第百二十七話 夢見せる火、再び灯る種火 前編
一年と数か月前。いつぞかの夜。ケイトが、阿蘇山島を出て実家に帰ることを決断し、実際に阿蘇山島を出る前に挟まれた出来事。
本拠地、ケイトの部屋。少年はおらず、そこには、リールとケイトのみ。
船長は、ケイトの記憶を辿らされるかのように、その場をそのときのケイトの視界に固定され、意思以外の全てをケイトのそのときの身に重ねさせられるかのように、その記憶を、経験する。
『あらぁ~、どぉしたの? リールちゃん~? そんな顔してぇ~』
『これ、何も言わず、貰って頂戴』
ケイトが手に握り締めたそれを、汗ばんだそれを、ケイトに差し出した。明らかに尋常な様子ではないリールが差し出したそれを、ケイトは手にした。
それは、長さ3センチ程度の、緑青色に点滅し、時折黄色いムラが現れる、針。それ自らが光を放っているようで、その針先は、自然と、リールの方を向いた。
自動で、まるで、意思でも持っているかのように、それも、ケイトに動いていることを気付かせず動作を完了させていただけでも驚愕に値するが、ケイトが再びそれを動かしてみて、その針の動きを凝視するように追った結果が、その詳細を示した。
ケイトの指を阻害することなく、流動するように、しかしケイトの指先に不快感を与えるどころか、一切の振動も熱も伝えることなく動いたのだ。
まるでそれを辛うじて覆う程度のそれと同色の液体が、揺らぐように動いたかと思うと、針先が逆向きになっていて、そして、それを掴んでいるケイトの指に圧を感じさせず、真っ直ぐリールの心臓の方向を針先が向いていたのだ。
そして、ケイトはリールに聞く。特段と驚いた様子もせず、唯、ふぅん、という感じで、いつも通りに気だるげに。
『何、これぇ~?』
ケイトにはそれに心当たりがあった。だが、それに何の意味が用途があるのかは見当もついていない。この段階では。リールに今から受ける説明により、それを知ることになる。
だが、船長は既に知っていた。それのことを。限りなく知る者の少ない、稀有な品。モンスターフィッシュ素材の中でも、かなり異様な性質を持っているそれを。それのことを知る者すら僅かで、その性質を知っている者は更に稀有。
(確定だ……。もしやと思ったが、もう間違いようがねぇ……。【方位命針】だ……。リールがこいつを持ってて、こいつに託した。つまり、リールは生きている。リールがあれを手にしていて、恐らく、最も所持している時間が長いことに間違い無ぇんだから! つまり、ボウズも生きている! 生きて、いるんだ。そうに、違いねぇ! あいつが、リールよりあっさり弱る筈なんて無ぇからな!)
船長は、それの性質を完全に把握しており、肝心肝要な、針が示す対象が誰かを確信する材料が得られたからこそ、そういう予想に至り、歓喜した。
(もう、ぐずぐず、してられねぇなぁ! もう最低限の義理も果たしたし、あの船は好きに使わせて貰うぜ、シュトーレンんん! お前も生きてたなら、ついでにその命拾ってやるよ。ははははは、ははははあはははは!)
すると、――……、……――。止まった。記憶の世界の時間が、止まった。そして、
「船長、嬉しそうね~。それで当たりだよ~。お礼って言ったの、分かったでしょ~? まだもうちょっと、続くけどねぇ~。意識飛んでる間の夢みたいなものだしぃ~、時間はそう掛からないよぉ~。それに、船、もう動かして出ようかなぁって思うんだけど~、ど~する?」
今見えている、聞こえている記憶の世界のものよりも、ずっとずっとはっきり澄んで大きく聞こえてくるケイトの声。
もう船長は、目を覚ました後にケイトを絞ろうと思っていたことも、舐めた態度を取られた怒りもすっかり投げ捨てており、
「おぅ、出せ。当然、俺を運んで乗せるの忘れんなよぉぉ! 針路に従って、進めぇえ! こいつはそういう針だ! お前も恐らく気付いているだろうが、こいつは、リールの居場所と、今やべぇ状態ってことを示してるからなぁ」
恐らく、そんな風に現実で、声を出してみせた。ケイトがやった要領を何となくで把握して。
「はいはい~。にしても、うわぁ、寝たまま声出すとか、よくできるね~。それも、そんな迫力出して。よっぽど嬉しかったと見る~」
(当然、だろう?)
船長は今度は声に出さず、その記憶の世界の中で、ニヤリとそう、思い浮かべた。それは、やろうと思えば、すぐさま夢から起きられるが、引き続きケイトの思惑に乗ってやる、という意思表示でもあり、それは当然、ケイトに伝わった。
「はいはい~。特に危険なことでもこっちで起こらなかったら暫くそれ見て貰うことになるけど、最後までよろしくねぇ~」
そうケイトの声が聞こえてきて、記憶の世界の時間が動き出す。




