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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第一章 外なる海へ
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第百六話 死んだように生きし無為の時間

 船を沈めてしまった後だ、もう。で、シュトーレンの奴と会うチャンスももう無ぇ……。俺はとうとう、やらかしちまったんだ……。


 いつかはやると思っていた。


 こういうことは、船長として一生やっていくとならぁ、逃れられねぇ運命みてぇなもんだ。俺の生まれた頃のような二昔前とは違って、人は万能じゃぁねぇ。


 だが、やっぱ、辛ぇなぁ……。


 よりによって、今……か。


 自分の船の奴だけじゃぁねぇ……。シュトーレンから借りた奴らも一緒に巻き込んじまったらよぉ、どうしようもねぇ……。


 俺の船員は、船を分けて、乗員を分けたから全滅じゃぁねぇ……。座引に次の船長はやらせればいい。奴はやらせるとしても繋ぎの筈だったんだがなぁ……。


 ガンッ!


 船長はヤシの木に思いっきり自ら頭をぶつけた。こんなときに浮かぶのが、自分本位の勝手な考えでしかないということが、どうしようもなく許せなかったから。


 だが、船長が如何にそう自身を戒めようとしても、それは止まらなかった。失ったものが、大き過ぎる。ます、少年。そして、リール。そして、残ったものを支えに何とか立ち上がった船長は、自身の勝手で船を沈めた。ならもう、何も残らない。


 全ての希望を失った。


 そうなったのだからもう、後ろを向くことしかできない。






 本当に継がせるなら少年。あいつしかいなかった。


 結局、少年もリールもシュトーレンも、あいつら三人、纏めて消えやがった……。で、俺は俺の仲間の半分と、シュトーレンの人材粗方全てと、信頼と、ほぼ全部、失ってしまった。


「はは……、何だぁ、俺はぁ……。あそこで、旅を止めとけばよかったのか……。あいつを喪ったときによぉ……。少年に会う前によぉ……。少年がリールとシュトーレンと共に行方不明になった時によぉ……。シュトーレンの遺した船の船長なんて、できる訳でもねぇこと、引き受けてしまう前によぉ」


 らしくねぇ……。いや、これが本来の、俺、か……。昔の俺に近い。結局俺は、あのときと比べて成長できてねぇままか……。あいつを喪う前と何も変われなかったのか、なぁ……。


 何誰かに縋ろうとしてやがる、俺はよぉ……。自業自得の範囲を越えて、船員全員巻き込んで、実質私情で船沈めちゃとありゃぁ、もう、そんなこと許されはしねぇじゃねぇか……。そもそも俺は船長。縋られる存在でなくてはならねぇだろうが……。


 いや、もう、それも終わった、か……。


「くそっ、くそっ、くそっ、……くそぉおおおおおおおおおおおおおお!」






「スゥゥゥ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、はぁぁぁ、甘温ぇが、うめぇ。……それが、何に、なるってんだぁああああああ!」


 肉刀でかち割った、中身を飲み干したヤシの実を、船長は近くの他のヤシの木に向かって投げつける。


 スッ、ビュウウウウウ、ゴンッ、ザッ。


 木に弾かれてそれは砂の上に落ち、音を立てて軽く埋もれる。


 船長がそんな生活を始めてから、もう何か月も経っていた。


 ヤシの実の生えてあるところまでは海水は押し寄せない。そして常に日陰かつ、この島は危険な陸上の動物も、海から上がってくる危険なモンスターフィッシュの類もいなかったのだ。その上、そこのヤシの実は一人の大の男をそれだけしか食べない生活で死なせない程に栄養豊富で安全であった。


 つまり、彼を殺してくれる存在はいない。死ぬには、彼自身がそういう状況になるように自身を配置しなくてはならない。つまり自殺。


 だから彼はこうして、ずっと、同じ木の下で禄に動かず、一日中転んで、もう意味も無い過去を回想しながら、死んだように生きていた。






 数か月後か数年後か……船長は既に、日単位の数えすら、とっくの前に、止めていた。


 もう時間間隔は彼から消え去っていた。数えもせず、その流れを意識することすらせず、同じ毎日を繰り返す。雨の日も風の日も。雪は降らないから、彼は年感覚で期間が動いているとは考えてはいなかった。だが、そういったことも、恐らくもう少ししたらもう彼は考えなくなってしまうだろう。


 そうして、緩やかに、終わりへと着実に近づいていっているのだ……。


 目的の全てを失い、尚それが、類い稀なる熱量を持っていたらならば、通常の人間とは違い、燃え尽きた際、廃人寸前まで、そこまでいかなくとも、世捨て人の類に確実になり下がってしまう。


 今の彼は、まさに、それだった。


 ヤシの木にもたれて、ただずっと、じぃぃっと、海岸を見ている。その先に広がる海を見ている。船長自身の罪の象徴。そうしないことを彼は選べるというのに、決して選ばない。


 その辺りは、燃え尽きても、落ちぶれても、彼は彼、ということなのだ。だから、嘗て、このような落ちぶれた状態から、彼は一度、甦っている。


 だが、それはきっかけがあったからだ。


 きっかけさえあれば、甦れる。きっかけ、さえ……。


 ここは無人の、地図にない、どの辺りかも知れない、島。だからその、きっかけ、というのは、何処までも、遠い。

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