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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第一章 外なる海へ
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第百三十二話 夢見せる火、再び灯る種火 後編

 ケイトは何も言わず――再生の準備が整えられていく。何も表示されない闇は終わり、色のついた光の勾配によって、形成される、立体的な場面。阿蘇山島の本拠地、リールの部屋、夜。証明は部屋全体を照らしているが、それは昼のような明るさには程遠く、闇の中の街灯の光に近い。


 先ほどの映像には無かった、飴色の木目の、艶のある四本脚の椅子が現れる。一つ、そして、もう一つ。その周辺以外が再び闇に包まれ、そして、椅子に座って向かい合う、当時のケイトと、リール。


 結局船長は何も突っ込まず、止めもしなかった。そうして、


『じゃあ、コレの効用も大体分かるわ……。私、【ヒドロヒカリ】実物見たことあるし、相対したこともあるから、さ。大体予想付いちゃってるし、多分、当たってると思う』


 始まった。


 手に、()()の【方位命針】を握ったケイトは、リールにそう言う。


 船長はその映像を見始めた最序盤と同じように、唯、沈黙を保ち、その映像を見ている。心の声は、話を整理する為の思索でしかなく、外のケイトへの言葉ではない。


(今度は、黄色、か。色が変わったのは、が《・》ん《・》だ《・》のか、時間はさっきまでと地続きでケイトのこの場面直前の反応によってリールの命運が警戒すべき危険に足を踏み入れてしまったのか。それとも、、か)


 こんな風に。既に自身が語ることは何も無い、もう終わったことだという風に、目の前の出来事に船長は意識を集中していた。そうやって、切り替えたというよりも、熱をリセットした風なのは、限りなく彼らしくない。


 まるで、絵が添えられ、文字がびっしりの日記の、言外を読むかのよう。ケイトを見ていない。書いた本人がそこにいるというのに、何故か尋ねもしない。普段であれば、強引な手段でも、最短最適であれば迷わず取る筈の彼が、何故か、そんな回り道をしている。敢えてそうしているようでもなく、それが最適であるという風に、こういう場面に直面させられている彼にしては、恐ろしいくらいに、静か。


『……』


 リールは黙った。首を縦に振ることも横に振ることもできない。ケイトの顔は、リールに反論どころか、ちょっと意味を問う程度のことすらを許しはしない。


 ケイトは船長の団に入る前の過去を語りたがらない。それは須らく辛い思い出。過去の取り返しのつかない失敗へと繋がっているから。そうやって、周囲に壁を張っている。


 空気が変わる。それに加え、


『偉いわね、リール。貴方はそういうところで微塵も間違いないから、好きよ。育ちと本質、どちらも兼ね備えるか、どちらか片方が極まっているか。その三通りのどれかに当て嵌まらないと、そうはならない。それが、今回の、貴方のその決意っていう最悪の形になった訳だけれど』


 ケイトは分かりやすく口調を変えた。


(これも……。どれだ……?)


 船長の戸惑いの示す通り、それが事実か、一部脚色した上での演出か、全部嘘か。分かりはしない。だが、どれで取っても、現実味はある。


 ケイトは過去を語りたがらない。それも、頑なに言わないのでなく、そういう状況にすらしないように常に注意をしている。それだけ重いから。過去とはもう終わったこと。そんな、終わってもう変えられないことを口にすることなぞ、本人が辛い以外、特段問題など無い訳で。


 だからこそ、徹底的に過去を話すことのないように振る舞うということは、本人にとってそれは、深い深い傷、呪いのような楔であることが殆どだろう。


 きっとそれは、口にするには、醜く汚い。少なくとも本人はそう思っているに違いない。過去は変えられない。変えられないからこそ、どうしようもなく、やるせないのだから。


(何れにせよ、お前は俺と似て、馬鹿ってことか。自傷するようなことを平気でするんだからよぉ。だからこそ、結局のところ、単純に考えるに限るってことだろうよ。言いたいことは、恐らく、ほんの少し。短いフレーズだろう。そして、恐らくそこには、予兆が、気配が、ある。こうやって、俺に見せ、言いたいことがあるなら、理解させたいことがあるなら、否応なしに分からされるだろう)


 流れ込んでくる、息苦しさと、体の芯に感じる、寒気。それは、心が凍りついていきながら、表面が裂け、身体を切るよりもずっと赤く濃い血が流れる――心壊れていく感覚。それは、苦しとも、痛くはなく、だからこそ、思い知らされる。壊れた分だけ、死に近づいたのだ、と。


 それでも、とうに痛みの感覚など失くした心は退くことなどないのだろう。


(それが、そいつを黄色にしといてやることかと思わねぇでも無ぇが、まぁ、お前の決意でもある訳だわな。つまり、わさと、と。確信犯だったってことか。事情は分かるが、それは、俺にとって、ボウズの手掛かりを一つ隠された、奪われたに等しい)


『ケイトさん……、どうして、止めて……くれないの……』


 リールはとうとう泣き出した。すすり泣いている訳ではない。大声で涙を流し、鼻水を垂らしたりなどしてはいない。それどころか、声を震わせてすらいない。


 そう、弱々しい声で、言っただけだ。それぞれの目の端々から涙を流しながら。


『こ~ゆ~ときだって、鼻水は流さない。だから~、リールちゃん。止めたって意味はないよね~。これを私に渡した地点で~、退路断ったってことでしょ~。持ってることすら言っちゃいけない品だよ~、これ~。命の計測と位置を測定する道具なんて、計り知れないでしょ、価値。おまけにこれ~、対象を変えることもできるよね~?』


 ケイトは元の調子に戻り、おどけてなどはいないが、間延びした声で、通常状態のケイトとしては真面目な受け答えをしてみせる。


『……。ごめん……なさい……』


 もう涙は止まっていて、唯、暗い顔をして、リールはそう言った。


『バカね~。リールちゃん。そういうところは間違えちゃう辺り』

『ポンちゃんには……渡せない……。だって、絶対に、追いかけて、きちゃう、でしょ……』

『だからバカだっていうの~。私にだけ事情を話して、これを私に託すってのは正しいよ~。そういう目は、しっかりしてるのよね~リールちゃん。腐っても貴族、って訳だわね~』


 そこで少し間が空いた。一拍子、二拍子、そして、


『バカって……。そんなの、分かってるわよ……』


 声を絞り出すように、リールは言った。やけくそ気味に。今さら言ってどうなるのって、本当は叫びたかったのだろう。だが、そうできないところが、また、リールらしかった。だから、


『分かってないんだよ~、バカだよ~。だって、どうバカか分かってないよね~』


 ケイトの言う通り、バカなのだ。そうやって、本当のところ、最も間違えてはいけないところで、間違える。


『じゃあ……、どうしたらいいの……。ケイト、さん……』


 グゥゥ。


 ケイトの左腕手首へ、リールの右手が伸び、その馬鹿力で掴み、軋ませる。


 ミシミシミシ――


 そして、


 ガタッ、ザッ、ムギュッ。


 リールは自らが座っていた椅子が倒れる勢いで立ち上がり、そのまま、ケイトの膝上、そして、腹辺り、そして、胸へと、登り、埋もれた。


 ケイトはびくともしない。リールを受け止め受け入れた。


 ミキミキミキ――


 未だ、リールの右腕は、ケイトの左手首を捕まえたまま。きっとそれは、唯一今の自分の置かれた立場で縋っていい相手を放さないように。小賢しくも、どうしようもなくて、未だ子供でしかない彼女は、きっと――その日で子供であることを辞めるのだろう。

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