これが最後だから。
朝起きて隣にあるテーブルと椅子の方へ目を向ける。そこにはこの一週間でお馴染みとなったテーブルにうつ伏せの状態で寝ているライアーの姿が……なかった。
この一週間、起きると必ずその場所で眠っていたライアーの姿が無いということは……。
ライアーは諦めたのだろうか。
ライアーがいろんなことを話している時に見せる笑顔は、偽りなんだろうか、それとも本物?
正直言って、ライアーと過ごしている間は嫌なことを思い出さずに居れた。
だから、もっと一緒にいたいという想いが僕の中にはできていた。
けれど、また裏切られるのではないか、それならば一緒に居ないほうが良いという想い。
どれだけ考えても答えは出ない。
この日、朝食を持ってきたのはメイドのマリアだった。その時に聞いたのだが、まだ諦めたというわけではないらしい。
それを聞いて安心してしまう自分がいた。
食べ終わった後もライアーが来ることはなく、僕は久しぶりに外の景色を眺めて一日を過ごした。
次の日も、更に次の日もライアーは一度も部屋にやって来ることはなかった。
ライアーが来なくなって四日が経ち、五日目。
起きた際にいつもの場所に目を向けるとライアーの姿が目に入った。
体を起こす際に少し音が鳴ったけれど、起きること無く眠り続けている。
ここ最近は一日中、嫌なことが次から次へと頭の中へ甦っていたというのに、ライアーの姿を見た瞬間から段々とそれは収まっていく。
ここ数日で外の景色を眺めるのが日課になりつつある。
葉を失い枝だけとなった木。僕みたいだ。
しばらく眺めていると、白いものが降り始めた。そして枝だけとなった木に降り積もっていく雪。
今日は一段と寒そうだ、と思っていると後ろから言葉になっていない声が聞こえる。
どうやら起きたらしい。
「うぅん……、おはよう。えっとここ最近来れなくてごめんね。あ、ちょっと待ってて! すぐに戻ってくるからっ!」
ライアーが飛び出していった後、窓の外へ目を向けると、段々と白一色に染まりつつあった。
数分もしない内に黒い何かを抱きしめて戻ってきた。
「えっと、その……、今冬で外に出たら寒いから、カナメが外に出た時に寒い思いをしないようにマフラーを作ったんだ。それでここ最近来れなかったの。ごめんね」
一緒にいたいという想いと裏切られるからやめておけという想い。吊り合っていた二つの想いが片方に傾く。
「……どうして、僕にここまでするのさ。話しかけても無愛想にしか答えない奴に何でそこまでするんだよッ! 仲良くなったように見せかけてあとで裏切るつもりなの? やめてよ、信じてみたくなるから……やめてよ。僕はもうあんな思いをしたくは――」
最後まで言うことは出来なかった。僕の頭を包み込むようにライアーに抱きしめられたから。
「ボクは今まで何かをしたいって強く思ったことはなかったの。けど、カナメを見た時に思ったんだ。カナメの笑顔を見てみたいって。そしてカナメと仲良くなりたいって」
――今のカナメはとても悲しい、寂しいって顔してる。そんなカナメに元気になって欲しかったけど、どうすればカナメが元気になってくれるかわからなかった。
少しでも元気になって欲しくていっぱい、いっぱい話しかけた。ボクは何があってもカナメを裏切ったりしない、皆が敵になったとしてもボクだけは絶対にカナメの味方で、カナメの側にいるよ。
裏切らない……。
過去の事何て一切話していないのに、ライアーは……。
――ボクは、カナメのこと殆ど知らない。だから…、ボクにカナメのこと教えてほしいな。
僕はこの世界に召喚されてからのことを話し始めた。
★
魔王が現れ魔族の勢いがさらに増し、自国の領土が次々と奪われていき、このままでは大国の一つに数えられている自国が滅ぶかもしれないと王は考えた。
どうにかしてその未来を避けようと配下の者に過去の文献に似た事例がないか探させた。
過去に似た事例があったのならば、その時どのようにして解決したのかも載っているのだろうと考えたのだろう。
そして、その考えは間違っていなかった。
大昔、同様の事例が起きた時、一人の少年がどこからともなく現れ魔王を倒し、勇者と呼ばれた。その後、少年は王となり一つの国を作り上げ、自身の力をネックレスに込めた。未来のために。
込められた力は時間を、時空を超える事ができるものであり、その使い方や保管されている場所までもが記されていた。
そのネックレスは宝物庫の奥にある隠し扉から行ける地下に保管されていると。
それまで何が会っても一切走らなかった王が、この話を聞いた瞬間配下を連れ、自ら走ってその場所に向かったそうだ。
貯めこんだ財宝を掘り進め、埋もれた地下へ繋がる扉を見つけた。
その扉の先は全て保存の魔法が掛けられており、進んだ先に置かれていたネックレスの状態も当時のままだったらしい。
そのネックレスを手に入れた王は狂ったように笑った。これで生き残れると。
そして、その時既に魔王討伐後の勇者の始末について考えていたらしい。
呼び出した勇者が文献の勇者のように国を作るかもしれない。
魔王を倒し民に好かれている勇者と、ただ呼び出しただけの王を比べた時に、負ける未来しか視えなかった。ならば、息が掛かった者で勇者の周りを固め、用済みになったら消すしかないと。
しかし、勇者の力は油断できない。何せ、始末する時が来るということは、魔王を倒しているということであり、魔王よりも強いということを意味する。
正面からぶつかり合うのは愚者のすること。
勇者に同行する者は魔王討伐までに信用させ、油断した所を裏切るという計画を建て、戦士、魔法使い、僧侶で息の掛かった者を呼び出し引き込んだ。
全ての準備を済ませてから文献通りの手順で勇者を召喚したらしい。
「この話を戦っている最中に裏切った仲間から聞かされたんだ。だから僕はもう人を信じたくないんだ。信じて裏切られるのが怖い」
「カナメ、ボクは人じゃなくて人形だよ。だからもう一度だけ、今度は人形のボクを信じて欲しいな。そしてボクと一緒に生きて欲しい」
背中に回されていた手から解放され、黒いマフラーを首に巻かれる。
「これが最後だから。それと人じゃないから信じるんじゃない、ライアーだから信じてみる」
自分の居場所ができた事による安らぎ。この心地よさから自然と目を閉じる。
「カナメ、ありがとう。……それとね、カナメから聞かせてもらった話なんだけど、似たような話をマスターから聞かせてもらったことがあるんだ」
「それについては僕から話そう」
「ま、マスターっ!? どうしてここにいるのっ!?」
勢い良くライアーが離れ、少し肌寒く感じながら声の聞こえた方へ目を向ける。
「なに、娘の成長を影で見守るのは親の役目だからね。ただ、今の話については僕から話したほうが適切だと判断したのさ。カナメ君、少し前に僕は君の事を知っていると言ったのを覚えているかい?」
「覚えてるよ」
「隠された真実については君が今話したもの。そして嘘で塗り固められた話は反逆勇者物語と呼ばれていてね、今から千年前に作られたんだ。もう今ので気がついたかもしれないけれど、ここは、今いる時代は君がいた時代から千年経っているんだ」
16/1/11 後半部分に加筆しました。