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序章 壮行式  作者: や
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1、 presage/闘うということ(5) セリア

闘技場には、衛慈とセリアが見送りに来てくれた。

あさぎ園は対外的には「天使のいるありがたい教会」ということになっているので、領外からの来訪者が多いこの時期、唯一の正職員である衛慈が留守にするのはあまり良いことではない。

シロが「僕さえいれば、敬虔な天教信徒のお布施は稼げるから、大丈夫!」と衛慈を送り出してくれたのだ。

衛慈びいきのシロは、多分明日あたり、龍一に恩を被せようとしてくるだろう。


「リュウ、緊張してる?」


透明度の高い鉱石みたいな声で、セリアが尋ね、返事をする前に、あさぎ園から繋ぎっぱの手に力をこめてきた。

普段の畑仕事ですっかり硬くなったセリアの掌だが、握力はまだまだ頼りない。子どもが母親とはぐれないようにするような、不安混じりの握り方だった。


「だーいじょうぶ、送ってくれてありがとな」


繋いだ手をもにもに揉むように握り返すと、セリアはむぅっと眉間を寄せた。

セリアはまだ9年しか生きていないが、同じ師を仰いだ年数は龍一より長い。

その長さが、姉弟子としてのプライドをおっ立て、それを揺らすような行為に目くじらを立てさせる。

師はそういうセリアを偏愛していたし、龍一も、子どもらしくて可愛いと思う。


「衛慈もセリアも、帰り、気をつけろよ」


出場者入場口でセリアの手を離した龍一は、あまり周囲に聞こえないよう、口元に片手を立てて言った。

闘技場は大昔の遺跡を修復した、円形の巨大建造物だ。

内戦の折には現領主軍の拠点となり、老体を張って、火矢や砲弾から勝者を守った。

今は戦争のモニュメントとして観光地化している。

周囲には大道芸人や露天商が集まり賑やかだが、祭の内容上、人相の悪い冒険者や気の荒そうな武器商人も多い。


「応。セリア送ったら俺観戦に来るから、お前も恥ずかしい試合見せんじゃねーぞ」


そいじゃあな、と二人が踵を返し、今度は龍一がその背を見送った。


今度は衛慈がセリアと手を繋ぎ、何か話しながら、「日常」の方へかえって行く。


レンときみ仁の時は、自分はあちら側だった。

2年前、龍一は13歳の、トーナメント観戦を許される最初の年齢で、どうしても見送ると言ってきかないセリアを連れて出場者入場口に来ては、教会までセリアを送って帰り、観戦のために再度ここに来た。

その時は衛慈が関係者席の一等いい場所を確保する係だったので、当時自警団予備団員で体力のある龍一が、専ら教会と闘技場を往復させられた。

その時は場所取り係と送迎係の労力違いに不満を覚えたものだが、結局龍一はやり通した。セリアに来るなとは言えなかったし、聖職者から座席を奪おうという不届き者は少なく、衛慈と龍一の役割分担は実に適材なんとかで、師もきみ仁も、ささやかながら龍一の労を労って、様々な貢物をしてくれた。そして何より、龍一にはセリアの行為をわがままだとは思えなかった。


セリアは冒険者だ。


世界最大の職業組合「冒険者ギルド」に組合費を払って籍を置き、魔物だらけの世界を渡る。

セリアとレンときみ仁は、3人命を寄せ合って、激流に櫂を突き立てるように魔物と戦いながら、この街に来た。

生まれたところで生きられなくなったセリアを、「天使のいる孤児院」のあたたかそうな響きに送り届けて、野郎2人はこのトーナメントに出場するために。


どの道おいて行かれるセリアが一分一秒でも彼らのそばにいたがることは、至極健全なことだと龍一には思えた。

だからセリアは教会の仕事をほんのちょっと免除され、レンやきみ仁の全ての試合で見送りに来られた。


そして今、自分も、衛慈やセリアを置いて世界に出て行く為に、この場所で彼らの背中を見ている。

自分がセリアを送って帰る側だった時、いつ振り返ってもきみ仁とレンはここにいた。今、龍一のいるところ。出場者しかくぐれない扉の前。こちらの姿が見えなくなるまで、いたんだろうと今ならわかる。


突然、衛慈の手をふり解いて、セリアがこちらに駆けてきた。

猪突と言ってもいい勢いに、衛慈があんぐりと口を開けている。

冒険者だったセリアの身体能力は高く、龍一は気が付いたら飛びつかれていた。

2年前より重くなったセリアの体重で数歩後退ったが、2年間鍛え続けた龍一の体が、9歳の子どもを受け止めきれない事もなかった。

セリアの、丁寧に巻かれた菫色の髪が頬に当たる。なんだどうした、と問う前に、龍一の鼓膜を狙い撃つ距離から、鉱物の声が放たれた。


「リュウ、なにもきいてはダメ。外のせかいから来たひとがなにを言っても、リュウはなんにも、きかなくていいんだよ」


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