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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第一章 外なる海へ
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第百三十六話 長い夢の終わりの日 後編

 優しくなったね、海人。私以外の宝物、本物の宝物、見つけたんだ。あの子はやっぱり、貴方の宝物なんだね。貴方と何処までも似ていて、どうしようもなく取り返しようもなく失敗する前の貴方のような、まるで貴方のIFのような、そんなあの子を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ……。


 きっと、貴方なら、いや、なら、きっと、気付けるよ。今は気づかなくても、絶対に。悪意に負けないだけじゃなくて、勝つまで真っ直ぐ立ち向かい続けるからこその君なんだから。


「緑青ぉぉ……」


 船長は、船の手摺から手を引いた。彼女を握ったまま。そして、凭れ、膝を抱えるように蹲り、声を殺して、泣くのだ。声の代わりに、涙と鼻水を垂らして、まるで子供のように、泣く。


 しかし、彼女は母親ではない。今は恋人ですらなく、過去の幻影でしかない。それでも彼女は、彼の為に、今だけは、仕組まれた役目を、捨てる。






 慰めてあげようにも、それはもう僕の役目じゃないよ。君は、憶えているだろう? 私の眠る魂を込めたエメラルドの珠。北の果てに近い海で、伝説上の白い蛇竜のような、鱗持つ脅威。今の私の珠を動力源にした、モンスターフィッシュ()()()との、君と私以外もう誰も知らない、もうすすぐ知るのは君だけになる戦い。その末に、私は珠の中の自分を認識し、君は君以外の仲間の屍の山の中、一人、動く者君だけの吹雪の中、悲嘆に暮れたじゃないか。


 ……。そして、俺は、お前を加工し、二つに割り、耳に付けた。球の中のお前の言った通りに。右耳のお前の魂の半身は、意思を持たず、唯記録し続け、左耳のお前の半身は、意思を持つが、右耳のお前が手の届く距離に無いと眠ったまま。そして、お前は俺に言った。『僕の肉は、君の仇の元にある。僕はあれの陣営の駒の一つでしかない。一度死んだ、みたいなことになって、今更こうして言うのも何だけど。どうする? 僕を殺すかい?』玉の中の、剥き身のお前がそうわざと言っていることに俺が気付かない訳が無かっただろうが……。だから、俺は、俺の旅を、復讐を、使命を、宝物を、そう、全て、諦めて、……できる訳が無ぇと分かってたお前は、俺の右耳から離れ落ち、氷の割れ目から、海へ、溶けた……。こう言い残して。『最も安全な国であり海域に、()()を封じ込める。何もかも貴方は忘れる。は、消える。もう消えている筈のものが、再び、いや、今度はちゃんと消えるだけ。貴方はこの瞬間抱いた公開すら、忘れる。最後に、一つ、我が儘を。海人。僕は君といられて、幸せだったよ。喩えそれが、仕組まれたものであっても、それでもこの出会いは、運命だっ…―』


 海人。僕は過去。君の今じゃない。それを忘れちゃ、駄目だ。


 ……。お前、消えるんだぞ……。


 そんなの、分かってる。僕は、生まれたときから、いつ消えても終わってもおかしくない存在だったんだから、覚悟くらいね、できてたんだよ。……。違うね。諦めてたんだよ。覚悟が必要になったのは、君と出会えたから。覚悟する必要に迫られたのは、薄っすらと、眠った意識に響いたから。君が、隣に立つ存在を見つけたことを。その子が君の同性であったことには少し驚いたけど、直ぐに納得したよ。理由はさっき言った通りさ。


 ……。


 存外の幸せを、僕は唯、できるだけ味わっていたいと思っただけさ。これまでの不幸を悲しむ時間すら惜しかった。


 ……。


 僕がこうやってはっきり意識を取り戻したのは、君があり得ない筈の、再び外洋に出るという条件を満たして、この地に国に縛り付ける為の記憶の封印が解けたとき。それから徐々に、君の記憶は戻り始めた。タイミングが良かったというか、悪かったというか、金魚風船と君が名付けた者たちに対処できたのは、そのおかげ。君は冷徹さを喪っていたから。嘗ての君はそれを素でできていた。そこに躊躇は無いのは、今も変わらずとして、積み上げた犠牲のことを顧みるようになった、壊れきらず残っていたら拾い上げるようになった。


 ……。


 はっきり分かったよ。もう君は、大丈夫だって。早く、見つけたけど落としてしまった宝物を拾いに行くべきだ。君にはそれができる。それを助けてくれる、君に付いて来れる仲間ももういる。君はもう冷徹なだけじゃない。私以外にも、優しくできるようになった。心の傷を自覚した。だから、僕の役目は終わり。君に一つ、宿題を残すことになったけど。僕の体。暴威を今も何処かで振るっているだろうアレを、僕の人でない部分、しかし、どうしようもなく、僕の身な、身から出た錆、はは、いやそれは本来の用途から考えると僕か。僕の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。終わらせて。


「……。あぁ、そうだな。じゃあな、俺が唯一、大事に思え()宝物」


 敢えて声にしたのは、もうその隔たりが埋まることは二度とないという事実と決意の表明。船長は立ち上がり、船の淵に左手と肩から上を出し、握り込んだ左手を放そうとすると、それでもまた、震え、情けなくも、どうしようもできなかった。


 ありがと、僕の愛した人。もう護ってあげられないけれど、もう砕けないで、ね、海人。こんな風には。


 バリィィ…―


 虚しく砕け散る音を立てたそれは、破片を通り越して砂となり、船長の握り拳から零れていく。それを見て、船長の左手から力が抜け、


 ヒュゥゥゥウウウウウウウ、スゥゥゥゥゥ、ザァァァァ、ザァァァァァァァァ――


 最後は、偶然の風に吹かれて……、一気に。そんな、終わり。


 月明かりが、舞い落ちるエメラルドグリーンの砂片を照らす。それは妙な位に、眩く白光りしつつ、元来の緑光を放ちつつ、海へ、落ち、溶けた。


 砂舞う音と、風の音、波の音。それらは、本当の彼女の最後の言葉、船長が真の意味で知っておくべき言葉は、消えた。それは、彼女が船長から最初に引き剥がされた理由。肉体を回収された理由。


 君の宝物が、あの()で、良かった……。私と貴方の、もう一つの奇蹟の、()()()()―…

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