第4話 負け犬~UnderDog~
「身分を証明できるようなものってなんだ?」
「「は?」」
門番の二人は、何を言ってるんだこいつは、と言った様子で上手にハモらせてきた。練習してたのかと思うほどきれいだった。
「いや、だから、身分を証明できるようなものって例えばなんだ?」
「あ、あぁ、例えば、そうだな、冒険者ギルドのギルドカード、とかだな」
「その冒険者ギルドのギルドカードとやらは、冒険者ギルドに登録すればすぐもらえるのか?」
「あぁ、登録さえすればその場でもらえるぞ」
「そうか、ならその冒険者ギルドとやらまで案内を頼めるか?残念ながら持っていないんだよ、身分を証明できるようなもの。だからお前達二人の内どちらか俺を冒険者ギルドまで案内して、その目の前でギルドに登録し、ギルドカードをお前に見せれば良いだろう?」
「そうだな、お前が身分を証明できないというのならそういう手もある。よし、案内しよう。ついてこい」
「ありがとう」
俺は冒険者ギルドまで案内をしてくれるという門番に礼を言うと、その後ろについて歩いていった。
門を入って、宿屋や多種多様な店が並んでいる大通りを真っ直ぐ10分程歩くと、その姿は見えてきた。
冒険者ギルドだ。
ギルドはわりと閑散としていた。恐らく冒険者達は依頼に出掛けているのだろう。そのため、受付は空いていてすぐに受付嬢のところまで行くことができた。
「何かご用ですか?」
恐らくマニュアルどうりなのであろう笑顔と共に彼女は優しく声をかけてきた。
彼女の手足はすらりとしており、出るべきとこは出て引っ込むべきところは引っ込んでいる言わばモデルのような体型と整った顔立ちであった。
そして獣人種のようで頭にフサフサとした犬の耳と、腰にはこれまたフサフサした尻尾がついていた。
「あ、もしかして獣人種をみるのは初めてですか?」
俺の視線に気づいたのだろう彼女は気を悪くした様子もなく俺に問いかけてきた。
特に否定することでもないと思い、俺は素直に頷く。
「あぁ、初めてだ。しかし、その耳や尻尾はフサフサしていて触ったら気持ち良さそうだな」
「あ、分かります?私犬人族なんですけど、同じ集落の他の皆にも気持ち良いって言われるんですよ。それで今日はどのようなご用でしょうか?」
「ギルドに登録したいんだが、可能か?」
「新規登録ですね、えぇ、可能です。では、こちらの紙にお名前をお書きいただけますか?あ、代筆も無料で承っておりますが?」
この世界の識字率は恐らく高くはないのだろう。
そもそも、学校といった制度そのものが無く勉強と言えば貴族が我が家に教師を招くような、言わば家庭教師のようなものであり、一般の人たちには手が出ないような高額なお金が必要となるのだ。
そんなことを言ってる俺も書けないがな。全言語理解のスキルは、あちらの言葉はこちらに、こちらの言葉はあちらにきちんと伝わるし読むこともできるのだが、飽くまで理解なのであり書くことはできないのだ
「すまないが、代筆を頼めるか?」
「承りました。では、お名前をどうぞ」
「シンゴ・ミカミだ」
「おや、東国の方ですか」
「ん?東国?」
「このエリステア大陸の東に位置する島国ですよ?シンゴさんは東国の方じゃないのですか?」
「あ、あぁ、違う所から来たんだ。すまないが、詮索しないでもらえると助かる」
「分かりました、詮索は致しません。誰にでも隠したいことの1つや2つ、ありますよね」
「あぁ、助かる」
「はい、こちらがギルドカードになります。つきましては、ギルドに関して説明は必要でしょうか」
「お願いします」
「では」
彼女の話を掻い摘まんで説明すると、まず1つ目、冒険者ギルドに寄せられる依頼――クエストと呼ぶらしい――の多くは特定の魔物を討伐したり、特定の素材を採取してきたりといったクエストが多く寄せられる。
中には指名依頼というものがあり、ギルドからの信頼を勝ち取ることができた者に回ってくる。この指名依頼は断ることは出来るが、それをしてしまうとギルドからの信頼を失うことになってしまうので指名依頼が回ってきたときには必ず受けるのが暗黙の了解らしい。
