第百三話 演説『不屈の誓い』
「シュトーレン・マークス・モラーの代わりに船団の頭を張らせて貰うことになった、島海人だ」
ウェイブスピーカーで増幅された船長の声。集められた者たちは少々、騒めいた。
(まあ、不審な顔されるわな。まずは、この空気を何とかするかぁ)
船長は衝撃をぶち込む。
「シュトーレンの奴はな、行方不明だ。あの演説の次の日から消息を絶った」
そのことは秘密とされていた。マークス家と島野家によって、すぐさまその情報は、封じ込められた。シュトーレンがいなくなっていたことなど、知る者はほとんどいない。一般人は、だが。
さらに、騒めきは大きくなる。それを見て、心の中で船長は毒付く。
(けっ、お前ら、大半は知ってるだろうが……)
当然、船団に加わるような者たちは知らない筈はない。極一部、単純に驚いている者もいるようだが……。
船長は拳をぎゅっと、握りしめる。ウェイブスピーカーを握る拳をにぎりしめる。
軋むような音が周囲に響く。
「俺の二人の仲間と共にだ。シュトーレンも、そいつらも、共に今日まで見つかっていない」
その場の僅か数人以外、それを聞いて動揺を大きくしていた。少し考え込んで、怒号を上げる者たちの数は決して少なくはなかった。
(ふざけるな、よ……。俺の、仲間が、希望が、そんなこと、する訳、ねぇ、だろうがぁぁぁ!)
グゥオオオオオオ~ン!
船長がウェブスピーカーをゴツンと叩いた音。それが間延びし、周囲に響き渡る。再び、会場は最初のように静まり返った。
「俺がこの仕事を引き受けたのは、この船団の長を張りたかった訳だからじゃねぇ。俺の二人の仲間。こいつらを探すために必要だったからだ。権力が。人手が。金が。俺が今、こうやってお前たたちに向けて話している間にも、シュトーレン家による探索が続いている」
集められた者たちが口々に様々なことを言っているのが、彼らの口の動きから分かる。だが、その声は聞こえてこない。船長に、余裕は無かった。
船長の気持ちは爆発する。
「もう一度言う。俺はシュトーレン・マークス・モラーなど、どうでもいい。ただ、釣一本と、島野リール。この二人を見つけたいだけ、だ。それ以外、どうなろうが、知ったこっちゃ、ねぇ!!!」
叫ぶようにそう言って、息を荒げる船長。涙を流し、悔恨を顔に浮かべる。
「俺がしっかりしていれば、こんなことには、ならなかったんじゃぁねえか、って、シュトーレン・マークス・モラーの失踪認定が、シュトーレン本家から出て、俺の元に話が来たとき、思った。何もかも、俺が甘かったせいだ、ってなぁ……」
船長は俯いて、涙を、鼻水を拭う。そして、再び顔を上げたときには、もう、憂いも怒りも浮かべていなかった。ただ、真剣な面持ちで、集まった者たちを見ていた。
ゆっくりと、感情を多分に含んだ言葉を縛り出すかのように、口から出す。
「実は俺は、シュトーレンの宣言に一枚噛んでいた。奴に宣言させ、海に、外なる海に向かわせようとしたのは俺、だ。俺には夢がある。それは一年前から、ずっと前から変わらない。一度折れた夢だ。でも、再び抱くことができた夢だ。先ほど言った、釣一本っていう少年のおかげで、な。」
船長の口が一度、止まる。数十秒の無音が続く。
集まった者たちは気圧されていた。
再び船長は口を開く。まくしたてるような早口で言葉を吐き出す。
「俺が、本来この船団には一見関係ないように見える二人の名を出したのには理由がある。あいつら二人がこの船団を成立させたようなもんだからだ。俺は裏から糸を引いたが、実際にシュトーレンを突き動かして、こんな無茶をさせたのは、釣一本だ。あの、結婚式クラッシュやらかしたバカのことだ。見た奴もいるだろうなぁ。で、シュトーレンは密かに抱いていた夢、外洋へ出て、オーハーツを探すという、諦めていた夢を形にした」
