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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第一章 外なる海へ
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第百三十一話 夢覚する、遠回りで露骨な罠 後編

「ったく。()()()()()()()()。これはお前の敵の話じゃねぇ。俺の話だろうが」


 まるで船長は、ケイトの顔を直接見ているかのようにその様子を言い当てたのだから、


「……」


 当人であるケイトは沈黙するしかなく、


「続けるぞ。こいつの原種、カツオノエボシによる被害ってのはな、カツオノエボシが人様に手を出してきたんじゃなくて、うかつに、若しくは知らずに、こちらから触れてしまった場合に起こっていた」


 船長はまた、自分のペースで好き勝手カツオノエボシと【ヒドロピカリ】の話を始めた。何故こんなくどい話を二人は続けるのか。終わらせ、先に進むべきだろうに。今を見るなら、現実に戻り、現実で話を進めるべきだろうに。


「……。割とそこは普通のクラゲなのね」


 だがケイトは付き合うらしい。


「それでいい。意識を向けるべきは、今、だ。見掛けが鳥帽子みたいで、青く澄んで綺麗で、青い螺旋状の足を垂らしてて、ポリプが成熟したヒドロ虫単位での群体で、一つ一つのポリプが体の各部位の役割に徹していて、触手は一本辺り数十メートルと長くて、刺されると電気ショックのような痛みが走るような毒を注ぎ込んでくる、それでも所詮、普通の生物の範疇を出ないクラゲだ」


 何処が『意識を向けるべきは、今』なのだろうか。そんなもの、本筋から脱線した、無駄話でしかない。


「割と普通じゃないわね……。今の時代の常識でも」


「そうだよ。最近の緩み気味なモンスターフィッシュ認定なら受けちまいそうな位には危険だ。だが、当時の水準なら、モンスターフィッシュに認定されたのはこいつじゃなく、こいつの変異種に限定された」 

「……。回りくどい」


 その通りである。


「もうじきだ。本筋に入るまで。だから聞け。よく、聞け。俺の主張は割と一貫している筈だぞ」


 二人の間の意識のズレは、広がるばかり。つまり、ケイトですら、船長の狙いは読みきれないのだろう。


「……」


「この二つが悪魔的な組み合わせでな。もう何となく分かるだろう? 事故現場は、海岸。大量に打ち上がったこいつらがいて、割と透明な感じで、特に死んでると透明感と白っぽさが増して分かり難いこいつらの、浜辺に打ち上がった大量の死骸。ぷにゅっと踏んで、そのまま、麻痺、転んで、もう立ち上がれはしねぇ。悶え苦しみ、やがて、事切れる、と。事故現場が沖なら、海に漂う綺麗なそれに触れちまい、ビリッと麻痺しつつ、痛みを感じ、毒によって動かなくなるか、激しい痛みで自由が利かなくなって、溺れ死ぬか。と、まぁ、大体そんなとこだ」


「そんなとこ、って……。それが氷河大融解で世界中で同時増殖して、記録に残せない量の、そもそも、数えられれもしない量の死者が出たんでしょうが……」


 とうとう、当時を僅かに知るケイトは、突っ込まざるを得なくなる。そして、そうして返ってきた一言は、


「だが、それは、モンスターフィッシュと呼ばれる危険種が現れる前の出来事だ」


 何ともやるせなかった。


「……。なんだか……ね……」






「分母が圧倒的に多いこいつらは、他の種よりも先んじて、変種を成立させた。それが、【ヒドロピカリ】な訳だ。で、お前、こいつどんなんか、本当に知ってるか?」


「実物、見たことあるわよ」


「それは十中八九勘違いだ。()()()()()()()()()()。蟻でいうところの、働き蟻だけを見て、蟻の全てを見た、って言ってるようなもんだ」


「……。まさか……?」


「そう。そのまさかだ。モンスターフィッシュ【ヒドロピカリ】と、極一部のモンスターフィッシャーか、偶々不幸に巡り合って覚えている年位の年配者、老人しか知らねぇ、【ヒドロピカリ】と思われていたものは、唯の、蟻でいうところの働き蟻、ボウガンでいうところの、矢の一本でしか無かった、ってことだ」


「……。微妙に分かり難いけど、分かった。そんな変な気の遣い方してくれなくてもいい……」


「そうか。なら、続けるぞ。ここまでの話を踏まえて、お前に問う。【ヒドロピカリ】の原種、カツオノエボシ。こいつらがモンスターフィッシュという概念を作り出しちまう位の脅威になるには、どう、()()されればいい?」