そして2つ目、ギルドのランクについてだ。ギルドのランクは、下からE級、D級、C級ときてB級からは上級と下級に別れる。B下級、B上級、A下級、A上級、S下級、S上級。そして最上位が特S級、となっている。
Eは、ギルドに登録したときの初期ランク。DからS下級までは昇格試験であがることが出来る。S上級になるには、少なくとも2か国の王からの推薦が必要で、特S級になるには超大型魔物、通称巨獣を一人で討伐出来ることが最低条件となる。
そして、昇格試験の受験資格は、今自分が位置するランクのクエストを最低3つこなしていること。それさえクリアしていれば誰でも受験することができる。尚、パーティーでクエストをクリアした場合全員1回クエストクリアとして数えられる。
3つ目は冒険者間のいざこざに関して。冒険者間のいざこざに関してはギルド側は基本ノータッチ。だが、そのいざこざがギルドにとって不利益であると判断された場合力ずくでも止められるとの事だ。
ここだけの話、ということだったが、どうにも冒険者ギルドには裏の仕事を引き受ける部隊が有るとか無いとか、そんな噂があるらしい。
「そして、最後になりますが、私の名前はリナです。これからよろしくお願いしますね、シンゴさん」
そういってリナはにっこりと笑った。
「よろしく。ところで、さっきも思ったんだがリナは笑うとかわいいんだな」
「なっ、かっかっかっ、かかかかかかか、かっ、かわいい、かわいいだなんて……からかわないで下さいっ?!」
「いや、思った事をそのまま言ったんだが。気を悪くしたなら謝ろう」
「いやいやいや、気にしないで下さい。この子はかいいとか言われなれてないだけなんで」
リナの横からひょっこりと顔を出した人族の受付嬢が面白いものを見た、とでも言うようにフォローを入れてきた。
「そんなことより、私はマドカ!よろしくね、シンゴくん!」
「よろしくたのむ。そういえば、人を待たせてるのを忘れていた。ここは、お暇させていただく」
「そうなんだ、じゃーね!」
元気に手を振るマドカとまだ赤くなって譫言のようにかわいいだなんて、と繰り返しているリナに別れを告げると外に待たせていた門番のところに向かった。
「これで良いかな?」
俺は先程作ってもらったばかりの出来立てホヤホヤのギルドカードを門番に見せた。
「あぁ、無事確認した。改めてようこそ、ミノアの街へ」
「ありがとう、精々楽しませてもらうよ」
そう会話を交わし互いに別れようとしたところ、ギルドの中から慌てた様子でマドカが飛び出してきた。
「どうしたんだ、マドカ何かあったのか?」
「あっ!シンゴくん!!まだいた!よかったー!うちのギルマスがシンゴくんの事を呼んでるの!だから早く来てもらえる?」
「ギルマス?」
「ギルマスって言うのは、ギルドマスターの略で、そのギルドを統括してる人のことなの。ミノアの街の例で言うと冒険者ギルドミノア支部ギルドマスターってことなの!!」
「要するに、そのギルドで一番偉いってことか。そんなやつが俺に何の用だ?」
「そんなの知らないよ!でも呼んでるの!!だから来て!」
そう言って俺の腕をぐいぐい引っ張るマドカに苦笑しながらもおとなしくギルマスの所まで案内された。そこにいたのは、筋肉の塊とでも言うのがぴったりな筋肉ダルマだった。だが、無駄に筋肉がついているわけではなく無駄なく全身に、まんべんなく筋肉がついているのだ。
だからといって筋肉ダルマなのは変わらないが。
「俺は冒険者ギルドミノア支部ギルドマスター、ゲオルグだ。お前がシンゴ・ミカミか?」
「そうだが、何の用だ?」
「まぁ、座れ」
そう言って自分の対面にあるソファーを勧めてきたので遠慮無く座らせてもらう。
固かった。実に固かった。
「で、何の用だ」
「用と言うのは他でもないお前の頭に乗っかっているドラゴ「藍玉だ」……藍玉のことについてだ」
