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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第一章 外なる海へ
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第百二十八話 夢見せる火、再び灯る種火 中編

『【方位命針】。モンスターフィッシュ、【ヒドロピカリ】って知ってるわよね? ケイトさん』


 そう言って、リールが


 ボスンッ!


 体を投げ出すようにベットへ。


 船長はそれに違和感を感じずにはいられなかった。いきなり行動に矛盾が生じたのだから。している話の内容からして、リールがそれを相当重く見ていることからして、この、眠そうに、


『ふぅあぁぁ、ごめんなさい、ケイトさん。私眠くなってきちゃったかも……。弱音、吐きすぎたね、ごめんなさい、本当に……』


 らしくない、これまでの流れを、それも自身が主体となって作った流れを、雰囲気を無視するような態度、それに、らしくない半端な弱音。


(……?)


「さっすが~、気付くかぁ~。リールちゃんここでホントなら、服脱いじゃうからさぁ」


 そう鮮明な声で釈明され、


「なら仕方ねぇな。リールの話す部分を改変して無ぇならそれでいい」


 他意は感じなかったので船長はそれを許した。


「はいはい~。言われなくともねぇ~。そこ変えちゃぁ、見せる意味無いでしょ~? 頭に熱は籠もってても冷静みたいだって分かったしさぁ~」


 そうケイトが答え、再び場面の再生が始まる。


(はぁ、こいつまた試しやがったか。ってことは、こっからは重要度が上がるってことか)


『そりゃ~ね。嘗てとある港町を一晩にして絶滅させた記録が残っているクラゲよねぇ~? 全長3センチくらいしかないのに、とってもキケンで。でも、もう絶滅したんじゃなかったっけ~?』


()()は、カツオノエボシ。電気クラゲであり、猛毒クラゲであったという、元からモンスターフィッシュみたいな奴らだ。青く透き通った体をした、クラゲに類されるかのようなこいつらは、厳密にはクラゲじゃなかった。どちらかというと、イソギンチャクやサンゴに近ぇ」


「えぇ~? 再生再開したばっかりなのにまた止めるのぉ~?」


「とは言っても、聞きたいから止めたのはお前だろうがぁ」


「まぁ~、そ~だけど~。じゃ、続けて~」


「あぁ。クラゲもイソギンチャクもサンゴも、刺胞動物な訳だが、こいつらを分ける違いが何かというと、浮遊性か、固着性かってこった。海を漂うか、岩などに張り付いたり自らがカルシウムの殻を覆ったりするのがイソギンチャクやサンゴだ。で、刺胞動物という所以は、こいつら、言葉通り、刺すんだよ。刃物の一突きというか虫刺されに近い」


「そんな基本的なことは知ってるよ~」


「まぁ聞け。こういう確認が大事なんだよ。それに、俺がわざわざ話すってことは意味があるってことだ。()()()()、な」


「はぁい」


「で、カツオノエボシだが、こいつはさっきも言ったが、厳密にはクラゲじゃねぇ。なぁ、何だと思う?」


「クラゲと、イソギンチャクやサンゴの間の生き物!」


「けぇっ。ちょっとは迷えよ。正解だ、って、ぷっ、言うと思ったか。それじゃ、半分だよ。氷河大融解からの海水面上昇後の早い時期に数々の危険なクラゲ、イソギンチャク、サンゴの変種は大量に発生してんだよ。村滅ぼした変種なんて、カツオのエボシ変種兼モンスターフィッシュ【ヒドロピカリ】以外にもいんだよ、量の手をこ」


 腕組みしながら、ケイトは頭を捻る。


(こいつが持って、俺についさっき見せてきたとき、赤だったんだから、絶対、【方位命針】の指し示す対象はこいつじゃあねぇ。こういうとき、もしもは常に考えておくべきだろうが、この道具を知っている俺にとっては、これで情報が揃った訳だ)


『絶滅してるのは間違いないよ。危険だからっていうのがその理由だったらしいけど、それだけでも無かったみたいでさ、それ、色々と凄いのよ』


(体が無事で心が壊れてるこいつつを指し示す対象と【方位命針】が認識しているなら、どれだけ命の状態が悪いと出ても黄色までだ。赤は瀕死~危篤。ボウズを指し示してるとしたら、標的変更の期間が足りねぇ。リールは不味ぃ状態だってこと、だ、と。で、逆に言うと芯でないとも言える)


 と、リールは無理やりニヤリと笑おうとしたが、思い詰めた様子が強く表情に出ており、上手くいかない。冷や汗が目を通り、流れ落ちる。それは、病人の脂汗のようでもあって、顔色は酷く悪い。リールは辛そうに目を擦った。


 ケイトとしては、こんな風に頼ってきてくれた、特に後輩船員たちの中でもかわいがっているリールがそう縋ってきた、それだけのことがある、今後一波乱ある、とまで読んでいる。


