ストーリーの3ページ
私は確かにここに存在する。誰が決めたか分からないが、「見守る者」(eyes on you)として永遠の時間を生きている。この面白味のない空間で私はページを開いて見守る。
ページの中の者達は私を神と呼んだり世界の創造主と呼んだりと様々だが、私に神という概念はないしその者達の望む通りに手を差し向けるわけではない。私は神という統べる者ではないからだ。今日も私は一冊の本を開いた。
本の表紙は真っ白。この空間の全ての本は真っ白でこの空間同様面白くない。しかし、本の中の世界は鮮やかだ。本に共通するものが四つある。苦しみを越え幸せという感情を手に入れる者、幸せを一瞬で奪われる者、平凡な時間を変わりなく生きる者、苦しみから一生抜け出せない者。
これらを、私を創造した者は人間と言い人間達の生きる時間を人生と言い、変えられない人生を運命と言った。そもそも私を創造した主が存在するのかすら分からない。全てが爆発して、私とこの空間と本が創造されたのかもしれない。始まりは誰にも分からないというのは、本の中の者も私も同じだ。
私はこの空間で本を開く。本の中を世界と呼び私は世界に住む人間の運命をストーリーと言っている。この世界の人間が何をしているのか視線を向ける事が私に永遠の時間を与えた。いつの間にか増える本を私が目を通すのだ。そして、果てしない時間を越えて私にも人間と同じ感情が芽生えた。赤子が母の顔を見て笑うのと同じ単純な感情。幸せな感情を。
この膨大な本は私が存在する意味を与えた。本達だけがこの空間で私が私である証と存在を作りだす。ストーリーを生きる人間のように自由でいたい。無限の運命を見てきた私は時の果てに自分が存在することが出来る「見守る者」(eyes on you)としての義務を放棄した。今この瞬間生まれた本を拾い上げる。この一瞬の時、私にも運命が出来た。この世界でストーリーを生きる為、本を開き世界の扉をめくった。
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何て眩しい光だろうか。見上げる太陽は眩しく温かい。見ていた時は、風は一瞬で去っていき太陽は瞬く間に沈んでいくものだと思っていた。けれど、私が手にしてめくった世界で風の吹く時間は長くて私を包み込んでくれ太陽は優しく温かい光りを浴びせる。これが幸福というのだろう。
「幸せ」
この世界で初めて発した言葉だ。
「俺は幸せじゃねえよ」
男は口角をあげ笑っているように見えるが目は鋭くグッと何かを耐えている様子だ。そして、男は素早く近づいてきて逃がさんという勢いで腕を掴んできた。私は、人間に掴まれた感触にびっくりして目から目玉が零れ落ちるのではないかという位開かれた。
「何をそんなに驚いている。自分がしでかした事に後悔しているんだったら、もう遅いぞ。来い!」
掴まれている腕を引っ張られどこかに連れて行こうとしているのだろうか。この人間は何故こんなに怒っているのか私には分からない。
「どこに行くのですか」
「どこって、警察に決まっているだろ」
「何故?」
警察とは悪さをした人間を取り締まる組織の事だろう。なぜ私をそこに連れて行くのだ。
「本気で言ってるのか?」
「本気というのは、私が言った言葉に対して疑っているということですか?」
「そうだ!」
「何故ですか?」
「なぜだと?」
男はついて何か切れてしまったようで、歪んで恐怖を感じるような表情に変わった。
「俺が少し目を話して電話をしてたら、そちらさんが俺のカメラを壊しただろうが。さっきから話かけても俺の話は聞こえてねえ振りして空ばっかり見てただろうが。こっちは被害者だ!穏便に話あって弁償してもらうつもりだったが会話にならないんじゃ警察に突き出して解決してもらうしかねえだろうが」
「・・・」
どうやら、ページを捲り世界の扉を開いた際私が現れた場所に脚立に取り付けられたカメラがあったようだ。
「申し訳ありません」
「・・・。全然申し訳ない顔してねえよ」
男は怖い顔をして可笑しい者をみるような目で見て、次に私が何を言い出すか待っている様子だった。
「本を捲るページを見誤った事は私の失敗だったように思います。運命を生きたいと思っていたら焦る気持ちが先に出てしまったようで、このような事態になるとは考えもしませんでした」
男は、こいつは何を言っているんだと本気で頭を抱える。
「頭は大丈夫か」
「頭とは、人間でいう脳の事でしょうか」
「・・・」
男は今度は、面倒くさい奴と関わってしまったという顔をする。
「そうだ。そちらさんが考えてる人間の脳の事だよ」
「それでしたら、ご心配に及びません。私は人間ではありません」
「・・・。あんた、もしかしてしらばっくれるつもりか?」
「しらばっくれる?カメラについてでしたら、違いますとお答えいます。私は事実を言っているだけです」
「ちょっと、そこに座れ」
男は、近くにあるベンチに私を座らせると私の前に仁王立ちした。
「さっきから、わけの分からない事を言っているがあんたが人間じゃなきゃなんだって言うんだよ」
「私は、《見守る者》(eyes on you)です」