「……っぅぅ!」


「モンスターフィッシュってのは、脅威の象徴みたいなもんだろう? なら、どうして、カツオノエボシは危険ではあったが脅威とされなかった?」


「知ってる……のね……? 船長、あんたは、あいつを、よく、知ってる……のね……?」


「当てることができれば褒美をやるよ。それはお前が今、俺に問うた答えだ。但し、俺の話が終わり、お前の見せたいものが見せ終わって、現実に戻ってからになるが」


「何……で……?」


「何で知ってる、かって? そんなの簡単だ。俺は()()の息子だからだよ。尤も、すぐに見切りをつけられて投棄されたから、元、と付く訳だが。それでもお前の望む答え位は、運良く憶えている範囲だ」


「……。分かった。じゃあ答える。この状態で嘘つかれてもお互い分かる訳だし、それに嘘が無いってこと位は分かる。今見せてくれたその記憶の場面に映っていたのは、間違いようもなく、奴、だから。答えは簡単。触手の武器としての持続性と、攻撃範囲の拡張と、反射反応的攻撃から自律でのターゲッティングと単独攻撃単独行動。その辺りの機能を詰め込んだ、改造された、新たな触手。それが、あの針の正


 ケイトの答えに船長が判定を出そうとすると、


「ほぅ、なかなかだが、まだ…―」

「まだ半分。でしょう?」


 ケイトがそう割り込んだ。


「じゃ、言えよ。たったと! ガワだけで答えになる訳無ぇって分かってるだろうがぁ!」

「言うわよ、たったと。今は嘘は通じない。当たってたら何があっても吐いて貰うわよ。知ってること全て。そして、今までそうして隠してきたかと、()()()()()隠してきたかを」


 ケイトは核心に迫りつつあった。


「あぁ、後で好きなだけ聞けや。幾らでも答えてやるから。時間はたっぷりあるだろうしな。あいつらの元に着くまで」


「ふふ。了~解。あと半分だけど~、それは簡単。だってそれって~そのまま【方位命針】の効果、でしょ~? 針の形をし、単独行動する、触手。喩えそれ自体が浜辺に打ち上げられても乾燥にやられず恐らく数週間から数ヶ月、補給無しで生存し続けて~、母体つまりあの、鳥帽子というより焼餃子のガワみたいな気泡体が打ち上げらえても~、その元に栄養や海へ戻る推力を提供しに行けるでしょ~。そんな働きをする為に何が必要かというと、【ヒドロピカリ】は、その答えは、レーダーだと思ったんでしょ? 命が、その煌めきが、見えるレーダー。方向と距離と大きさ。それだけ分かれば、事足りるよねぇ~」


 気泡体というのは、クラゲでいう、あのふにゃっとしたやわらかな袋っぽいところのことである。大体、クラゲから触手を引いて残った部分がそれだと思えばいい。要するにボディーのことだ。


「それで終わりか?」

「終わり。だって~、後は言わなくても分かるでしょう?」


「じゃあ、何で気泡体についてそんだけなんだ?」

「だって~、そこは知ってる人しか分からないでしょ~? 少なくとも、カツオノエボシのものとは全然違う形してて~、船長含めて、僅かな人たちしか知らない。知ってるって自覚してる人ってなったらもっと少なくなる、恐らく御老人たちなら見たことはあるんでしょうけど、気付きすらしてないってところかしら? というか、それが【ヒドロピカリ】の気泡体、母体だって、知ってないと絶対気付けない位、何か他のありふれたものと似ているってことでしょ~? そして、それは、クイズの答えの範囲として含めていない、でしょ~? ど~う? 私、冷静だよ~」


「あぁ、それで文句なしに正解だ。色をつけてやるよ。これも現実に戻ってからになるが、な」


「でぇ~、これ、何の意味があったの~? ふふ~」

「分かったってことだな。よし。これで俺の話は終わりだ。続き頼む」

「はいは~い」


 まるで意味が分からない。これではまるで唯の無駄話でしかない。ケイトは得られるものがあったが、船長には何か得がそこにあったといえるだろうか? それに、ケイトは、それなりに興味ある話を半端なところで終わりにされて良かったのだろうか? 【ヒドロピカリ】の胞子体の正体、カツオノエボシの改造ということの意味すること、それらが明かされないとこの話は余りに半端に過ぎる。


 それが分かるのは、恐らく、船長が現実に戻ってきてからになる。

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