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許せない事だってあるんです!  作者: 保村くるみ
その後の番外編:送別会
2/4

身勝手であり、筋違い

「笑わせないでくれる?その程度の容姿で俺に告白なんてさ」

「気の利いた話1つできないつまらない女のくせに、どの面下げてそんな事を言えるんだか」


 過去に鈴木から叩きつけられた、嘲りの言葉。

 私に深く劣等感を植え付けたそれと同じ内容の言葉を、元凶の鈴木がいなくなるというこの時になって再び人前で言われるなんて、どんな皮肉なんだろう。

 この図ったようなタイミングに呆れるべきなのか、悲しむべきなのか……それともここは傷つくべきところなのかしら。

 どこか他人事のように考えていると、テーブルを叩く大きな音が室内に響いた。


「一体あなたに彼女の何が分かるって言うんですかっ!」

 鈴木の怒鳴り声に、辻さんがビクリと身体を震わせて、大きく目を開いた。

「え、ちょっと待ってよ、チャラくん」

 いつも穏やかな印象の鈴木が声を荒げるなんて、思ってもみなかったんだろう。辻さんの声に動揺が走る。

「安藤さんを不当に貶めるなんてどういうつもりですか、ふざけるなっ」

 最後には敬語さえなくした一喝に、鈴木の両脇に座る女性二人が息を飲んだ。


「そんなに怒る事はないんじゃない?」

 憤る鈴木の勢いを削ぐように、問いを投げかける。

 彼が正義感のようなものを振りかざして、辻さんを責める権利ははない。そもそも彼女の言動は、鈴木に無視された事による八つ当たりに過ぎないのだから。言ってみれば彼の対応ミスだ。

 

「安藤さん……!」

 鈴木は一瞬言葉を詰まらせたけれど、抗議をするような眼差しを私に向けた。

「怒るべき事だろう、これは!安藤さんがこんな言われ方をされる筋合いはないんだ!」


 ―――怒るべき事?それは、誰が誰に対して?

 なぜそんな事を決めつけられないといけないの。  


 すっと感情が冷えた気がした。


「……あなただって言ったじゃない。高校時代に同じ事を」

 私の口から零れた言葉に、全身で怒りを顕にしていたの鈴木の身体がビクリと震えた。それを目にしつつ、更に話を続ける。

「その程度の容姿とか、つまらない女とか、良い子ぶっているとも言われたかな。辻さんよりも酷くない?」

 十人以上の人がいる室内が静まり返り、視線が鈴木と私に集中したのを感じた。


 高校時代の鈴木の暴言について、今まで人に話をした事はなかった。私自身、思い出したくもない出来事だったし、あの男にとっても最大級の過去の汚点なのだろうから、あえて人に話そうとも思わなかった。

 もう二度と私を傷つけたくないと言っていた鈴木にとって、辻さんの言葉は一番聞かせたくない類のものだったのだろうと想像はつく。でもだからと言って、貶められた私の代わりに鈴木が怒るのは違うと感じてしまった。


 自分の過去を棚に上げて、私を理由にして人に悪意を向け、言葉を叩きつけるのは身勝手であり、筋違いというものでしょう?


「なあんだ、チャラくんだって分かってるんじゃない」

 固い空気を一掃するかのように、辻さんがクスクスと笑いだした。

「もう、それならどうしてそんな魅力のない人に構ってたの。もしかして女性避け?チャラくんってモテすぎて、返って困るタイプの人なのかしら」

「……違う」

「どうせ側にいるなら、蒲田さんみたいに可愛い女性がいいんじゃない?」

 ねえ、と辻さんがゆるふわパーマの女性に声をかけると、彼女は照れたように笑顔を浮かべて鈴木の腕に触れた。

「可愛いなんて、そんな事ないと思うけど……鈴木くん、どうかな」

 上目遣いに鈴木を見る蒲田さんに、なるほどと理解した。辻さんはあくまで蒲田さんの付添いなのだ。鈴木に睨まれても構わないからこそ、強引な発言も出てくる。


「違うと言っているでしょう」

 鈴木が先ほどよりも低い声で、再度否定の意を口にした。

「言葉は似ていたとしても、重みが全く異なっているんです。勝手な勘違いで決めつけて、話をしないでください!」

「きゃっ」

「ちょっと、チャラくんっ」

 鈴木が腕を振って蒲田さんの手を解いたのを見て、辻さんが抗議の声を上げた。それは決して乱暴な仕草ではなかったにもかかわらず、大げさな反応をする二人にあの男が更に苛立っているのが分かる。

「鈴木くん!」

 咄嗟に声をかけると、鈴木は私を見て苦しそうに顔を歪めた。


「地味でかわいくない、つまらない女……だったか?辻が言った安藤の印象は」


 今まで蚊帳の外にいた筒井主任が、ゆったりとした口調で話に割り込んだ。

「そう、ですけど」

 急に話を振られて、辻さんが眉をひそめつつ主任に答える。

「じゃあ、もう分かるだろう」

「何がですか」

「派手で化粧が濃くて、一緒にいて息がつまるような女は、鈴木の好みから外れているという事が理解できるだろうと言っているんだよ」

 なあ、と主任が鈴木に同意を促し、肩を竦める。

「そんなのにぴったりと両脇を固められたら、不機嫌にもなるってものだ」


 ぷっと吹き出すような声が、どこからか聞こえた。

 蒲田さんは大きくカールしている睫毛の下の目を見開き、辻さんは濃い赤を纏った唇を噛んで、きつく主任を睨み付けた。

「ずいぶん失礼じゃないですか、筒井主任」

「失礼はどっちだ。呼ばれてもいないのに現れて、他部署とはいえ上司を席から追い出して平気な顔をしている常識も知らない人間に言われる筋合いはないな」

「別に追い出してなんていません」

「鈴木の横にいた俺がこの席にいるのが何よりの証拠だろう。くだらない言い逃れをするな」

 ぴしゃりと上司モードで言い放った主任に、辻さんは言葉を継ぐ事ができないようだ。相変わらずこの人は容赦がない。


「おい鈴木、少しは頭が冷えたか」

「はい」

「お前からきちんと二人に話をしろ。冷静に落ち着いてな」

 一年間指導を受けていた筒井主任に促されて、鈴木は社会人としての平静さを取り戻したらしく、すっと顔つきが変わった。怒りに振り回されるのではなく、乱れた場を対処しようとする大人の顔に。

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