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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第一章 外なる海へ
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第百二話 刻限の鐘

 シュトーレン・マックス・モラーによる大海原への誘いの大演説から、丁度一年。彼が提示した条件を達成した者たちが一堂に介していたが、頂に本来立っている筈の男、シュトーレン・マークス・モラーはいない。


 集まった者たちの中にも紛れてはいない。


 シュトーレン失踪の原因は不明。手掛かりは唯一つしか存在しなかった。シュトーレンの最後の目撃情報以外は。


 恐らく、何やら想定外のトラブルがあった。シュトーレンを知る者たちはそう考えた。彼は秘密主義なところがあった。彼の行動を完全に把握している者など、シュトーレンの家中にすら存在しない。


 マックス家周辺の騒々しさからして、彼は何も告げずに消えたことに間違いなさそうだった。彼はこれまで自身が口にしてきたことから逃げ出したことは一切なかったらしい。


 だが、奇妙なことに、彼の家中は表立って大きく動くことはなかった。シュトーレンが行方不明の状態が7日続いたところで、シュトーレン・マークス・モラーは、失踪認定され、次のマークス家当主が決まっていた。


 彼の家も一枚岩というわけではなかったらしい。それ以来、どこにも彼の捜索情報は出ていない。


 身内のいざこざで消された、という線も十分に有りうる。


 とはいえ、シュトーレンは周到な男だった。自身が何かしらトラブルに巻き込まれて消える、という可能性を想定していたようである。


 祭壇の上に立ち、これまでのいきさつを回想しながら刻限を待つのは船長だった。


(そう。だから、シュトーレン失踪から僅か一日で、俺に話が来た。シュトーレンの代わりを、一年後に出る船団の長をやって欲しい、と。まあ、俺としては受ける他なかった。俺にも理由はあった。あいつらも共に、シュトーレンと同じように失踪してるんだからよぉ……)


 シュトーレンの最後の目撃情報とは、宣言終了後、少年とリールとシュトーレンの3人で、何処かへ向かっていた、というものだった。


 護衛一人付けず、行き先を告げることすらせず、船着き場から何処かへ向かったらしい。






 そして、行方不明になって、失踪判定が出る直前、つまり、最終目撃から僅か1日で、船長のところに依頼が来た。


 それは察しのいい船長にとって、それはその場ですぐに気掛かりへと変わった。


 代理というのなら分かる。だが、違った。船長に提示されたのは、代替わりだったのだから。それも、指揮権、船団におけるあらゆる裁量の全委譲込みで。


 シュトーレンは死んだ。そう言われているに等しかった。そう判断するだけの何かを実はマークス家は掴んでいるかもしれない。それどころか、マークス家自体が彼を消したという可能性が濃厚になる。


 船長は依頼の席で問い正したかった。脅してでも事実を知りたかった。だが……。船長の元へ訪れていたのはあくまで代理人。


 だからそれに意味は無い。


 船長は即座に依頼を受けた。船団を手に収めるためではない。彼には、そこの長として立つ気はなかった。


 だが……。力が必要だった。具体的には、金が、人手が、権力が。船長としては、シュトーレンやその船団などどうでもいい。


 自身の持つ力で独自に探す。マークス家に探りを入れる。その両方をやらなければならなかった。


 マークス家に探りを入れ、少年とリールを見つけるには、マークス家との強力な接点が要る。


 船団の長の資格として、海外渡航できる権利が必要だった。そのような条件を持つ者は日本国内では一握りである。だからこそ、食い込める。内情を覘ける。隠された答えがあり、それに至れるかもしれない。


 そう思ったからこその即断だった。危険がある。それに、シュトーレン船団の長となるということは、釣人旅団の長であることは続けられない。それでも……。少年とリール。自身が新たに抱いた夢への鍵を失うわけにはいかなかった。


 船長は恐れていた。再び自身の夢が、希望が砕かれることを。自身が諦めることを。そうなればきっと、もう立ち直ることは二度とない。そう分かっていたから。


 死ぬことよりもずっと怖かったそれに突き動かされた船長は即座に動き出した。船員たちを集め、自身が少年たちの探索に全力を注げるように、仕組みを作った。


 船員たちの中でも人員への指揮や管理のできる者たちに少年たちの探索以外の仕事をやってもらえるように頭を下げた。それでも足りなかったので、日本国内の自身の伝手を全動員して何とか処理した。


 そうして、日夜少年たちの探索に明け暮れたが、終ぞ、シュトーレンが期限とした、今日、約束の日になっても進展は無かった。


 船長はそこから逃げ出したかった。現実から逃げ出したかった。そんなことになるとは想定していなかった。


 あの、腹の中の島の男ですら、お手上げだと、匙を投げたとき、覚悟した。想定した。二人はもう、この世にいない、ということを。それでも、どこか心の片隅で思っていた。彼らが現れるという、都合のよい展開を。


 残ったのは、引き受けたくもなかった負債だけ。最もその発端は自分になるのだから仕方ないと船長は理解している。だが、納得はできなかった。


 もう限界だった。自身に降りかかる不運の数々に。希望を掴んだかと思えば、それを失う。そんな星の元に自分は生まれたのだと、嫌でも自覚させられる。


(逃げていた、だろうな……。以前の俺だったなら)


 船長は両拳をぎゅっと握りしめた。


 ゴゥーン、ゴゥーン、ゴゥーン、ゴッーン――――


 刻限の鐘が鳴った。






 何処から鳴り響く鐘も、船長の腕時計も、白いハノイの塔の側面に何個も埋め込まれた時計も、期限が来たことを示していた。言い逃れようもなく、どうしようもなく、全ての時計は同じ時を刻んでいた。


(俺は弱気になっていた。気圧されていた。あんなこと、できるのか、ってなぁ!)


 船長は深く被った帽子を投げ捨てた。その顔には最早、苦悩の影は一切無かった。普段の熱い熱い男の、勢いある顔がそこにはあった。


 鐘の音が止み、周囲が静まり返る。船団の一員となる者たちが一斉に船長に視点を合わせたところで、


(まだ俺は、諦めたく、無い! そう決めて、計画を練った。策を仕込んだ。もう、できることはやった。あとはただ、進むだけだ)


 船長は口元にマイクを近づけ、口を開いた。

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