表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第一章 外なる海へ
108/493

第百七話 夢の中ですらもう会えやしない

 だが、それは、船長の目前に転がってきた。それは、海から吹き寄せる風に乗って、()()()()()()()()()()()()()()ない筈だというのに。


 カンッ!


「った!」


 思わすそれが当たった痛みと、それが運んできた纏っていた塩水が目に飛び込んできたことにより、船長は思わずそう、短く声をあげる。


 そして、顔から弾かれて落下しようとする()()を、


 ガシッ!


 握り込む。


 そして開いた手の中にあったのは、


 耳飾り。


 その、永遠に失われた筈の片割れだった。






 左耳を船長は片手で探り、ちゃんと存在すべきものが存在していることを確認した上で、再び手の中の耳飾りを見た。


(同じ、じゃぁねぇ、か……。あり得ねえ……。それが成立しちまうってこったぁ、そういうこと、だよなぁ)


 船長は大きく息を吸い、叫ぶように気持ちを吐露した。それは、他の誰に伝える為でもない。彼女はもう居ないという認識は、彼の中では変わりはしない。変えられはしない。だから、それは、愚かな自身の、未練の靄を晴らす為でしかない。


「っぅっ、ったく。そうかよ、そういうことかよ、てめぇはやっぱり、節介な女だなぁ、緑青ぃぃぃいいい! 夢だってか、これは。たったと覚めろってかぁ、はぁ、だよな」


 そう船長が認識すると、手に握っていた耳飾りは消えていく。


 こんなものが出てくる地点で、未だ、囚われているのだ、過去に。変えられやしない過去に。忘れず、背負い続けるその過去は、思い出として、礎として、糧としてのもの。それが枷となってはならない筈なのに……。


「ったくよぉ……。会いてえなぁ、夢でも構わねぇからよぉ、もう、一度……」


 夢。


 夢の枷。


 より深い段階へ落とす為にそうされたのだろう。利用されたのだろう。だが、それは、隙が、覚悟の隙間があったからだ。彼はそのことを強く後悔し、自覚し、そうやって、未練をわざわざ口にする。


 自傷するかのように、自戒し、隙間を埋めた。縋るチャンスを埋めた。自ら。だから、彼は強い。全ての喪失という嘘に、悪夢に気付き、夢と気付いた上で、漏れ出た、過去の彼女からの救いの手で気付かされ、得られる権利、再開の幻想を捨てたのだ。


 船長。彼は何処までも、今とその先を見る、切り拓く者なのだ。立ち止まることはあっても、そのまま折れることも、後退することもせず、彼はまるで修行僧のように、自身の甘えを許さない。






 船長はその場から立ち上がり、海に向かって飛び込み、泳ぎ続ける。


 バシャァ、バシャァ、バシャァ、バシャァ、スゥゥ、バシャァ、バシャァ、バシャァ、バシャァ、――――!


(夢落ち。だよなぁ。外海ってのは、こういうとこ、だったよなぁ……。はは、忘れてたぜ。信じるべきは目の前の光景ではなく、理とそこから紡ぎ出される根拠。俺は死んでねぇ。で、俺以外も死んでいねぇ。この状況はあり得ねえんだからよぉ。あの船は沈まねぇ。前世代の遺失技術の塊で、嵐の中でも自ら進む方向を、自然に逆らって決めれる。だから、考えられる終わりは、乗員、つまり、人側の過失。それによる、自滅しかねぇ)


 そして、進行方向逆の水の流れが露骨に弱まる。


 そのままの勢いで泳ぎ続ける。


 バシャァ、バシャァ、バシャァ、バシャァ、スゥゥ、バシャァ、バシャァ、バシャァ、バシャァ、――――!


(だが、俺のこの記憶の中では、異様な現象による難破、船の沈没。つまり、船が乗員たちよりも早く沈んだ。それはあり得ねぇことだ。この船は理によって、沈まないんじゃあなく、()()()()んだからよぉ。船は()()()()()んだからよぉ)


 波の音の消失と共に、進行方向逆の水の流れが消えた。


 ペースを乱さず、ただ前へ、一方向へ、泳ぎ続ける。


 バシャァ、バシャァ、バシャァ、バシャァ、スゥゥ、バシャァ、バシャァ、バシャァ、バシャァ、――――!


(はっ、やはりなぁ。作り出した幻影の限界地点に近づきつつあるな。発生し始めたこの白い霧と、光を発し始めた水面。でもって、霜降りのような不自然な波の出現。ったくよぉ。こんなもんに、騙さらるたぁなぁ。俺も未だ未だってことかぁ。さてと、他の奴らは今頃、どうなってんかねぇ)


 ここは夢の中。夢の世界。彼自身が作り出した夢ではなく、彼を捕らえる為の、緩やかな監獄としての領域。だが、夢。彼の記憶から取り出された因子を基とした夢。だからこそ、彼は一定の方向に絶えず進んで、終端へと向かっているのだ。




 バシャァ、バシャァ、バシャァ、


 白い霧と光は更に強くなり、偽りの演出光景は、


 バシャァ、スゥゥ、バシャ……――。


 途切れた。


 周囲は真っ白になり、海水は消え、無風無温無音無臭の空間に、船長は、足元に地面の感覚が無いまま、だが、浮かんでいるような感じでもなく、立っていた。


(なら、ここで終わりじゃねぇ。まだ、進める筈だ。取り敢えず、歩く、か。できるだろう、多分)


そうして、音も無く、地面を踏む感覚も無い、そんな奇妙な空間の中を、船長は歩き始めた。


(夢の中心があの島だったとするなら、その方角に俺を戻させるような、方向の狂わせみてぇな狙いの仕掛けがあって、それに既に俺が掛かっていてもおかしくねぇ状態だ)


 立ち止まり、後ろを振り向いてみたが、前方向と同じ光景が広がっているだけだった。


 船長は方向転換することなく、そのまま再び、前へと歩き始めた。


(知らねぇうちに逆走してなきゃいいが。それなりに長い距離を歩いてるのは間違いねぇ。遠回りに弧を描いてるなんていう自滅もあるっちゃあるかもだが、そこまで考えるのは考え過ぎか……。気をつけねぇといけねえのは真っ直ぐ進んでる感覚が変化してないかどうかと、逆走の場合の、周囲の温度や体の重さなどの体感の変化。海がまた実体化して、ドボンなら、恐らく何か追加で仕掛けられてるだろうからなぁ。俺の記憶の中でも危険度が高いモンスターフィッシュセレクションでもよぉ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