「eyes on you?なんだその、eyes on youってのは」
「無限の世界を見守る者。あなたに向ける視線という意味です」
「・・・。つまり、あんたはこの世界の神にでもなったつもりか?」
「神ではありません。わたしには神という概念はありません。あの空間にいた私を数々の世界の人間は神と呼ぶ場合もありました。しかし、この世界に来た事によって空間での見守る者としての義務を放棄しました。」
「人間でもない神でもない。あんたは何だ」
「私は・・・人間の感情が芽生えた偶像」
男は、ここまで聞くと溜息を深く吐きながら座っているベンチの私の隣に座る。
「あんた、歳はいくつだ?」
自信の目を覆って男は言った。
「わかりません。最初の本が生まれたのと同時に存在しています」
「まだ、そのキャラを通すつもりか」
「キャラとは?」
「2次元キャラだよ。アニメか漫画の見すぎじゃないのか」
「人間の想像物は見たことがありません」
「はあー。つまり、あんたは俺より年上ってことであってるか?」
「そうなります」
男は、壊れたカメラをバッグにしまって私の方を向いて真剣な目をした。
「家はどこだ?」
「ありません」
「・・・。家出か。家族はどこに住んでる?」
「家族というものはありません。私は、人間が愛し合って生まれた存在ではありません」
「両親は他界したって事だな。次、仕事は何してる」
「仕事?世界を見守る事をしていました」
「政治に関わる仕事でもしてたのか?つまり、今は無職って事だな」
「名前と住所を言え」
最後は気が可笑しくなったのか少し遠慮のない言い方をした。
「名前も住所もありません」
「・・・。いい加減にしろよあんた!」
男は、立ち上がって私に怒りをぶつけてきた。
「いい大人がいつまで経っても可笑しなキャラ作ってるとか恥ずかしくないのか!?通り過ぎの人にでも聞いてみろ、あんたが人間じゃないって答える奴は一人もいねえよ!!!」
人間が怒っている姿は怖いものがあるが私は表情一つ変わらず聞いている。怒っている顔すら嬉しいと思うのは何故だろう。世界に来て人間と接したい思っていたことが叶ったのだ。欲望がなかった私の最初のお願いがかなったのだから。
「人間でない事を疑っているのですね。仕方ありません」
私は立ち上がり、男の頬に右手を添えて背伸びをして口づけをする。
私の記憶。あの空間での時間を男に信じさせる為には必要な事なのだ。男が生きたことのない膨大な時間を伝えるのに早送りで記憶を送る。長い口づけにふら付き始める私の腰をかき上げ、男は自ら深い口づけを求めて私の後頭部も押さえ込んだ。
そして、ここまでの記憶を伝え終わると自然とお互い唇が離れていった。寂しい。口づけとはこんなに心が温かくなるのかと初めて知った。口づけの間この男のすべてを知った気分になった。そして、目に映るこの男が急に愛おしくなってしまった。
「あんた・・・寂しかったのか」
「あの空間は無機質でした。私は人間のように裏切られて苦しみ、愛し愛されるような体験をしたいと思ってしまった。感情というものは幸せもくれましたが、あの空間にいるのが苦しくなってしまったのです。あなたも私を神としてみますか?義務を放棄しても私がこの世界を滅ぼそうとしたら簡単に滅んでしまいます。いえ、この世界の存在が消えます。」
「はは、原子爆弾より厄介だな。でも、あんたはこの世界を消したいわけじゃないんだろ?それに、自分で神様じゃないって言ったろさっき。俺は、神なんて非科学的なのは信じねえしな」
長い記憶を見た男は、疲れたようで額から汗が滲み出ていた。
「しかし、あんたにとっちゃあ俺たちが住んでいる世界なんて蟻より小さいのな。正直、あれだけ世界があるなんて知りたくなかった…」
男は自分のハンカチで滲み出る汗を拭く。
「あなたには名前がありますか?」
「ああ。堂上和斗だ」
「堂上和斗・・・」
私は、名前に感動した。人間を見分ける為に必要な名前。男の名前を呼ぶ事でまた一歩男に近づけた事で全身に痺れを感じる。
「和斗が愛おしいと思う。私を愛してください」
「は?・・・んっ!?」
私は和都の首に腕を回し抱き付き唇を重ねる。すると、予想だにしなかった和斗は目を開き驚いて固まってしまった。
*
空間には誰もいない。あるのは膨大な本と今も増え続ける本。彼女が手に取った本は開かれたまま、彼女を運命へと導く。
この世界は無限にある本の中一つのストーリーだが、これから起こる運命というページの中の3ページに過ぎない。彼女と彼の運命は進み始めた。それを見守る者はいなくなってしまったのだが。
「何してんだよ!!」
和斗はキスしてきた彼女を自身の体から剥す。
「口づけです」
「そんなのは、好きな人にしろ!あんたも女だろ!ここの世界の常識に疎くても慎みは持て」
「私は和斗が好きです。人間は好きな人に口づけをしていました」
「・・・」
和斗に、この先苦労が待っているのは確かだ。
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たくさん閲覧する方がいましたら続きを書きます。




