ向ける。その目には少年とは違い、決意が込められていた。
「それにね、船長がそんなこと望んでいると思うの? 絶対に助けに来たあなたを叱るでしょうね。だから、やめて……。お姉ちゃん、あなたを行かせるわけには絶対にいかないわ……。」
篭っていたのは、少年を止める決意。
ポキン。
ぶらんぶらん。
ザッ。
少年の心はへし折れた。それを見届けたリールは手を放す。ぶらぶらした少年の足は砂場に付き、そして、少年は崩れ落ちた。
船員たちの誰もが、絶望に包まれたそのとき――
ピカッ、
ズゥオオオオオンンンッッッ。
ザアアアアァァァァ。
船長が自信の体をすっぽり包むほどの大きな光の玉に包まれ、次の瞬間、船長の周囲の水が弾け、いや、爆発して、大きな波飛沫を立てた。
その後には、船長を中心に半径数十m単位にコロニーピラニアの死体が散乱し、船長も浮かんでいる……、顔をつけたまま。
「おっさあああああああんんんんっ!」
我に返った少年は、駆け出す。リールの静止は間に合わない。少年は小舟を担ぎ、海へ乗り出す。そして、すぐさま船長を回収し、岸へと戻ってきた。
「おっさん、しっかりしろ、おっさん。」
少年は、船長のお腹を思いっきり押す。
プシャアアア。
ゴホッゲホッ。
……。
もう一度押す。
プシャア。
ゴホゴホッゲホッ。
……
すー、はー。
すー、はー。
「よっしゃあああ、息してるで。生きてるんや、うわああああああああああああん。」
少年は顔を真っ赤にして、大声で泣き出した。
『救えた、救えた、今度は。よかった。見殺し、しなかった、俺……、
いや、助けにいけなかった、でも、助かった。……。』
ただ泣き続ける少年。周囲の人たちはそれを、呆然とただ見つめていた。悲しんでいた人々も、泣き叫んでた人々、ただ狼狽していた人々も全員。これまで見せなかった異常な少年の様子にただあっけにとられて……。
少年は船長をドクターの元へと運ぶ。ドクターは医者でもあることを先ほど聞いていたからだ。町の人に見つからないように、東の海岸から北の海岸経由で運んでいく。目立たないように少年が一人で。
ドクターの屋敷に到着する。船長は、生きてはいるが目を覚まさない。
ドクターに事情を説明し終わると、
「ドクター、お願いします……。」
光を失った目をした少年は、東の海岸へと戻っていった。