(こいつは、この球を度々見てたに違いねぇ。俺に見せるに至ったのは、周りの有象無象が離れて丁度いいタイミングだったっていうのもあるだろうが、それだけでもねぇ)


 無理しなくていいのよ、とか言って、話を終わらせることでも空気を読むならすべきかも知れない。そして、この、重い事情のある球を返して、何も聞かなかったことにする、とか。だが、ケイトはしない。そんなことは。それを知っていてリールはケイトの元に赴いてそれを渡す、いや、託そうとした訳で。当然ケイトもそれを分かっている。


(球がずっとずっと赤だったとしたら、ケイトなりに、何か保険を打っていたか、リールが死なねぇ確信が何か根拠アリであるってことだ。球の色がここ最近に赤に変わったっていうのが穏当だろうが、多分そうじゃねぇな。明らかにこいつは、待ってた。機を。半ば義務に囚われていた俺が自由になるまで。俺を狙い通りに動かせるタイミングを。やはり、なら、何か仕込んでるな。リールに直接? いや、それは考え難い。リールはカンが鋭い。そういう細工はまずバレる。あれでもあいつ、ノブレスな方々の末席に座る者だからな……。俺でもやれる自信が無ぇ)


 だからケイトは、


『あぁ、これぇ、【ヒドロヒカリ】の死体? カラッカラになる前に掻っ捌いて、中身を注いだ? いや、けれど~それじゃぁ、捌いた人まず死ぬよね……。あっ……』


 無理やり話を進めるという手段を取った。


(こいつも知ってた、と。ひょっとしたら俺以上に熟達している可能性もある。あれは命示すものだ。命の炎の強さを。あいつの分野からして、……あいつも作らせてたんじゃねぇか……?)


「ご名答~」


 再生が止まり、ケイトの声が挟まれる。


「それ、自分自身が鬼畜だって言ってるのと変わり無ぇぞ」

「必要だったから、よ。私はそういうところで生きていた。それでも成さないといけないことがあって失敗した。それだけよ。そして、私だけ生き残ってしまった。だからこそ、私は最後に成功させるか、途中で死ぬか、で終わらないといけないの」


 間延びが外れたケイトの言うことは、いつものように、ずっしり重い。


(人生の中でも最上級に思い詰めている状態の筈のこの記憶の中のリールのものより、ずっと重ぇ……。だからやはり、明かすとしちゃ、こいつってのが、最も相応しいんだろうなぁ。……そこまでこいつが狙っていたとは思いたくはねぇが。それだと、俺にこいつは律しきれねぇってことになるんだからよぉ。何故こいつだけ手元に残したかといえば、こいつが団で最も万能だというのもあるが、最も危険だからだしなぁ)


 そう、普段よりも深い階層で思うに留め、ケイトにはその部分は隠し切る。船長にはそれができた。ケイトの闇以上に、船長の闇は、深く、果てしない。


 ケイト以上に悲惨な目にあってきて、歪まず立って、歩み続けるのが、この男なのだから。ここ数年はなりを潜めたが呪われたかのような災難に立て続けに遭い、それでも死なず、折れず、曲がらず、立っているのだから。


 彼のモンスターフィッシャーとしての称号が、この時代の英雄そのものであると証明しているのだから。だが、それは、何度も言うが、呪われている。


 彼はきっと、願いを果たせない。目的に届かないだろう。彼が、彼についてきてくれる、彼に従う者たちを束ねただけでは。余りに多くのものに、立ちはだかられているから。嘗ての大切なものの全てが、彼に立ちはだかる側にいるのだから。


 そう、彼だけなら。


 彼には、必要だった。彼の同格が。彼の相棒が。一人目の相棒は、呪いそのものと成り果てて、彼に遠くからつきまとう。時には彼の前に幻影か否か姿を見せさえして。二人目の相棒は、見つけたが、失ったかのようなものだ。生きてはいるだろうが、きっとその距離は何処までも遠い。


 その相棒のお蔭で腹の中の島の科学者から得た、距離を無視して意思疎通する手段。それが、効果を発しない距離か、隔離された場所に、二人目の相棒はいるのだ。それでも幸い、その道具は、通信意外にも、通信相手が無事かどうかを知らせる機能もあった。


 その道具はモンスターフィッシュ由来。対として互いを認識する効果がそのモンスターフィッシュにあることを船長は知っていながら、何処にも公開しなかった。何故ならそれは、一人目の相棒との、共通の秘密。律儀にもそれを、守っている。死んだと思って生きていた、つまり、自分を裏切ったそれとの約束を、今も、守っている。


「……。勝手にしろ」


 だからその言葉は、ケイトに言ったのではなく、自分自身に向けたものかも知れない。

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