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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第一章 外なる海へ
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第百一話 約束の日

第二部開幕。

 シュトーレン・マークス・モラーの宣言から丁度一年目。約束の日がやってきた。


 新たに作られた人工島、シュトーレン。真ん丸とした、カップケーキのような茶色の土で覆われた島。大きさは半径1キロメートルの円程度。


 東京フロートの東に作られた、東京フロート東端から、視認できない距離に作られた人工島である。土台部には東京フロートの技術が転用されており、海抜を一定に保ち、波の揺れに連動して揺らがない機構が仕込まれていた。


 南端には一隻の巨大な船がつけられており、北端には中小様々な舟もしくは船がぎっしりと繋がれていた。


 やたらと唾の大きい提督帽を深く被った彼は、この日のために作られた白い石のハノイの塔の段のような祭壇さいだんの天辺から、そこに集まった者たちを見下ろしていた。


 ……。少しくらっときたようで、彼は目線を落とす。熱に充てられないように。右腕につけた腕時計の文字盤を確認する。


(あと5分、か。)






 彼は悩んでいた。真ん丸ななだらかな茶色の土の丘の頂の、穴のないハノイの塔の段の最上層中央部に立ち、天を仰ぐ。


 昼にも関わらず、どんよりとした雲に覆われた空模様は、彼の心境と先行き怪しさを象徴しているかのようだった。普段と比べやたらに強く吹き寄せる海風がさらにそれを強調している。


 だが、そんな暗い空気が漂っている――――、なんて状態ではなかった。風の音も、波の音も、その場を支配する、その場の空気を作り出す、最も大きな音ではなかった。


 熱気と歓声。


 つまり、熱狂。それが周囲を満たしていた。


「早く始まれやがれぇぇぇぇぇ!」

「勿体ぶりやがってえええええ」

「待っていたぞぉぉぉぉ!」

「大航海っ、大航海っ!」

「世界ってどんなのなのかなぁ?」

「木じゃない船だああああああ!」

「俺たち以外にもあの条件乗り越えた奴、こんなにいるのかよっ!」

「あぁ、早く釣りしてぇぇ……」

「あああっ、釣り、釣り、早くさせてくれなぁぃ……」

「ああ、やべえ、竿忘れたぜぇ……」

「何やってんのよあんた……。ふふっ。まあやると思ってたわよ。はい、これ」

「俺の竿じゃねえか、さっすがぁ! 愛してる」

「あ、あんたはこの前の!」

「お、久しぶりだな」

「儂、モンスターフィッシャーじゃないのにここにいていいのかのぉ……?」

「何言ってるの、おじいちゃん。おじいちゃんはあの鉄の船の技師としてここにいるんでしょっ!」

「ああ、そうじゃったわい」

「ああ、寒ぶぃ、ぶるっ。早くぅ……」

「お、やったぜ、ウイングエラガントユニコーンフィッシュ、ゲットぉぉぉぉっ!」

「うわ、でけぇ……」

「おい、それあんた、現在報告されている最高サイズ抜くんじゃね?」

「お、まじか」

「えらい淡泊ね、キミ」

「誰か尺持ってる人居ませんか?」

「がはは。こんがりきつね色、ちょい焦げ目。いっただっきま~す」

「そこの君、それ見せて貰えるかな?」

「お、あんたも食べたいのか? いいぜ!」

「……。おいぃぃぃぃ! がっ」

「おいおい……、何するんだ、あんた?」

「それ、新種だ……。図鑑に乗ってない新種だ。見たことないぞ、そんなの……」

「はぁ、何言ってんだ、あんた。そんな新種なんてそんなポンと出てくるもんでも……、あっ……」

「え、何かあったんです?」

「すみません、えへへ、はぁ、はぁ。それスケッチさせてもらえませんかぁ、しゅるり」


 ……、等々。年齢性別出身地域バラバラ、しかし、極一部を除いて全員モンスターフィッシャー。それも、()()()()を満たすだけの。


 それだけ多くの、数百人もの声が聞こえてくる中、()()()()()()無かった。






 この日は、シュトーレン・マークス・モラーの宣言から丁度一年。約束の期日、船出の日だった。荒れる海、曇天の下、吹き荒れる海風の中、高まる熱狂の渦。


 島の中央の祭壇付近。祭壇の上には一人の男が立っていた。そこから数メートルの距離をおいて人の輪、屈強な男たちの、凛々しい女たちの、輪が幾層にもあり、その外側には、狂った人々の数人から数十人の集まりが点在していた。


 残り時間が少なくなったせいもあり、周囲の騒がしさは少し落ち着きつつあった。


 ゴォォォン……。


 どこからか鐘の音が鳴る。


(あと、1分、か……。)


 彼はそれが鳴ったにも関わらず、腕時計で残り時間を確認する。吐きそうになったため息を抑える。流れ落ちた微笑を、役割の仮面を瞬時に纏い直す。


 彼は今の時代ではオーハーツの一つである、歯車と発条ぜんまいではない奇妙な複雑怪奇な機構の板によって正確無比な時間を刻む、小型の時計。


 クオーツ時計と言われたそれだけでなく、自動巻きの機械時計も、手巻き式の機械式の機械時計も、そして、懐中時計すらも、この時代では遺失技術となっていた。


 柱時計などの大型の時計なら作れる。嘗ては大型と言われたそれが、この時代の技術において生産可能な最小クラスの時計だった。精密加工の機械どころか、精密加工の職人技術すら、すっかり失われているのだから。


 彼はそんな、オーハーツを手にした。一年前は所持していなかったそれを手にした。金で、ではない。見つけ出してきたのでもない。譲られたのでもない。無論、盗んだのでもない、再現したわけでもない。


 報酬の一つ、として受け取ったのだ。


 それを含む報酬の代わりに引き受けた仕事。その一環として、彼は今そこに立っていた。


 シュトーレン・マークス・モラーの代理人として。彼は、一時的な代理人ではない。シュトーレンが成そうとしていたことの、全権代理人。代理指揮官。いや、事実上の二代目船団長とでも言うべきか。


 なぜなら、シュトーレン・マークス・モラーは、()()()()となったのだから。あの宣言の次の日。そこから今まで、シュトーレンを見た者はいない……。

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