船長は一度大きく息を吸った。
「本当はなぁ、船団の長にシュトーレンが据えたかったのは、シュトーレン自身では無かった。ましてや、俺でもなかった。釣一本だ。シュトーレンも、俺みたいに、あいつに夢を見た。で、あいつに惹かれていたリールも、協力した。この船団が今日、こうやって形になったのは、シュトーレン家と島野家が組んだからに他ならない。シュトーレン家には釣りに関する技術は無いに等しかったからな。特にモンスターフィッシュ方面は。それがあっての婚姻だったわけだからなぁ。外海には、この日本近海よりヤバイもんが溢れている。船を進めるには、そいつらと対峙することが少なからずあるだろう。それも、万全の状態で迎撃できるわけでもない。水も食料も、あの巨大な鉄の船でも、旧時代の遺物、オーハーツであろうとも、積むことができる量は限られている。人は海の上では弱者だ。俺たちモンスターフィッシャーであろうとも、そうだ。まあ、そんなことは言わかんくても分かってるか」
船長は今度は数度、大きく息を吸っては吐いた。
「そんな理不尽の中を突っ切っていかなくてはならない。そのためには、折れない船団員だけではなく、何よりも、折れない長が、指揮官がいなくてはならない。それが、釣一本であり、それを支える島野リールであり、シュトーレンであり、この俺、だ。外海へ渡るためのライセンスの有無ぅ~? そんなもんは関係ねぇ。あんなもん、幾らでも手に入れる方法はある。必要なのは、不屈の心だ。何が起こっても、喩え、自分一人になっても、絶望に染まらず、前へ進み続けられる心だ。折れず曲がらず、常に仲間たちを率いていける不屈の心だ。」
すぅ、はぁ。
「さて、と」
「仕事はきちんとやる。お前ら、俺の名は知っているだろう? 釣人旅団の船長、いや、この瞬間、元船長となった、この船団の三代目頭目となった、俺ならできる。お前たちを、海の果てまで連れていけるぅぅっ!」
そこで船長は早口を、抑揚の大きい喋り方をやめ、真剣な面持ちで話し始める。
「とはいえ。俺が腐っていた頃を知っている奴もちらほら混ざっているいるようだ。俺が折れないなんて言っても、そういう奴らは信じられないよなぁ。今思い返しても、酷いもんだったから、何とも言えねぇとは、いかねえなぁ。俺は折れねぇ、じゃあねえんだ。俺はまだ、諦めたくねぇ、ん、だ。色々と、なぁ」
船長は息を整えながら周囲を見渡す。
(凡そ半々ってとこか。俺を認める者と、認めねぇ者。このまま終わらすわけにはいかねえ。俺はもう、覚悟を決め、事を起こし始めた。だから、こんなところで、躓くわけにはいかねぇ)
船長は少し弱弱しい声で言葉を紡ぎ始める。その手は少し、震えていた。
「それでも、もしかしたらあるかも知れねえ。あいつらが死んじまっていたということだよぉ。俺がそれを知るってことがよぉ。それが心配なんだろう、不安なんだろう、なぁぁ! その可能性をこの俺が想定していない筈は無いだろうが。覚悟は既に決めている。俺の船は、釣人旅団は、信頼できる仲間に預けて、任せてきた。俺はあいつら3人の抱いた夢を背負ったつもりでここに立っている。俺が腐っちまったら、折れちまったらぁ、あいつら、浮かばれねぇだろうがよぉぉ!」
歓声が巻き起こる。
(どうやら上手く、……いや、油断禁物か。まずまずといったところではあるが、完全ではないな。何人かは、まだ俺に疑念を向けてやがる。まあ、仕方ないといえばそうか。俺も腐っていた時期があったからなぁ。それを知っている奴ならまあ、そうはなるか。だが、大勢は決した。俺は取りあえず、認められた、と見ていいだろう)
船長は、周囲を見渡し、勢いある笑顔を振り撒きつつ、そんなことを考えていた。




