1、 presage/闘うということ(7) 戦闘から減点まで
直径1m程の火柱が降る。
一本、二本。
トップスピードのドリルよろしく回転しながら、龍一めがけて降ってくる。
ステップで避ける。
五本、七本。
縦横五十mずつの石のリングに火柱は次々ぶつかる。吼えるような轟音と飛沫のような灰塵を巻きあげ、熱の匂いを残して消える。
(火柱の出現時間は、およそ二秒。間隔が締まってきてる)
龍一は15本目の火柱をくるりとかわした。
あとには破砕されたリングの残骸が、花のように礫を散らしている。龍一のいた地点いた地点そうなるから、まるで龍一の足跡に瓦礫の花が咲いたみたいだ。
(くっそ空封じられた。だけど早くはない)
地上でなら着弾点が読める。
対戦者ネツァク・ブロンズ・ドロレッド・バギーは審判の「始め」の「じ」の音で撃ってきた。指先から細い炎の渦をまっすぐ伸ばし、避けなければ今頃龍一の頭はなかった。
審判は反則でないと判断し、冷静にリングを降りた。審判に感情はない。協賛する冒険者ギルドから貸し出された自律型自動人形だからだ。観客の意向を反映して、露出の多い女性の型をしていた。彼女に表情があったら、龍一はバギーの攻撃を避けられなかった。人形だけあって、容貌は可愛いから。
対してバギーは筋骨隆々黒白まだらの剛毛で覆われ、無数の傷跡だけしっかりはげた人狼族だった。潰れた片目を黒い手ぬぐいで覆い、手足の爪は黄色くにごり、むかれた牙はなんとなく赤い。ローブはなく、魔法より戦斧が似合いそうな出で立ちだった。
ブロンズ・ドロレッド・バギー。
龍一には、奴の名前の濁音ひとつひとつ、内戦中に散々きいた砲の破壊音のように感じられる。進行を妨げるもの皆圧し潰した旨を下知する音。ネツァクは古い言葉で勝利だと、きみ仁がいらん事を言っていた。
五十本目の火柱を避けた十歩向こうに、バギーが見えた。指から初撃と同じ炎が躍りでる。龍一は唯一持ち込み可能な武具・魔法の杖、の代わりの魔力を込めた箒でそれを弾いた。あさぎ園に、魔法の杖を買える余裕はない。
はじいたと思った直後に火柱が降ってきて、間一髪で避ける。ローブの端が少し焦げた。
バギーの主な攻撃は炎。一番攻撃に向いた属性だ。
2撃目、3撃目とバギーから炎が放たれる。全て箒で弾く。弾く一瞬の制止を、火柱が狙う。直撃はしないが、袖や裾を掠めて嫌な熱を残す。
その時になって龍一はやっと、バギーが呪文の詠唱をしない事に気づいた。緊張しすぎて気づいていなかった。
力のある魔法使いしかできない事だ。
「は、連撃だな! 俺にスピード勝負を挑もうって!?」
「春日龍一。お前の強みは速さだ。しかしそれ以外は何もない」
声まで砲のようだ。
「じゃあんたの強みは動体視力! 犬らしいな!」
直後、バギーは一つしかない目を大きく見開いた。龍一が突然姿を消したからだろう。
光の魔法だ。龍一が唯一呪文なしで使える魔法だ。五秒しか保たない。
龍一はバギー目掛けてつっこみ、箒を放る。
バギーが突然現れた箒を目で追ったのと、龍一が彼の目の前に辿り着いたのは同時だった。
箒を捨てたのは、バギーの注意を逸らすためと、走りながら掌に魔法陣を描くためだ。どちらも成功した。
しかし硬い剛毛に触れる直前、バギーの耳がピクリと動く。気取られた。とわかっても止まれない。魔法陣を起動させる。「迸れ!」
龍一の掌から電光が迸る。本来ならバギーの胸を打つはずだった拳大の光球が、すっ飛んで闘技場の壁を撃ち、めり込んだ先で爆発した。闘技場全体が揺れ、土埃と観客の悲鳴が噴き出す。
「えっ。あれ?」
すっかり姿が顕になった龍一は、大量の土煙が視界を断つ寸前、的確に箒を拾ってバギーから距離をとりつつ、瞠目した。思ったのと違う。
審判の恬淡とした声が響く。
「春日龍一、観客を脅かしたことによりマイナス1点。あと2点のマイナスで失格となります」