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序章 壮行式  作者: や
8/69

1、 presage/闘うということ(6) 開戦前

どん。どん。どん。

三発の煙幕は試合開始5分前の合図だ。

真上から「トイレ行ったかー」とか「げっ飲み物切れた!」とか、そんな声が聞こえる。

この格子状の落とし戸が開けば、龍一はもうどこにも逃げられない。


(おおお、お、落ち着け。たかが祭、祭の出し物)


両手を広げても孤独を実感するだけの広大な円形闘技場は、魔法部門の決勝とあって客席が埋まっていた。広さって暴力だ、と龍一は固唾を呑む。

対角線上の向こうには対戦者が自分と同じく出場待ちしているはずだが、いかんせん遠すぎて、無骨な鉄格子が瞑想中の僧侶よろしく沈黙しているさましか見えない。対戦者の情報は勿論掴んでいるが、であればこそ、彼も自分のように、通路中に心音を響かせているとは思えなかった。

スタジアムの真ん中には、白い石でできた本日の舞台が、退屈そうに寝転がっている。その余裕を分けて欲しい。もしくは今すぐあの石になりたい。

いっそこんな祭今すぐ終わればいい。


めら帝国、西園ざいおん領城下町、日高ひたかみ市には、この円形闘技場で行われる武闘大会をメインにした、大きな祭がある。

9年前、現領主と前領主との内戦の主戦場となった日高み市復興をうたい、7年前から始まった。

魔法部門、白兵部門、拳闘部門、集団戦術部門、総合部門など、様々な部門でトーナメント形式の御前試合を行う、という至極単純な武闘大会だが、合間に剣舞があったり、流鏑矢大会が始まったり、市内各所で路上音楽祭を行ったり、奇術師のテントを街じゅうに乱立させたりと、街ぐるみでひと月も開催するので、あれよあれよと世界に名を馳せるようになった、らしい。街から出た事がない龍一には実感が湧かないが、実際、セリア達はこの祭に参加する為にいくつもの海と大陸を渡って(祭終了から1週間後に)来(て間に合わなかった事に絶望し)た。

今では世界中から、北大陸の北端、帝国でも北端、地図が丸くなかった頃は世界の果てだと思われて罪人の流刑地になっていたちっぽけなこの領の城下町に、ひとが押し寄せ、復興資金を落としてくれる。

内戦から9年も経つとパッと見復興しきったように見えるが、領主はまだまだ稼ぐつもりらしい。宿が足りなくなってきたから民泊に関する法律を作ろうとか、交通網を整備する為に隣街への街道を増やそうとか、まるで祭中心に市政を動かしている。


現領主は内戦を起こした張本人であるから、開戦と勝利を正当化したいだけなんじゃないか、と戦災孤児である龍一は思うが。


とはいえ龍一も、現領主の自己正当化政策を利用して夢を叶えようとしている真っ最中だから、あまり俯瞰でものを言えたものでもない。


どん。どん。


試合3分前になった。


(勝つんだ)


龍一は汗ばんだ手の平に「人、人、人」と書いて、何回書いたか思い出せなくなった。


武闘祭には、苦肉の差別化のような一風変わった趣向がある。

武闘大会で上位入賞した選手を、「勇士」として最終日の閉会式で壮行するというものだ。

武闘祭パンフレットにはこうある。


”前領主の悪行で行方不明になったたくさんの若人。それは実際の西園領の歴史です。

悪行を止める為起ち上がった現領主に味方し、劣勢を覆したのは、旅の途上の3人の冒険者たちでした。

彼らは、「世界渡り」の途中でした。「世界渡り」は、成人の儀を経て故郷を出、名前を成して初めて帰郷できる古代の風習(※今では人権侵害で告訴される事もあります)。帰郷した者は「勇士」と呼ばれて故郷の中核を担う席に着きます。


あなたも、日高み市の武闘大会で名を上げて、「勇士」になりませんか。


「勇士」には故郷までの支度金と、西園領への通信優先権を贈呈します(切手代無料、常時速達、早馬レンタル半額)!

あなたがかえる道すがら、もし、我が街の行方不明者情報を手にしたら……


必ずご一報ください。被害者家族は、「勇士」の活躍に期待しています。

武闘祭実行委員会広報局”


龍一は、戦争の見えない硝煙が漂うこの街を出たい。

その為に、「勇士」に贈られる支度金が欲しい。

魔物除けに守られた街や街道を外れれば、魔物との戦闘は避けられない。

龍一ひとりでは不安だが、冒険者ギルドに組合費を払って加入させてもらえれば、仲間を紹介してもらえる。既存のパーティに入れてもらう事もできる。


問題は、組合費を払える財布も、仲間を組んでもらえるような実績も、龍一が持っていない事だ。

武闘大会で勝者になれば、勝手にその二つがついてくる。

祭の閉会式は今や壮行式と呼ばれ、華々しい勇士お披露目がある。行方不明者捜索隊の体で「勇士隊」が組まれ(捜索もクソも彼らは武闘祭のちは帰るべきところに帰るだけなので、部隊は即日解散ということになるわけだが)、各部門優勝者はそこで「分隊長」の称号を与えられ、領主に行方不明者捜索の委任章を渡される。ジェットでできた小さなピンバッジで、通信優先権の優先者章を兼ねる。

ひと部隊6人編成だから、決勝まで残った時点で龍一は実行委員会がケチをつけない限り勇士で間違いないが、いかんせん勇士になっただけでは賞金は出ない。壮行式で着飾って勇士の列に並んだあと、あさぎ園に帰るだけだ。そうなるくらいなら、龍一は出場そのものを取り消させてもらう。


武闘祭後にこの街を去ってしまう連中にはわからないだろう。

前領主・大根比古おおねひこが拐かした若者たちの家族は今も、手元からこぼれ落ちた命がどこかで受け止められていることを願って、冒険者や情報屋を使った地道(で高額)な捜索活動を続けている。

勇士になるということは、そういう想いを背負わされるということなのだ。

そんな状態でのらりくらりと試合前と同じ日常を送っている兄弟もいるにはいるが、彼と自分では最初から立ち位置が違う。龍一が同じことをしたらあさぎ園諸とも、各方面から追い詰められるんじゃないだろうか。


龍一は「春日」だから。


(もうとっくに。祭の前と同じとっから、俺の日常は剥がれてんだ)


これ以上この街で重い喪失の痛みを負わされるのはごめんだ。

必要なのは、優勝の実績と(準優勝ではパンチが弱い)、通信優先権の優先者章。

それはパーティ結成の際、有効な「泊」になるはずだ。


どん。


試合開始60秒前。

ぎしみし、と音を立てて、格子戸が持ち上がり始めた。

観衆の興奮が、音になって心臓を直撃する。

対角線の頂点で、同じように格子戸が開き始めた。


開戦だ。

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