「藍玉が何かしたのか?」
引き合いに出された当の本人は、我関せずといった感じで気持ち良さそうに寝ていた。
「いや、何かをしたわけではない。その存在事態が問題なんだ」
「街の中にドラゴンが居るということか?それとも、ドラゴンが人と主従の契約を結んだことか?」
「両方だ。ところで聞きたいのだが、主従の契約を結んだというのは真なのか?」
「なんだ、オッサンも信じないのか?」
「オッサンか……まぁ、事実だがな」
オッサンと言われたことに気を悪くするでもなく話を続けるゲオルグ。
「そんなに信じられないなら、本人に聞いてみたらどうだ?」
「会話出来るのか?」
「あぁ、出来るぞ。な、藍玉」
「うむ?」
眠っていたところに話を振られ、少し寝ぼけた様子で応える藍玉。
「このオッサンがお前が俺と契約したのが信じられないんだとさ」
「契約をしたというのは本当なのか?」
寝ぼけ眼の藍玉に向かって問うゲオルグ。
「あぁ、本当だ」
「そうか、本当か。ありがとう。これでスッキリしたよ。ドラゴンと契約を結んだ男が現れて、という話はもう既に領主さまに報告がいっていることだろうから良いとして、ギルドとしても君の事をマークしなければならないだろうが、構わないか?」
「マークというのは、監視ということか?」
「いや、違うよ。君がどのクエストに誰と行き、どのような結果だったのか、どのような素材を売ったのか、昇格試験の内容はどうだったのか等を上に報告することになるかな。さすがに街中でどんな物を買って、等というものは報告しないよ。そこまでの事はしない、余程の事がない限りこちらから干渉することはないだろう」
「だって藍玉。どう?」
「我は構わんが、マスターはどうなのだ?」
「俺も大丈夫だよ。あまりに酷いようであれば蹴散らすしね」
「そうだな」
さりげなく、余りにも目に余るような干渉をしてくる様であれば蹴散らすぞ、そう伝えておく。
「そ、そうか。分かってくれたようで何よりだ」
若干顔をひきつらせながらもゲオルグが話を纏めて、その場は解散となった。
◇ ◇ ◇
シンゴと藍玉の居なくなった部屋でゲオルグは一人、先程の会話の内容を報告書にしっかりと書いていた。
「ふぅ、流石に緊張したな。しかし、あのドラゴンのプレッシャーは凄かった。迂闊に動けんかったな。上にきちんと報告をいれておくべきか、『余りにも目に余るような干渉を我々がする様であればあの一人と一匹は我々の敵になるだろう。機嫌を損ねないように気を付けるべき』っと、こんなところか。上手く御せれば絶大な力、機嫌を損ねれば最強で最凶の敵、か。機嫌を損ねないように気を付けなければな」
そう言って今まで書いていた報告書を封筒に入れ、冒険者ギルドミノア支部の刻印が為された蜜蝋で封筒の封をし、机の引き出しに仕舞った。
◇ ◇ ◇
ゲオルグの執務室がある三階からロビーの一階まで歩きながら俺と藍玉はさっきのゲオルグとの話について話していた。
「結局、あのオッサンは何を言いたかったんだ?」
「大方、お前達の事は自分達がしっかりと見張っているからバカな考えを起こすなよ、と釘を刺したかったのだうがな」
「ふぅん、そんなもんかね。ま、いっか」
「マスターはマイペースだな」
「だって、俺と藍玉が居れば大抵の事はどうにかなるだろ。頼りにしてるぜ、相棒」
「ふんっ、足下を掬われなければよいがな」
頼りにしてる、そう言われてらしくもなく照れている相棒を微笑ましく思いながら俺達はロビーについた。
「あっ、シンゴさん!ギルマスとの話はもう終わったんですか?」
「リナか、あぁ、もう終わったよ」
「何の話だったんですか?」
「お前達の事は自分達がしっかりと見張っているからバカな考えを起こすなよって釘を刺されたよ」
「シンゴさんはそんなことしませんよね、絶対」
会って間もない筈なのに何故かもう信頼され始めていることを少し疑問に思いながらも、多分な、と曖昧に返しておく。
すると、すぐ隣から薄汚いダミ声が聞こえてきた。
「おいおい、聞いたかよお前ら!こいつ、登録して速攻ギルマスに呼び出し喰らったらしいぜ!!何したらそんなことになんだよ!!」
小汚ない熊のような男が俺の事を指差しながら爆笑していた。
すると、周りの男達3人もつられてぎゃはははは、と汚い聞き苦しい声で爆笑し始めた。
「おいおい、お前何したんだよ!!」
笑いながら問いかけてくる熊男を俺は無視した。すると、それが気にさわったのか熊男が怒り始めた。
「おい!無視してんじゃねぇぞクソガキ!!」
「そうだ!キャリメルさんが聞いてんだろうが!」
「ちゃんと答えろやぁ、えぇ?」
「それとも、びびって声が出ないってか?ひゃひゃひゃひゃ」
「キャリメルって、キャラメルみてーな名前しやがって、うっせーんだよ熊男。てか、臭いからその口開くな」
無視していれば勝手に飽きてどこへなりともいってくれるだろうと思ってそうしていたのだが、予想外にしつこかったのでつい、口が出てしまったのだ。
ま、しょうがないよね。
「なっ!先輩に向かってその口の聞き方はなんだてめぇ!!」
「先輩ってお前、俺よりさきにギルドに登録してて、俺より少しランクが高いだけだろ」
「ほぅ、俺達B下級パーティー、ウルフファングにケンカ売るたぁ良い度胸してんじゃねぇか、上等だ表でろやごらぁ!」
「やだよ、そもそも、お前らとやりあって俺になんの得があんだよ」
当たり前だ、わざわざ自分に得のないケンカをするなんてバカのすることだろう。
それに、こいつらみたいなやつなら、万が一勝てたら、とか言ってくるに違いない。
「上等だ、もし万が一俺らに勝てたら有り金全部くれてやろうじゃねぇか」
ほら、ね。乗って来た。
「言ったな?その言葉忘れるなよ」
「構わねぇさ、俺らがついさっき登録したばっかのド素人に負けるわきゃねぇ」
その根拠のない自信はどこからくるのやら。まぁ、俺としても金がなくて困ってたしな。渡りに船ってやつだ。
◇ ◇ ◇
俺達がぞろぞろと連れだって外に出ると、ギルドの中に居たやつらも興味を持ったのか一緒に出てきた。
すると、街行く人々もなんだなんだと集まってきてすぐに大量の野次馬に囲まれてしまった。
「さて、有り金全部出してもらおうか」
「わぁったよ、ほら」
キャリメル達は渋々といった様子で金の入った袋を出した。
「よし、藍玉、金を見張っててくれ」
「了解だ。くれぐれも気を付けてな」
「わかってるって。で、えーっとなんだっけパーティー名……あ、負け犬か!」
「てんめぇぇぇぇぇぇぇ「うっさいな、汚ねぇ口開くなよ、御託は良いからさっさと始めようぜ」」
激昂するキャリメルの言葉を遮った。
「けっ!てめぇも武器出せや、それぐらいは待ってやる」
「お前達相手にすんのに武器なんかいらねぇよ、素手でやってやる。あと、全員でかかってこい」
だって、デザストルとかオルテアなんかでやりあったら殺しちゃうしね。
「とことんまで嘗めてくれるじゃねぇか!!てめぇら、やっちまえ!」
そう叫んでこちらに走って向かってくるキャリメル達を俺は冷めた目で見ていた。
(遅いなぁ、これでも一般人よりは速いのかもしれないけどさ)
「おるぁ!」
「あぁ!」
「きぇぇぇ!」
「ぁぁぁああ!」
まん中にキャリメル、両端にパーティーメンバー二人ずつでこちらに向かってくる。
「ふっ、しっ、せいっ、たぁっ」
勝負は一瞬で着いた。俺の勝利と言う形で。
俺が何をしたのか、周りの野次馬達の目には俺がキャリメル達の間をすり抜けたあと、キャリメル達が勝手に倒れたように見えただろう。それほどの早業だったのだ。
しかし、やった事は単純である。首筋に手刀を叩き込んで気絶させたのである。
「約束は約束だよな、ってことでもらってくぞ」
俺は気絶しているキャリメル達四人にそう声をかけて藍玉が見張っていた金をアイテムボックスにしまっていくのだった。
「じゃ、行くか」
「そうだな」
勝負も着いたことだし、俺と藍玉がその場を離れようとしたときその声はかけられた。